初のCS決勝で宇都宮に2連敗、優勝セレモニーでの悔しさを「目に焼き付けた」 ときに、敗者としての振る舞いから選手の実像が…
初のCS決勝で宇都宮に2連敗、優勝セレモニーでの悔しさを「目に焼き付けた」
ときに、敗者としての振る舞いから選手の実像が透けて見えることがある。
今年のBリーグチャンピオンシップ(CS)ファイナルは、宇都宮ブレックスの2連勝で閉幕した。敗れた琉球ゴールデンキングスは、宇都宮の優勝セレモニーが終わるまでコートから去ることを許されない。ベンチでうつむいたり、あらぬ場所に目をやっている選手が多いなか、今村佳太はフロアに座って、MVPに輝いた比江島慎のインタビューや、金色のテープに包まれた宇都宮の選手を食い入るように見つめていた。頬を汗と涙で濡らしながら、誰よりもまっすぐに。
記者会見でその時の心境を尋ねると、こう答えた。
「悔しかったので。今季ずっと、あそこに自分たちがいると思っていたので。ただ、今季あの景色を見られるのも自分たちだけ。しっかりと目に焼き付けようと思いました」
視線と同じように、今村の気持ちは前を向いていた。
自身にとってもクラブにとっても初めてのCSファイナルの舞台で、今村は躍動した。第1戦(61-80)はジャック・クーリーに次ぐ10得点、第2戦(75-82)はチームトップの18得点。2試合を通じてゴールに積極的にアタックし、自身はもちろん、チームメートの得点を生み出すことにも貢献した。
アタックへの意識とそれを決めきるスキルは、今季、今村が重点的に磨いてきたものだ。5月4日の千葉ジェッツ戦で、今村はこう話していた。
「シーズン序盤で田代(直希)さんが怪我をして、今は牧(隼利)もいない。ウィングプレーヤーが少ないので、もともと武器としていた3ポイントだけでなくペイントアタックも新しい武器にしなきゃいけないと思っていました。いかに自分のリズムでアタックできるかと考えながらワークアウトして、そこで得たアイデアを試合に取り入れていった結果が、少しずつ形になっていると思います」
また、桶谷大ヘッドコーチ(HC)は、別の側面から見た今村の成長を語った。
「今季、彼にとって一番大きかったのが、日本代表に呼ばれたことだと思います。1回目は試合に出られず帰ってきて、『次は何がなんでも試合に出たい』『もっと上手くなりたい』と向上心が高まりました。2回目の招集では、満足いくものではないけれど試合に出られたことで自信が深まり、さらには世界レベルで戦うためにはどうすればいいかを肌で感じてきた。そういった経験が、彼の成長につながっているんじゃないかと思います」
新潟県ベスト8、長岡市選抜、地方大学出身という実績からトッププレーヤーに成り上がった今村は、ハングリー精神の塊のような人間だ。以前行ったインタビューでは、新潟経営大学4年時に初招集されたU24日本代表候補合宿を「『とりあえず呼ばれただけ』って感じがして、すごく悔しかった」と振り返り、プロキャリアの序盤についても「学生時代から有名だった選手に『誰?』という顔をされた時こそ、絶対に活躍してやると思っていた」と語っていた。
先の桶谷HCの言葉を聞き、年月を経ても彼を突き動かすものは変わっていないのだと知った。
CS決勝での悔しさを糧に「チームを救える選手になりたい」
第1戦は33分、第2戦は36分。今村はチームで一番長くコートに立ちながら、ゴール下へ切れ込み、3ポイントシュートを放ち、比江島、鵤誠司ら宇都宮のキーマンにマッチアップした。フリースローの前には疲労を少しでも軽減するために念入りに屈伸し、気づけばコンプレッションタイツの膝は擦り切れて穴が空いていた。
第3戦への望みをかけた第2戦の終盤は、「こんなところで終わりたくなかった」と猛攻の主軸を担い、タイムアップまで残り22秒で2点差にまで詰め寄った。
しかし、それでも届かなかった。
試合終了のブザーが鳴り響くなかで今村は大きく肩を落とし、挨拶を終えた後はフロアに座り込んで体を震わせていた。そして、セレモニーが始まると頭を上げた。
新潟の無名大学からB1強豪クラブのエース格に成長した今村のキャリアは、称賛に値するものだ。しかし、A代表への定着を目指す26歳の若者には、まだまだ多くの伸びしろがある。今までのキャリアで最も高い場所で味わった悔しさが、今後の彼にどう影響していくかを見つめていきたいという思いで、ファイナルで感じた課題を尋ねた。
今村は言った。
「明確にこれっていうのは、まだ分からないです。ただ、チームの流れが悪くなった時に、活躍するのでなく救ってあげられるような……苦しい時に何かチームにいいことをもたらせるような選手になりたいと思っていて、そこはファイナルではなかなか出しきれなかったところじゃないかと。今回の経験を生かして、突き詰めていきたいです」
仲間のピンチを救う選手になる――。これは今村が様々なメディアで話していることで、2年前、琉球との契約が発表される前に行ったインタビューでも同様のことを話していた。
目指すのはチームを引き上げるエースではなく、支えるヒーロー。今村の新たな旅路が東京体育館から始まった。(青木 美帆 /Miho Aoki)