第3回に登場するは、今大会がラストレースとなる4年生3人だ。牟田昇平副将(商4=兵庫・三田学園)は舵手なしフォア、飯島…

 第3回に登場するは、今大会がラストレースとなる4年生3人だ。牟田昇平副将(商4=兵庫・三田学園)は舵手なしフォア、飯島温人(基理4=東京・早大学院)は舵手付きフォア、岩松賢仁(スポ4=熊本学園大付)は舵手なしペアに出場する。漕艇人生の締めくくりとなる今大会にかける想いや、これまでの三者三様の道のりを伺った。

※この取材は10月16日に行われたものです。

癖なく漕ぐことを自分の課題として


真摯にインタビューに応える岩松選手

――今回の取材は早慶レガッタ以来となります。早慶レガッタからの春夏と、どのように過ごされましたか

牟田 僕は腰をケガしてしまったので、早慶戦が終わってからは少し休養期間をいただいて、練習を再開しました。最初はエルゴを測定して、そのタイムで夏に何種目に出るかというクルー決めをするのですが、あまり振るわなくて、最初はペアで出るという話だったのですが、いろいろあって今は舵手なしフォアになりました。4年生は僕1人で、残り3人は3年生2人と1年生1人というメンバーで下級生を引き連れるかたちですが、いろいろ試行錯誤しながらやっています。合宿も途中でなくなったり、試合も延期になるなど、思い通りにはいかない夏の期間だったかなと思います。

飯島 春終わってからの大会は今回が初にはなりますが、何回か練習レースみたいなかたちでタイムトライアルをやるためにクルー組みました。今はフォアなのですが、一度エイトでレースをするという機会がありました。僕もあまりエルゴが振るわない人なので、これまでエイトに乗る機会というのはあまりなかったのですが、乗せてもらう機会があり速いスピードのドライブをつくるリズムを勉強できました。クルーが決まってからはフォアに乗っているのですが、そこにもエイトに乗った経験が生かされているという感じですね。フォアの期間が結構長いのですが、マンネリ化する感じはあまりなくて、むしろ少しずつコンスタントに成長していっています。そういう点で良いクルーに乗せてもらっていると思います。

岩松 ペアとフォアが入れ替わって、僕はペアになったのですが、レースにペアで出るのが僕としては初めてで、あまり繊細な方ではないので最初は苦手意識がありました。それでもやらなきゃいけないので、日々どうしたらよいか考えています。少しずつスピードも出てきて、相方の2年生ともいろいろ話し合って、少しずつ分かり始めてきました。あと2週間でどう仕上げようか今は考えています。

――特に克服しようとされてきた課題はありますか

岩松 先ほど言った通り苦手意識ですね。練習とか選考のときにペアを使ったりするのですが、それであまりしっくりこないことが多くて。かなり安定しない船ではあるので、その中で自分の動きが相手の動きの邪魔をしないように、癖なく漕ぐことを自分の課題としてやってきて、少しずつ出来てきています。ペアは多少癖があっても、2人の息があっていればうまく丸め込めます。どうやって2人の折り合いをつけていくかというのが最近の一番の課題かなと思います。

飯島 このフォアでもタイムトライアルの形で2000メートル通すことがあったのですが、最初の500メートルがすごく遅くて。残りは同じようなタイムで来ているのに、スタート差で順位が下になってしまうことがありました。今はスタートでなるべく前に出られるように、安定して漕ぐことができるように練習しています。ただその後疲れてしまっては意味がないので、効率のよい漕ぎを目指しています。

牟田 舵手なしフォアは舵とる人がいなくて軽いために、4人でバランスをとるのが難しく、安定感が特に課題としてあります。その安定感を保ったうえで、軽く素早く漕いでいくというのが結構難しいです。安定感はだんだん出てきたけど、次はスピードを意識していかないといけない。逆にスピードを意識すると力んでしまったりして、また安定感が悪くなってくるので、その兼ね合いが課題です。

――半年前の春と比べて、違うなと感じる点はありますか

牟田 春休み中があるので試合まで練習に集中できる環境がありました。本当だったらインカレも夏休み中なので練習に集中できたのですが、延期になってしまって。僕たちは4年生なので授業もそんなにないのですが、下級生は授業との兼ね合いで朝早くなったりするなど、練習環境が難しくなっているのかなと思います。

