「コーチから『こうやって打て』と言われて10年続けて3割を打てるなら、指導に正解があるということでしょう。でも、そんなも…

「コーチから『こうやって打て』と言われて10年続けて3割を打てるなら、指導に正解があるということでしょう。でも、そんなものはありません。選手が100人おったら、100とおりの答えがあるわけです。結局は『自分で考えろ』ということ。コーチが『こうやれ』と言った時点で、選手は『コーチに言われたから......』と言い訳できるようになってしまう。私自身がそうでしたから」

 信念の人だ──。

 今岡真訪さんの話を聞きながら、そんな思いが頭のなかを駆け巡っていた。瞳を真っすぐこちらに向け、ひと言ひと言を噛みしめるように伝えてくる。それほど重要でデリケートな内容を伝えている自覚があるからだろう。聞き手としては、ちゃんと理解しているか試されているようで緊張感が絶えなかった。




2018年から昨年までロッテの二軍監督、一軍ヘッドコーチを務めた今岡真訪氏

 

【選手育成のために敢行した改革】

 今岡さんは2018年からの3年間はロッテの二軍監督として育成環境を整え、2021年はヘッドコーチとなり井口資仁監督をサポートした。今岡さんの在職中、ロッテは2020年から2年連続で2位と好成績を収めている。

 近年のロッテは有望な高校生選手を積極的にドラフト指名してきた。2017年1位の安田尚憲、2018年1位の藤原恭大、4位の山口航輝、2019年1位の佐々木朗希。彼らは近未来のロッテの屋台骨を担う存在として、英才教育を受けている。今岡さんは将来有望な若手選手を育成するために、腐心してきた。

 今岡さんが二軍監督に就任した際、大きく改革したことがある。

「寮の生活、トレーニング、グラウンドでの技術練習。この3つがリンクしていないと、選手が育つ環境になりません。でも、これらをつなげるのは簡単なようですごく大変なんです。とくに野球界は不思議な世界で、トレーニングコーチより技術を伝えるコーチのほうが立場は上になっています。仮にトレーニングが必要な選手がいても、技術コーチが『そんなんいらん』と言えば優先されてしまう。元来、コンディションづくりにおいてはトレーニングコーチのほうが専門的な知識を持っています。その知識を最大限生かせる環境が大事なんです」

 2016年からの2年間、阪神の二軍コーチを務めた際に、「グラウンドで技術指導しているだけではダメだ」と痛感したという。ロッテではまず各部署が選手の育成方針を共有することからスタートし、軽視されがちな寮の食事とトレーニングの充実を図った。

「寮では毎朝体重を測って採血するようにしました。高卒3〜4年目までの選手は、疲れがたまっていれば休み、練習量を減らすこともありました。その状態で練習させても、体重が減ってしまいますから。体重が減ると言っても、元々ついている脂肪を減らすのと、トレーニングで鍛えた体重(筋力)が落ちるのとでは意味がまったく違います。そこは選手のコンディションをしっかり見極めたうえでやらないと、せっかくプログラムを組んでトレーニングしても意味がなくなります」

【大山悠輔と高山俊に抱く不安】

 育成環境については、今岡さんにとって苦い記憶がある。

「私が阪神に入った時期はチームが弱かったので、毎年のようにコーチが変わって『ああせい、こうせい』と言われるわけです。でも、結果が出なければ『考えが甘いねん』と、全部自分のせいにされてしまう。いろんな人にいろんなことを言われて選手は混乱し、満足しているのはコーチだけ。その結果、つぶされて終わった選手をたくさん見てきました。たとえば100人の選手がいて、コーチが教えまくって有能な選手に育つのはほんのわずか。残りの半分以上はつぶされたと言っても過言ではありません」

 コーチは何も教えるべきではない、という意味ではない。「選手が必要としていれば教えればいい。ただ教えすぎるのはよくない」というのが、今岡さんの考えだ。

 阪神時代の教え子である大山悠輔や高山俊を見ていると、今も特別な感情が湧くと今岡さんは言う。ふたりとも「自分と境遇がよく似ている」と感じるからだ。

「私はコーチに納得いかない指導を受けると態度に出してしまい、『生意気や』とよく言われました。高山も似たようなところがあるようで、(2016年に)新人王を獲って、周りにあれこれ注意されると態度に出て、誤解されてしまうことがあったそうなんです。今は結果を出さないとあとがないという状況のところまで来てしまいましたが、それも私とまったく一緒です。大山は誰からも愛される性格なんですが、誰に何を言われても聞き入れるタイプです。だから人の意見を気にしすぎていないか、気になります」

 ロッテでは、安田にも大山と似た気質を感じるという。安田は2020年から優先的に起用されながら、突き抜けた成績を残せずにいる。藤原も山口も、高い期待を受けながらレギュラー奪取には至っていない。そんな教え子に伝えたいことを聞くと、今岡さんはじっと考え込んでからこう答えた。

「『自分で考えて、自分ですべての責任を負え』ということですね。このひと言があれば、いろんな経験をしてきた彼らには伝わると思います」

 生活面では「挨拶、返事をしっかりする」「時間を守る」といった、社会人として身につけておくべき部分は厳しく指導してきた。だが、練習後に打ち込みたい選手がいれば、基本的には選手ひとりで打たせるようにした。ひとりで打つことで、自分自身で考える習慣を身につけてもらいたかったからだ。

 球団に理念や要望を伝え、今やロッテの環境は整いあらためて球団の方には感謝したいと今岡さんは言う。そして最後に期待を込め、こう語った。

「安田、藤原、山口、佐々木。彼らがロッテを常勝軍団にしていかないといけません。ひとりで考え、ひとりで行動し、人に甘えない。すべて自分で背負えるようになれば、今度は彼らがチームを背負って強くなるんじゃないかと思います」

 土を耕し、種を撒き、水を与えた。今はまだ小さな芽かもしれないが、今岡さんは大きな花が自らの力で咲く日を心待ちにしている。