【サディオ・マネvsモハメド・サラー】 サディオ・マネを擁するセネガルがモハメド・サラーの牽引するエジプトを決勝で下し、…
【サディオ・マネvsモハメド・サラー】
サディオ・マネを擁するセネガルがモハメド・サラーの牽引するエジプトを決勝で下し、アフリカネーションズカップ2021(※2021年に予定されていた大会が翌年に開催されたため、名称はそのまま)は幕を閉じた。

アフリカネーションズカップで優勝したセネガルのサディオ・マネ photo by AFLO
リバプールのふたりのエースが頂上で対決し、今大会随一の戦力を誇るセネガルが初優勝したのは、よきフィナーレだったと言える。しかしこの大会は今後、何よりもファンが命を落とした悲劇とともに記憶されることになる。少なくとも、大陸外の人々には──。
1月24日、カメルーンの首都ヤウンデの郊外にある今大会の主要会場スタッド・オレンベで、カメルーンとコモロのラウンド16が行なわれていた。
インド洋に浮かぶ小さな島国コモロの代表は、今大会に新鮮な驚きをもたらしたチームのひとつで、5度の優勝回数(最多7度のエジプトに次ぐ)を誇る開催国の代表を相手に、見事なパフォーマンスを披露していた。
本大会に初出場していた彼らはグループステージで強豪ガーナを下し、決勝トーナメントに到達したものの、複数の選手が負傷と新型コロナの感染に見舞われ、出場できるGKがいなくなり、この一戦ではサイドバック(SB)のシャケル・アルハドゥがゴールを任された。
加えて序盤に主将のジミー・アブドゥがレッドカードを受けて、ひとり少ない状況となったにもかかわらず、大国カメルーンと堂々と渡り合っていた。スキルフルな小国の選手たちは、2点を先行されても諦めずに1点を返し、最終的には一歩及ばなかったが、観た者にフットボールの面白さと奥深さをあらためて感じさせた。
そう、このピッチの上には、クオリティーとカオスの入り混じった予期せぬ楽しみが確かにあり、それは今大会の縮図のようにも感じられた。
ところが、そのスタジアムの外では悲劇が起きていた。試合が開始された頃、南側の入り口に多くのファンが殺到し、あろうことか、数十人の負傷者にとどまらず、8人の死者が確認されたのだった。そのうち少なくともふたりは女性で、ふたりは子どもだったという。
【スタジアムで死亡者】
今大会のために2018年に完成したばかりのメインスタジアムで、なぜこんなことが起きてしまったのか。そこは首都の中心部から北へ13kmも離れたのどかな場所で、人々が押し合うシーンなど想像もできない。
「(南エントランスの3つの)ゲートをひとつしか開けなかったのは、なぜだ? すべて開いていれば、彼らの命が失われることはなかったはずだ」と、アフリカサッカー連盟のパトリス・モツェペ会長は、のちの会見で責任者を探すように言った。筆者は事故の翌日に現場を歩き、周囲の人々に話を訊いた。すると、いくつかのことがわかった。
当日のキックオフ前に、千人を超えるファンが南エントランスへ押し寄せていたが、現場を取り仕切る警官は10〜20人ほどだったという。そのため、彼らは3つのゲートのうち2つを閉じ、コントロールしやすくしようとしたが、それが裏目に出た。
なかには、チケットを持っておらず、どさくさに紛れて入場しようとした人もたくさんいたようだ。自国の代表チームの試合を前に興奮した大勢の人々が、たったひとつのゲートに殺到したことで、前方にいた人々は倒され、踏みつけられ、土埃のなかに埋もれていったという。
「非常識で無作法なカメルーン人の行動は、これで終わりにしなければならない」と、同国政府のスポーツ大臣ナルシス・ムレ・コンビは話した。ただしひとつ言えるのは、ネーションズカップの開催国では、常に地元ファンが熱狂するということ。それは予想できたはずだ。
この災難の後、スタッド・オレンベにこそ、多くの地元民は足を運ばなくなったが──カメルーンとエジプトの準決勝の観客数は24,371人。収容6万人のスタジアムには、新型コロナの規制で8割の入場制限が設けられていたが、その半分ほどだ──、街は変わらずに賑わっていた。人々は試合を放映するテレビに群がり、大きな身振りや歓声でプレーに反応する。アフリカ王者を決する大会を存分に楽しみ、そこらじゅうでパーティーが続いていた。
むろん、彼らは8人の死を悼んだ。しかしそこにある死とは、貧困やマラリア、頻発する交通事故、欠陥のある医療体制によって、常日頃からもたらされているものであり、我々他大陸の人間とは生死の捉え方が違うようだった。悲劇による衝撃を引きずることなく、生きている人々はそれぞれの生の瞬間を楽しんでいた。
【大国と小国の差が縮まっている】
ピッチ上では、往々にして退屈なフットボールが展開されていた。ケガの可能性が危ぶまれるほど、芝生は劣悪なコンディションにあり、欧州でプレーするアーティストたちは、粗悪なキャンバスに筆を走らせることができずにいた。
また優勝候補のひとつだったエジプトは、カルロス・ケイロス監督の慎重すぎる采配もあり、サラーほどの才能をも生かそうとせず、ほとんどの試合で得意のPK戦に持ち込もうとしているようだった。そんな彼らが決勝でPK戦の末に敗れたのは、皮肉にも思えるが。
セネガルは初優勝に相応しいチームだった。FWマネ、MFイドリッサ・ゲイエ(パリ・サンジェルマン)、MFナンパリス・メンディ(レスター)、DFカリドゥ・クリバリ(ナポリ)、GKエドゥアール・メンディ(チェルシー)と、多くのポジションに欧州の強豪でプレーするタレントを揃え、彼らを束ねるのは現役時代に2002年日韓W杯で主将を務めたアリュー・シセだ。
今年のカタールW杯でも彼らの勇姿を観たいところだが、出場権を得るにはプレーオフで再びエジプトを下さなければならない。つまり、マネかサラーのどちらかは、残念ながらW杯に出場できない。
もっとも、今大会ではそうした大国とそれ以外の国の差が縮まっているのも確認できた。コモロ、ガンビア、赤道ギニア、シエラレオネらが、歴史的な強豪と伍する姿は、観ていて痛快だった。開催国の人々も、自国代表との試合を除き、彼らを応援していることが多かった。
私たち記者やファンにとって、アフリカネーションズカップが難易度の高い大会であるのは間違いない。プレス席に電源をつなぐコンセントはほぼなく、開催地を結ぶフライトは少ない上に高額だった。またワクチン接種率が3%に満たないカメルーンで、その証明書がなければスタジアムに入れないルールがあり、多くの試合は実に少数の観衆のもとで行なわれていた。
それでも、地元の人々はこの大会を存分に楽しんでいた。起きてしまった悲劇は、教訓にして、今後に生かされなければならないが。
そして、最後にトロフィーを抱えて白い歯をこぼすマネの姿が、強く印象に残った。神父のもとに生まれ、苦労を重ねてトッププレーヤーとなり、目も眩むほどの大金を稼ぐようになった今も初心を忘れず、貧しい故郷に学校や病院を建てる心優しき男。そんな彼が代表の初タイトルを手にしたことを喜びたい。