飯島 早慶戦のあたりと比べると、下級生がインカレクルーに割って入ってきていると感じます。今は4年生が各クルーに分散している感じです。よく言えば、いろんなクルーに4年生が乗って引っ張っているし、悪く言えば4年生より3年生とか2年生がうまいのかなと。3年生はスポーツ推薦も多くてうまい代というのはあったのですが、1、2年生は東日本新人などで力をつけてきています。エルゴやタイムトライアルなどでも結果出していて、下級生のパワーを感じるという点では春とは違うと感じます。

岩松 春の時と変わらないこととして、ここ最近かはわからないのですが、感染状況などが改善しないことですね。僕らは全員ワクチン接種を終えているのですが、日常など練習以外のところで制限を受けているという状態で。おととしまでは海に行ったりとオフを使って出かけていたのですが、今年は全く行けていません。合宿も全員がワクチンを打ち終わり、山梨県の感染者数が少ないということで、ギリギリいけたのですが、途中でダメになってしまったので、まだ振り回されているなと感じます。これがまだ来年再来年と同じように続いていくのであれば、息抜きもできないので不安というか、継続するのが難しくなるのかなと思います。だからどうにか改善して、後輩たちが夏休みに息抜きができればいいなと思います。

――続いてインカレについて伺っていきたいと思います。8月の後半に、延期が発表されてさらに大会の合体も発表されました。そのときの気持ちや1ヶ月伸びたということに対する戸惑いや不安など、心境をお聞かせください

牟田 僕たちは4年生で、9月末にレースして気持ちよく引退しようという気持ちだったので、正直「なんでや」というのはみんなで言っていました。ただ僕は8月に入ってから、なしフォアに変わり、1ヶ月間で急に仕上げようというクルーだったので、逆に仕上げる期間が延びたとは思いました。頭では準備期間が延びてうれしいというのは分かっていたのですが、感情の部分では「なんでや」って思っていましたね。

飯島 去年も延びていて、(感染者数の)人数とか見る限り、そういう相談をしていると聞いたときに延びそうだと気付いていたので、あまり驚きとかはなく「やっぱり延びたか」くらいの感じでした。僕は大学院に進むので、就活する人に比べたら急いで何かしなければいけないこともなく、1ヶ月延びた分楽しめばいいかと思って、あまりネガティヴな感情もありませんでした。正直延期が決まった当時、クルーがうまくいっていたわけでもなかったので、延びた時間を使ってよりよい方向に持っていければよいかなと思いました。ただ実際に本来引退するはずだった日になってみると「本当だったら今日で終わりだったのか。1ヶ月遊べたのかな。」とは思いました(笑)。10月に入っても授業とか始まってきているので、授業や研究室と両立するのはきついところがありながら、可もなく不可もなくみたいな感じですね。

岩松 僕も牟田と近いところがあるのですが、8月の中盤くらいにペアに変わって、少し漕いでいたときに延期になるという話を聞いて、最初は「延びるのか」と思いつつ僕は時間が稼げたのかなとホッとしました。そのおかげで戦えるくらいにはなってきています。飯島が言っていたとおり、僕らも延期の可能性があることは知っていて準備もしていたので、納得しつつ、ケガを抱えている部員もいるのでそれが持つかなという不安もありました。でも本番まで猶予があるというメリットが大きいかなというふうに捉えました。

――牟田副将にお伺いします。インカレの延期に伴い、新人戦がなくなってしまいました。副将としては難しい状況だと思いますが、どのように下級生と接するように心がけていますか

牟田今週末(10月17日)に東日本新人があるので下級生はそこに向けてエイトに乗ったりしていて、新人コーチで僕の一歳上の舩越先輩も来て教えてくださっています。下級生の成長は日々ビデオなど見ながら感じています。下級生との関わりとしては、一緒に練習することには難しいところもあるので、一緒にビデオを見たりして普段より関わりを多くするように自分の中で意識しています。僕たちもあと2週間くらいで引退になってしまうので、少しでも記憶に残れる先輩になろうかなって思って(笑)、何気ない会話したりとかしています。外に遊びに行ったりはできないので少しでも部の雰囲気がよくなるように関わるようにはしています。

