夏の甲子園に出場していれば......、U−18高校日本代表に選ばれていれば......主役不在と言われるドラフトを前に西村瑠伊斗(京都外大西)の周辺はもっと賑やかなものになっていただろう。 関西担当のスカウトにその名を出すと…
夏の甲子園に出場していれば......、U−18高校日本代表に選ばれていれば......主役不在と言われるドラフトを前に西村瑠伊斗(京都外大西)の周辺はもっと賑やかなものになっていただろう。
関西担当のスカウトにその名を出すと「あのバッティングはえぐい」「高校生では1、2でしょう」といった反応が返ってくる。そのとおり、今年夏の京都大会で目の当たりにした西村の打撃は、甲子園で浅野翔吾(高松商)から受けた衝撃とまったく遜色がなかった。
本来なら投打"二刀流"としても注目されていたはずの選手だが、春の大会後に肩を痛め、投手としては夏の京都大会2回戦でショートリリーフとして投げたのみ。3回戦以降の試合では外野から内野への返球もワンバウンドや山なりの球が続いた。それでも、そんな不安を簡単に吹っ飛ばしてしまうほど、西村の打撃は強烈だった。
今夏の京都大会で4本塁打を放った京都外大西の西村瑠伊斗
京都大会は打率6割超え
京都大会6試合の打撃成績は以下である。
18打数11安打/打率.611/本塁打4/打点10/四死球10/三振1/出塁率.750/長打率1.556/OPS2.28
まさに野球漫画の主人公のような成績である。3回戦以降の4試合を観戦したが、大げさではなく1球たりとも目が離せなかった。今も強烈なインパクトとして残っている夏の記憶を、ドラフト前に再現したいと思う。
3回戦の京都共栄戦、すでに1、2回戦で2本のホームランを放っていた西村にとっての夏3戦目。その第1打席から度肝を抜かれた。左打席から右中間へ引っ張った打球は、強烈なラインドライブの打球となった。この変化についていけなかったライトは、ショートバウンドとなった打球をグラブに当てて弾き、ツーベースとなった。力自慢の外国人選手が軟球を打ち抜いた時に生まれる弾道とでも言えば、イメージが湧くだろうか......。
続く第2打席、今度はセンターへライナーで弾き返された打球がゴルフボールのようなド派手なスライス軌道で左へ左へと大きく切れていった。最後は懸命に追い続けたセンターがギリギリのところで好捕したが、インパクトの際にボールにかかる圧が強すぎて普通の軌道では飛んでいかない。これも高校ではめったに見ることができない強烈な打球だった。
走者が詰まって回ってきた第3打席は、相手バッテリーが最大限の警戒をするなか、左中間をライナーで破る2点タイムリー二塁打。タダモノではないことだけは、その試合の3打席を見ただけで十分に伝わってきた。
スイングスピードは驚異の157キロ
身長178センチ、体重75キロ。試合後、記者の前に現れた西村は、目立って大柄でも、筋肉隆々でもなく、前髪を少し伸ばした感じの雰囲気は極めて普通の高校生である。男臭さもガツガツ感もなく、"圧"や"オーラ"といった類のものは皆無。
記者の質問にも上体を揺らしながら「なんて言うんですか......」と小さな声で返していたが、ホームランについて聞かれると「とりあえず(高校通算)55本、甲子園までいけたら60本は打ちたいです」と、そこについてはしっかり主張してきた。
そのやりとりと聞いて「まだ(その時点で)52本か......」と思ったが、よくよく考えれば、コロナ禍の影響で例年よりも練習試合は少なく、まして京都外大西のグラウンドは左翼93メートル、右翼99メートル、中堅124メートルと広い。その結果での52本だが、それでも西村の実力からすれば少なく感じてしまう。
また記者からの「スイングスピードは?」の問いに、サラッと「157キロです」と答えた。この20年あまり、関西を中心に取材をしてきた高校生のなかで直接本人から聞いた数値で言うと、これまでの最速は藤浪晋太郎(大阪桐蔭→阪神)と近田拓矢(大阪桐蔭)の155キロ。次いで山田哲人(履正社→ヤクルト)の153キロ。ちなみに、T−岡田(履正社→オリックス)や森友哉(大阪桐蔭→西武)の高校時代は140キロ中盤だった。
そもそもスイングスピードは、機械やスイングの角度によって数値にばらつきが出るもので、西村の157キロもあくまで参考にすぎないが、この試合での打球は大きな説得力を持たせるものだった。
