福田正博 フットボール原論 青森山田高校の松木玖生選手が、来シーズンからFC東京に加入することになった。高校生のJクラブ…

福田正博 フットボール原論

 青森山田高校の松木玖生選手が、来シーズンからFC東京に加入することになった。高校生のJクラブ入団が話題として取り上げられたのは久しぶりだったが、2021年のU-22日本代表に名を連ねる彼のポテンシャルを考えれば、それも納得できる。

 松木選手は高校1年の頃にはもう体ができあがっていて、ユースサッカー界では抜群の存在感を放ってきた。それもあってか当初は高校卒業後の進路を欧州に見定めていたようだが、Jクラブで腕を磨いてからステップアップしていくことに変更したという。

 クレバーな選択をしたなというのが率直な感想だ。欧州に挑戦するのはJリーグで成長を遂げ、結果を残してからでも遅くはない。

 出場機会がどの程度まで確保されるかわからない欧州に慌てて行くよりは、しっかりとJリーグでステップを踏んでから海外移籍をしてもらいたい。松木選手がどれだけ試合に出場し、どういう成長曲線を描いていくのか楽しみでもある。

 高校卒業のタイミングは、プロに進むための最初の分岐点だ。高卒でプロの門戸を叩くほうがいいのか、それとも大学サッカーを経験してからがいいのか。いまの時代は大学サッカーのレベルが高い。高校時代に松木選手のような特別な存在でないならば、大学を経由してからプロに進んでも遅くはないと思う。

 18歳から22歳くらいの選手にとって、もっとも重要なのは試合を数多く経験することにある。試合のなかで見つかった課題に、練習で改善に取り組み、次の試合で成果を試す。このサイクルが成長につながっていく。

 その試合も練習試合では意味が半減する。緊張感のある公式戦を数多く経験することが伸び盛りの年代には必要だ。また、試合に出られなくても、高いレベルのチームで練習をしていれば成長すると思われているが、目的のない練習ほど身にならないものはない。

 2020年に大卒1年目のシーズンを送った選手たちを見ると、三笘薫(川崎フロンターレ→サン=ジロワーズ)、旗手怜央(川崎)、林大地(サガン鳥栖→シント=トロイデン)、金子拓郎、高峰朋樹、田中駿汰(以上コンサドーレ札幌)などは、大学でタイトルのかかった真剣勝負を経験しながら実力を伸ばし、プロ入り1年目から活躍する土台を築いた。

 昨シーズンほど多くはないが、今シーズンも大卒ルーキーは躍動している。札幌の小柏剛は1トップのスタメンに定着。川崎の橘田健人も今季後半戦からアンカーのポジションを掴み取った。当然個人差と所属クラブによる違いはあるが、大卒ルーキーのほうがプロ入り後すぐに活躍しているように見える。

 そして、三笘や林が道を切り開いたように、大学経由でプロ入りした選手であっても、活躍さえすれば海外移籍も可能な時代になっている。

<J2からの個人昇格狙いもひとつの手>

 もちろん、高校卒業でプロ入りした成功例も少なくない。東福岡高校から鹿島アントラーズに入団して今季が2年目の荒木遼太郎は、昨季はリーグ戦26試合に出場し、今季も現在35試合に出場して10得点を挙げている。

 ただし、荒木もアンダー年代の日本代表で主力を務めていた実績がある、世代トップの逸材だ。しかも、高卒選手の育成に定評のある鹿島に進んだ点を見落としてはいけない。

 子どもの頃からプロサッカー選手を夢見てきた選手たちにとって、高校卒業を前にしてプロクラブから声がかかれば、入団に気持ちが傾くのも当然だ。だが、本当に大切なのは『プロ選手になる』ではなく、『プロとして試合に出る』こと。そこを見誤ってもらいたくないと思う。

 重要なのはどのクラブを選ぶかだ。特に高卒からJクラブに進もうとする場合、入団するクラブによってその後のキャリアは大きく変わる点を意識しておいてほしい。

 鹿島のように、毎年世代トップの高卒ルーキーを獲得し、育成する土壌とノウハウを持ったクラブであれば、出場機会を得ながら成長していけるだろう。荒木の同期である静岡学園高校出身の松村優太は、まだ不動のスタメンではないものの、試合出場を重ねながら成長をしている。高卒入団3年目の関川郁万も、2年目から試合に絡むようになり、今季後半戦からスタメンの座に定着している。

 ただ、鹿島が獲得に動くのは世代トップクラスの選手。それ以外の選手はほかのJクラブへ、ということになる。そうした選手がJ1とJ2のクラブのどちらのクラブからも声がかかったら、J1のクラブを選びたくなるのではないかと思う。高校生ならなおさらで、名の通ったJ1クラブのほうが成長できる環境にあると錯覚するかもしれない。しかし、キャリアの形成を考えれば、J2を選ぶのもひとつの手だ。

 J2は、新人選手にとってJ1よりは試合に出場しやすく、試合を通じて成長のサイクルに身を置きやすいメリットがある。

 この成長サイクルから飛躍を遂げた代表例が、日本代表の古橋亨梧だ。中央大学を出てプロキャリアの出発点はJ2のFC岐阜。そこで全試合に出ながら遂げた成長がヴィッセル神戸の目にとまってJ1にステップアップし、いまではセルティックで大活躍するまでになった。

 今季の浦和レッズで主力を張る小泉佳穂(FC琉球→)、明本考浩(栃木SC→)、平野佑一(水戸ホーリーホック→)などもJ2からJ1へ「個人昇格」した選手だ。彼らにとどまらず、ここ数シーズンはいい選手がJ2からJ1へ引き抜かれるのが当たり前になっている。

 もしJ2でプレー経験を積もうと考えているならば、最初からJ2クラブに所属したほうがいいと思う。J1クラブに加入し出場機会を求めてJ2へレンタル移籍、という道もあるが、勝敗への責任感を養う点において見れば、最初からJ2クラブに籍を置くほうがいい。責任感のあるプレーほど、チームスポーツにとって重要なものはないからだ。

 選手にとっては、もうひとつ重要なことがある。それが覚悟。どういうビジョンを描いてプロの世界に飛び込もうとするのか。将来どうなりたくて大学に進むのか。そこをブレずに持ち続けていられるかで成長曲線は変わっていくと思う。

 日本人選手の場合、欧州や南米の選手に比べて心身が成熟する年齢は遅い。高校年代はもちろん、大学を出てからも大幅に成長する可能性は十分にある。

 高校卒業時点での評価が高いほど手にできるサッカー環境は恵まれるが、それはサッカー選手としての成功を補償するものではない。つまるところ、野心を強く持ち、そこに向かって邁進し続けられるかにある。

 同年代なら、高校から即プロへ進む選手が浴びるスポットライトは眩しく見えるだろう。だが、別のルートからでもプロでの成功例は数多くある。それだけに、これから先も大卒組から古橋や三笘のような、華々しい選手が現れることも期待している。