――岩松選手は舵手なしペア、牟田選手は舵手なしフォア、飯島選手は舵手付きフォアで出場されると伺いました。ご自身が出場するクルーについて、意識して取り組んでいることや特徴などを教えてください

岩松 僕はペアで、テニスで言うとダブルスみたいな感じなので、しっかり思っていることを伝えることを意識しています。できるだけ相手の受け取り方によって意味が変わってしまうような言葉を避けて、自分の思っていることがなるべく正確に伝わるように気をつけています。ペアは2年生なので自分に気を遣ってしまうところもあると思うので、それをさせないようにしたいです。去年もですが、あまり萎縮させないようにしています。雰囲気としてはしっかり話せている分、殴り合いのけんかをすることもなく(笑)。僕は結構話を聞きたがりの方なので、しっかり話を聞いてその分話したいこと話してという感じで、意思疎通を十分とれる環境ができているかなと僕は思います。

飯島 長い時間一緒にクルーに乗っているということで、お互いのことがよくわかってきました。4人で漕ぎますが、1人がどこかでミスしてしまうとエイトとかよりも影響が大きいのでお互いに指摘し合ってよい関係が築けているかなと思います。特に雰囲気では、後輩も先ほど言った通りうまくなってきていて指摘も正確になってきているという点で、非常にみんなで盛り上げるというか。コックスがコール入れて欲しいところでしてくれるなど、着々とレースの準備は出来てきています。気合いも入っているクルーです。

牟田 僕たちのクルーは3年生2人と僕と1年生が1人乗っていて、3年生は菅原(陸央、政経3=秋田・本荘)と三浦(武蔵、商3=山梨・吉田)ですが、2人はもうずっと仲良いメンバーで実力もあって頼りがいもあるので、そんな2人と試合に出られるのはすごく安心感があります。ずっとボートやってきている2人なので、船に対する感覚など自分より優れている面はかなり多いのかなと思います。そこも含めて頼りがいのある船で、いい雰囲気だなと思います。1年生の遠矢(陸人、スポ1=熊本学園大学付属)はスポーツ推薦で入ってきて、日々指導もしながら4人でやっていっているという感じです。全員僕に物怖じせずに言ってきてくれるので、とても頼もしいです。

――それぞれのクルーの目標をお聞かせください

岩松 今回は全日本とインカレを併催するということで、いつもより競争相手が多いです。それでも確実に最終日のB決勝以上は確実に狙っていきたいなと思っています。チャンスが流れてきたら絶対掴んで逃がさないようにして、Bファイナル、あわよくばAファイナルに行きたいなと思っています。

飯島 つきフォアは毎年激戦区なのですが、併催でさらに激戦区になると思います。初日にタイムトライアルといういわゆる予選に出られるクルーを決める足きりのようなものがあります。本来それはなく、予選・敗者復活戦・準決勝・決勝みたいな最大4本だったのが、タイムトライアルによって予選に出られず1本で終わるという可能性もあるので、まずはタイムトライアルをよい順位で、そつなく突破したいと思います。先ほど言った通り1本限りの順位で足きりするので、1回のミスが大きく響きます。1本目はそつなく突破したいです。あわよくばAファイナルとかまで残れたらなと思っています。

牟田 僕たちの船は最近うまくいっていないのですが、一応目標としてはメダルを獲りたいと話しています。しっかり決勝に残ってメダルを獲りたいと思います。僕たちの船は予選の前にタイムトライアルはなく、木曜日から始まるので、日頃から善い行いをしてどの組でどの大学と戦うか、よい当たりを引きたいです(笑)。ボートの試合では1日目に予選があって、その組の中で1位が準決勝に上がることができて、それ以外の3艇は敗者復活戦に回りレースが1本増えてしまうので、1日目が重要かなと思います。そこに向けて調整していきたいと思います。

