「軽い気持ちで試合に入ってしまったら、プロの世界だけじゃなく、アマチュアの世界だって、サッカーの試合は難しくなる」 試合…

「軽い気持ちで試合に入ってしまったら、プロの世界だけじゃなく、アマチュアの世界だって、サッカーの試合は難しくなる」

 試合後のミックスゾーンで、日本代表として2度のワールドカップを経験している酒井高徳はやや憤然とし、苦言を呈した。

「立ち上がりのところで、眠ったままの選手がいた。試合に入っていなかった。ルーズボールで相手に先に入られたり、リアクション、アタックのところでリアクションだけで終わっていたり。自分も含め、誰もいいプレーができていない。おのおのがやるべきシチュエーションなのに......。こうした発言をすることで、やるしかない、という意識をあらためて持てるように......」

 自らにも言い聞かせるような叱咤の声は、すべての戦況を表していた。

 ヴィッセル神戸は、敵地で湘南ベルマーレに2-1と敗れて、再び最下位に沈んだ。開幕前、彼らは優勝候補の一角にも挙げられていた。このまま降格の憂き目を見るのか――。



ヴィッセル神戸は試合終了間際、アンドレス・イニエスタの同点弾が決まったに見えたが......

 神戸が低調なシーズンを過ごしている理由はいくつかあるが、ひとつはっきりしていることがある。

 シーズン前にも指摘していたことだが、ベルギー代表センターバック、トーマス・フェルマーレンの退団、引退の影響は大きい。スペイン代表セルヒオ・ラモスなど、有力センターバック獲得の噂もちらほらと出た。しかし結局、穴を埋めるような選手は獲得できなかった。

 フェルマーレンは昨シーズン、フルで戦ったわけではない。しかし、出場した試合での存在感は群を抜いていた。正しいポジション、正しいタイミングで、周りを正しく導くことができた。正解を提示することで、次の正解も出しやすくなった。周りを輝かせられるディフェンダーであり、バックライン全体を改善させていた。

 その恩恵を最大に受けていたのが、若いセンターバック、菊池流帆だった。正しいディフェンスを教授されたのだろう。粗削りだったが、ヘディングや体の強さがセールスポイントになった。目覚ましい成長を遂げたことは間違いない。

「安全」というより「逃げ腰」
 
 しかし、フェルマーレンを欠いた今シーズン、菊池は若さを露呈した。力任せのチャージが多く、ミスが目立つようになった。湘南戦で、体ごと飛び込むようなヘディングでゴールを決めたシーンは面目躍如だったが......。

 今年4月、シーズン途中で監督に就任したスペイン人ミゲル・アンヘル・ロティーナは、まず守備の安定感を取り戻すために修正に着手した。高さ、強さがあって本来はセンターバックの大崎玲央をボランチに入れ、防御を強化。ディフェンス面での安定を取り戻すことで、4-0と快勝したサガン鳥栖戦はカウンターがはまった。

 湘南戦も同じ陣形で、ポゼッションを守りに使いながら、一発にかける形だった。ロティーナらしい、ロジカルな戦い方と言える。ただ、守りの安定とポゼッションを追求する功罪か、ピッチに立った選手が消極的になった。時間稼ぎと錯覚するほどの横パスばかりか、バックパスも少なくない。セーフティな選択というよりは、明らかな逃げ腰になっていた。

 覇気のなさが蔓延し、湘南の選手の出足のよさに気圧された。週2試合のコンディションの問題もあったかもしれない。負けが選考している自信のなさもあっただろう。

 前半39分、一度は攻撃を退けたに見えたが、再びボールを拾った湘南の選手に対し、寄せが甘くなった。そこで足を振られてしまい、ミドルが当たってコースが変わったところ、GK前川黛也がどうにか弾いたが、こぼれ球を町野修斗に叩き込まれた。後半6分にも、自陣での緩慢なパス交換の隙をつかれる。GKへのバックパスは狙われていた。鼻先でかっさらわれ、またも町野に流し込まれてしまった。「やらずもがな」の2失点だった。

 その後の神戸は、叩き起こされたように総攻撃へ移っている。波状攻撃から左CKを奪い、菊池がヘディングで決めた。その後もボージャン・クルキッチが抜け出し、シュートを狙った。しかし、得点力も昨シーズンより低下していた。ドウグラスの穴埋めができず、サイドアタッカーに期待したのだろうが、パワーに欠けるのだ。

 そんななかで、アンドレス・イニエスタだけは、相変わらず別次元にある。前半からトップ下でボールを受けると、すかさず武藤嘉紀にパスを入れ、リターンを受けた汰木康也がネットを揺らすも、これはハンドの判定。また、最終ラインの前を横切るようにドリブルし、山口蛍とのパス交換から左足で際どいシュートを打ち、汰木のパスを左サイドで受け、右アウトで流し込んだクロスも芸術的だった。後半、ゴール前に走り込んだ山口蛍に出したパスは神業的だった。

 そしてアディショナルタイム、イニエスタが蹴ったFKは右隅に決まり、劇的な同点弾と思われた。しかしVAR判定で覆ってしまう。ジャッジに関してはやや不運もあったが......。

 いずれにせよ、神戸は目覚めるのが遅すぎた。

 ロティーナは守備からチームを作るタイプの監督である。その点、今はプロセスにあるのだろう。ただ、守りに入るのと腰が引けるのは同義ではない。

「もっと早くボールを動かし、1対1の状況を作るべきだった」

 ロティーナ監督は試合後、淡々と語った。沈みかけたチームを引き上げるため、慌てふためいても仕方ない。残留に向け、やるべきことは整理されつつある。しかし冒頭で酒井が語ったように、少しでも切迫感を欠けば、泥沼から抜け出せなくなるだろう。