3月19日に開幕し、連日熱戦が繰り広げられている「第94回選抜高等学校野球大会」(センバツ)。3月22日からはコロナ禍に…
3月19日に開幕し、連日熱戦が繰り広げられている「第94回選抜高等学校野球大会」(センバツ)。3月22日からはコロナ禍による観客の入場制限も解け、いよいよ本来の大会の姿に近づいた。
しかし、ある出場校はコロナの影響で試合前から大きな「ハンデ」を背負った。9年ぶり9度目のセンバツに出場する徳島県立鳴門高校だ。感染防止対策として徳島県では公立校の練習試合が禁止されているため、練習試合なしで甲子園に臨むことになったのだ。3月24日、鳴門は強豪の大阪桐蔭に挑む。

鳴門の命運を握るエースの冨田遼弥(右)と捕手の土肥憲将
開幕直前、監督の
「憤り」の理由
「先日、(飯泉嘉門)徳島県知事のところへ表敬訪問に行った時に、『これが実態です』とお話ししようとしたら、周りが『絶対にやめてください』と必死に止めるんです。『何をどうするのや』と僕は言いましたけど、『言うたらいかん』と言うんです」
3月10日木曜日、徳島県鳴門市の鳴門高校グラウンドの応接室。
板東湧梧(福岡ソフトバンクホークス)、河野竜生(北海道日本ハムファイターズ)といいった、NPBの世界へ羽ばたいていった投手たちも収まった甲子園の出場記念レリーフに囲まれながら、森脇稔監督は憤っていた。
複数の学校でのクラスターを含む新型コロナウイルス感染拡大に際し、3月4日に県教育委員会から「県立高校の3月19日までの練習試合禁止」が通知された。3月16日がセンバツ前に練習試合が組めるリミットとなっていた鳴門は、必然的に練習試合なしでセンバツに臨まないといけない苦境に陥っていたのである。
コロナ禍だから仕方がない。練習試合ができないなら、紅白戦でどうにかする。それもひとつの意見であろう。ただ、森脇監督は板東、河野らを育ててきた持論になぞらえ、練習試合なしで公式戦に臨むリスクをこう説明した。
「特に投手は練習、紅白戦、練習試合、公式戦でアドレナリンの出る量がそれぞれ違いますから、段階を踏んでいくことが重要になるんです。それをいきなり紅白戦からセンバツのマウンドに立ったら、アドレナリンが出すぎて壊れる可能性が出てきます。加えてセンバツは準備の少ないなかで戦うことになるので故障の危険性は増します」
余談ではあるが、県教委の練習試合禁止通達は野球に限らず3月25日から埼玉・熊谷ラグビー場で開催される「第23回全国高等学校選抜ラグビーフットボール大会」に出場する県立城東高校ラグビー部を含め、すべての競技に適用された。知事判断でセンバツ出場校の市和歌山・和歌山東に県内校同士のみの練習試合を認めた和歌山県と比べると、徳島県の対応はいささか「しゃくし定規」と言わざるを得ないものだ。
そして......、鳴門にとって恐れていた事態も起こってしまった。「ぶっつけ本番」の覚悟を持った紅白戦初戦で、最速138キロの右腕・藤原颯太(新2年)が右肘を故障。昨秋公式戦防御率0.86の最速142キロ左腕・冨田遼弥(新3年)ととともに、指揮官が投手の2本柱の一角として期待していた投手だった。「新チームのことを考えて、手術させることにしました。登録を外します」(森脇監督)。大阪桐蔭との対戦以前に彼らの状況は「苦境」から「危機」の2文字へ変わろうとしていた。

選手たちにアドバイスを送る鳴門の森脇稔監督
危機にもポジティブな選手たち
しかし、応接室を出てグラウンドに出ると、選手たちの表情はつとめて明るかった。
打者陣は「おりゃ!」と叫びながらフルスイングでロングティーをすれば、フリーバッティングでは先に投手トレーニングを終えた冨田も勝負を楽しむ様子で打ち込む。そんな笑顔の集団の中心には、「練習試合をやりたい気持ちはありますけど、これは仕方ないことなんで」と語る、主将・三浦鉄昇(新3年、遊撃手)の姿があった。
秋の県大会を終え、2018年夏の甲子園に出場した兄・光翔(現:山梨学院大4年)と同じ主将の座に就いた三浦の持ち味は「親分肌」。練習では絶妙なタイミングで周囲をいじりつつ、試合では自ら躍動感あふれるプレーで周囲をけん引する。鳴門が練習から高いテンションをキープできるのは、熱さと冷静さを使い分ける三浦の存在が大きいだろう。
"彼がいれば、メンタル面は大丈夫かな"と思いながら、マウンド上に目をやると......、ひときわ目立つ大男が。この日はバッティングピッチャーを務め、次々と主力打者を詰まらせてドヤ顔を浮かべていた前田一輝(新3年)。ロングティーでは130m先の防球ネットを超える驚弾を連発する190㎝90kgの超大型の右打者であり、同郷のオリックス・杉本裕太郎を彷彿させるプレーに一部では「鳴門のラオウ」とも称される4番打者だ。
前田は、昨秋は中堅手の傍ら投手としてマウンドに立つも、成績はやや振るわず。冬場に入る前の取材では、「4番を打たせてもらっているので堂々と戦わないと......」と、やや自信喪失気味だった印象。ただ、前田が紅白戦で自己最速の144キロを出したと報告してくれたコーチ陣の話を聞くかぎり、甲子園では大いに期待できそうである。

ロングティーで豪快に飛ばす
「鳴門のラオウ」前田一輝
「岩をも砕く不断の力」で巨岩に挑む
このように伝統の「うずしお打線」の後継者たちが成長を遂げている鳴門だが、大阪桐蔭打線を抑えるにはやはりエースの力が必要だ。そこで、森脇監督が絶対的な信頼を置く女房役・土肥憲将(新3年)と冨田のバッテリーに大阪桐蔭打線の攻略法を聞いた。
「内角を使っていきたい」との無難な答えに終始した土肥に対し、冨田の答えは「冬に習得してきた変化球を使っていきたい」と具体的だった。その答えは......焦らず試合当日の楽しみとしよう。
彼らのポジティブシンキングに安堵して応接室に戻ると、達筆で書かれた額が目に飛び込んできた。
「岩をも砕く 不断の力」
鳴門高校校歌の一節だ。そこで筆者は思い出した。河野竜生を擁し、センバツ王者・智辯学園を撃破してベスト8入りした2016年夏の甲子園に代表されるように、強敵を撃破してきた過去の鳴門は、この節を凝縮した闘いをことごとく演じてきたことを。
鳴門にとって過去最大の巨岩である大阪桐蔭との闘い。いくたの困難を乗り越え、彼らが「不断の力」を結集することができれば、試合後の聖地には輝く鳴門の健児たちの姿が見られるはずだ。

9年ぶり9回目のセンバツで大阪桐蔭に挑む鳴門