みんなで一つのことを成し遂げるための過程や達成感を得られた


にこやかに質問に答える牟田副将

――ここからは、みなさんの4年間について振り返っていただきたいと思います。振り返ったときに4年間で一番大変だったなと思う時期はいつ頃でしょうか

飯島 僕はぶっちぎりで1年生の時です。仕事が多かったです。下級生はいろいろな仕事があって、掃除や準備、船を拭くタオルを洗濯などなど、数えきれないほどあります。その上に、僕は理系なので必修科目も多く、1限に多くありました。やることが多く、入ったばかりでエルゴもタイムが出ないので、なかなか上のクルーに乗れません。また勉強もいきなり難しくなり、授業数も多いので、オフの日に遊びに行くことができず苦しい時期だったかなと思います。

岩松 私は2年生の時が一番大変でした。1年生の時は、とりあえず流れに乗って、何となくやっていけました。ですが後輩が入ってきたことで、そういうごまかしが利かなくなり、さらに先輩もいるので立ち回りが難しかったです。1個上の先輩は、(自分が)1年生の時に部屋が一緒だったりと関わりが多いのですが、2個上の先輩はそういうことがなかったため、どのような人なのか分からず、苦戦したかなと思います。

牟田 毎年何かしら困ったことがありました(笑)。僕は大学からボートを始めたのですが、自分以外のみんなはボート経験者だったので、1年生の時はそこについていくのが毎日大変でした。ボートについて毎日学ぶ感じでした。生活面でも、8人部屋で2段ベッドが4つのとても狭い部屋で、右にも左にも人がいるみたいな生活を新しい環境で送っていくのが大変でした。2年生は、初めてインカレに出させていただいて、2つ上の先輩と試合に出ることになりました。その先輩は「絶対に日本一を取らなければいけない」と言っていて、一緒に必死に練習したことは大変でした。それでも結局勝つことができたので、良かったです。3年生の時は、夏の試合の1カ月くらい前に腰のけがが判明して、そこから痛くて思うように練習ができませんでした。先輩の最後の試合なのに、自分が迷惑をかけてしまって、そこで身体的にも精神的にも大変な時期だったなと思います。4年生になると、就活が始まったり、副主将になってみんなを引っ張っていかないといけなかったり、コロナでうまいこといかなかったり。毎年何かしら大変なことがあった4年間だなと思います(笑)。

――そんな大変だった時に、支えになったものはありますか

牟田 何も考えてなかったな(笑)。しんどいなと思ったけれど、深刻には考えていませんでした。同期たちも程よい距離感で、とても仲が良いというわけではなく、お互いの距離を適切にとって関わっている学年なので(笑)。

岩松 仲が悪いわけではないんだけどね。

牟田 仲悪いわけではないです。学年によっては、みんなで誕生日会をしたりするのですが、僕らの学年はそういうのはなく、程よい距離感でお互いコミュニケーションを取っていました。居心地の良い環境や人間関係の中で練習ができて、それが支えになったのかなと思います。あとは周りを見たらみんな苦しい顔をしているので、自分も頑張ろうと、ある意味で支えになったのかなと思います(笑)。

飯島 僕の代は比較的理系が多く、僕の他に2人いるのですが、お互い苦労しながらやっているので、いろいろと相談することができました。理系が全員取らないといけない科目に関しては、特に相談できました。そういう点では、同じ理系で大変さを共有できる仲間がいたのは良かったです。結構支えになりました。

岩松 僕らの代はクルーがバラけることが多く、今年や昨年、一昨年もそうでした。そうすると同期で集まった時にクルーではないので、そういった話を抜きに自由な話ができます。同期と話す時は、うまくいっていないことを忘れることができました。それが良かったのかなと思います。誰もが通る道で、誰しもが早かれ遅かれ壁にぶつかっていても、それをお互いに分かっていて、フォローし合っているのかなと思います。

牟田 ほんまか?(笑)

岩松 まあまあ(笑)。

――苦労したことを伺いましたが、反対に一番良かった出来事はどんなことですか

飯島 僕は一度しかメダルを取ったことがないので、それは記憶に残っています。高校で3年間、大学で3年半とボートをやってきたのですが、これまで形に残る結果を出したことがなかったので、メダルを取った時は良かったなと思います。1年生の時はあまり(ボートの)成績が良くなかったのですが、2年生になって急激に上がりました。そういう点でも2年生のメダルをとった時は、(ボートの)成績も良く、学業も順調でメダルも取れて、結局開催されなかったのですが、次の年の早慶戦のクルーに選ばれるための飛躍の時だったので、思い出に残っています。