4回戦の塔南戦では大会3本目となる一発。本格派右腕の外から入ってくるスライダーをしっかり踏み込み、右中間スタンドへ持っていった。
「真っすぐを待っていたところにスライダーがきて、少しタイミングをずらされたんですけど、それがいいようになったというか......ほんとならレフト方向へいっていたと思うんですけど、結果、あっち(右中間)へ飛んでいった感じです」
話のなかで逆方向への自信が伝わってきたので、これまでのホームランの打球方向について聞くと、ここでもとんでもないことをサラッと口にした。
「だいたいレフトが30本ぐらいで、センター10本、ライト10本くらいの感じです」
じつに逆方向へのホームランが6割......。
「はい。いつも外寄りの球を待っていて、それを打ったら向こう(レフト)に飛ぶことが多いので」
当然、相手バッテリーは長打を警戒してアウトコース中心の攻めになるのだろが、それにしても6割が逆方向とは。広角に打ち返し、距離を出せる技術も持っているという証だ。
将来のイメージは吉田正尚
この夏、西村の19打席を見たが、凡打や空振りでも、明らかにスイングを崩されたのはひとつもなかった。すべての球にタイミングを合わし、かつ思いきり振り抜くところに非凡さを感じた。
打率について聞くと、「たぶん、5割5分くらいです。でも、いつも7割くらい打ちたいと思っていたので、全然満足していません」と表情を変えることなく言った。
西村の最たる魅力は、この飛距離にして、ボールをとらえる精度の高さを兼ね備えていることだ。プロの世界で言うなら、真っ先にトップモデルとして浮かぶのがオリックスの吉田正尚だ。この先、体を鍛えていけば、吉田のような打者になる可能性は十分にある。
夏の京都大会での打率.611は、地方大会だから、投手のレベルが......という声もあるだろう。しかし、各大会で4割打者は多くいても、5割となると一気に数は減り、6割超えとなると極めて稀である。打てる球を確実にとらえる技術は、これから先も大きな武器として西村を支えていくだろう。
「これは打ちにいっても打てないなというボールは手を出さないようにして、ボール1個分とか半個甘くきたら絶対に逃さないように。1試合のなかで甘い球はそんなにこないので、きたら確実に打つ。そこはいつも意識しています」
準々決勝の立命館宇治戦は、7回を終えて1対6と敗色濃厚の展開だった。ところが8回、一死一塁から西村の強烈なライトへのヒットが出ると、そこから打線がつながり一挙5点で同点。そして9回、「みんなが追いついてくれたんで、最後は僕が決めたいなと思っていた」との言葉どおり、右中間への一発で試合を決めた。
「2ボールから真っすぐがきたらいいなと思っていたら、そこにきたので......打った瞬間、いったという確認があったのでうれしかったです」
この一発は、炭谷銀仁朗(現・楽天)が持っていた夏の京都大会記録に並ぶ4号。記録については「ずっと頭に入っていたのでうれしいです。でも、もっと打てると思っているので大幅に記録を超せるようにしたいです」と語った。
これで甲子園まであと2つとなったが、準決勝で龍谷大平安に敗れ、西村の高校野球生活は終わった。この試合、5回打席に立ったが3打席以降は申告敬遠を含む3四球。龍谷大平安の原田英彦監督が「僕が見てきたなかでは、過去の京都でナンバーワンのバッター」と語ったように、西村との対戦には慎重にならざるを得なかったが、こんなシーンもあった。
中盤に点差が大きく開き、7回の京都外大西の攻撃が始まる時には1対9。このイニングで無得点ならコールド負けが決まるという二死一塁の場面で、西村の第5打席が回ってきた。繰り返すが8点差の二死一塁である。ここで龍谷大平安ベンチからマウンドへ伝令が走った。続けて京都外大西ベンチからも西村のもとへ伝令が。西村へ伝えられた言葉は「ホームランを狙っていいぞ」だった。
もちろん、西村もそのつもりだったが、結果はストレートの四球。試合後、西村は「あれだけ点差があったから、最後はさすがに勝負してくれると思ったんですけど......」と悔しさを口にしたが、この状況で相手ベンチがそこまで警戒したところに西村のすごさが伝わってくる。
気になる右肩の状態は、夏の戦いから1カ月半後に取材した際には、普通に軽く投げられる程度まで回復。いよいよ明日に迫ったドラフトで、西村はどんな評価を受けるのか。運命の一日が終わり、西村の環境が大きく変わっていても不思議ではない。