牟田 一番良かったのは2年生の時です。インカレで優勝できたので、印象に残っています。大学から始めて、そこまで時間は経っていない中でしたが、先輩に引っ張ってもらって勝てました。そこでボートを漕ぐのがうまくなったかなと。そこからまた早慶戦の期間に乗せてもらっていろいろ大きく成長できました。なので、一番思い出に残っています。

岩松 私はこの前の早慶戦の時が一番良かったかなと思います。3人とも同じセカンドエイト乗っていたのですが、まあ苦労しました(笑)。昨年はなかった分、早慶戦を経験している人が僕しかいなかったり、スイープを漕ぐのが初めてだったりして、いろいろと考えました。もう一人の4年生の岡本(真弘、商4=東京・早大学院)と4人でいろいろと話しながら、本番まで持っていきました。岡本がクルーリーダーなのですが、本番ですごいドラマを展開して(笑)。

牟田 名場面やったな(笑)。

飯島 あれは名場面だった本当に(笑)。

――その名場面とはどんなことだったのですか

岩松 スタートして初めの1000メートルくらいでオールが腹切りして、船が止まってしまい、慶大を追い上げるかたちになりました。しかし相手も同じように2回腹を切ってしまったので、僕らが勝つことができました。

牟田 切らんでも勝ててたんよな。僕はバウというポジションで船の一番後ろに乗っていて、全て見えていたんですけど、僕の前にいた岡本が腹切った時に、慶大は視界の後ろに飛んできました(笑)。練習中は本当に勝てるのかという雰囲気だったのですが、いざ始まってみると、僕たちの方がそろって船を進める力がありました。なので、そこからは慶大を詰めていく形になりました。

岩松 本番の集中力、異様だったよな(笑)。

牟田 本番だけすごいクオリティで、異様な集中力がありました(笑)。

――そんなこともあった4年間で、何を得ることができたと感じますか

牟田 僕は人と何かをするというのが大学に入って初めてだったので、みんなで一つのことを成し遂げるための過程や達成感を得られたかなと思います。僕は高校まではずっと競泳をしていたので、自分でどうするのかを考えて黙々とやっていました。ですが、ボートだと複数人で乗って、周りからや自分から指摘して、お互いに高め合う環境で一つの目標に向かって進んでいくので、そういうチーム競技の良さというのは得られたのかなと思っています。

飯島 僕は高校でもボートをやっていたのですが、高校の同期はあまり強い人がいませんでした。ですが大学に入ったら、高校の時に日本代表だったり、総体、国体や全国選抜などでメダルを取ったり3冠を目指していた人たちがいて、そういう仲間と乗れたのはすごくいい経験だったと思います。僕自身は下位からエイトまでいろいろなクルーに乗せてもらって、その中で人の違いや漕ぎの違いが分かって、面白かったです。ずっと同じ人と乗るのではなく、下の人から上の人までいろいろな人といろいろな船で漕げたというのは、すごく楽しかったです。

岩松 自分はなんだろう。

牟田 強いメンタルやろ!(笑)

飯島 確かに強くなってるな(笑)。

岩松 人との関わり方かなと思います。高校の時もボートをしていたのですが、人数も限られていて学年も一つ少なく、似たような育ちの人が多かったです。ですが関東に出てくると、帰国子女や牟田みたいな違う競技から始めてきていても、水泳でも良い成績を持つ選手がいます。

牟田 いや二流三流やったわ(笑)。

岩松 全国大会とか出ていて。こういう競技が違う人や、いろいろなバックグラウンドを抱えた人たちが、同じことに向かって何かをやっているので、その中で人との関わり方や自分の振る舞い方など、人の良さを見つけられるようになりました。上の学年になった時に、仕事の割り振りができるようになったのかなと思います。

最後の1本まで、うまくなり続ける


飯島選手の受け答えはどれも論理的でした

――いよいよ締めくくりとなってきました。本来の時期からは大会まで1カ月以上伸びました。ここからどのように仕上げていきたいですか

岩松 じゃあ僕から!

牟田 待ってましたみたいに言うやん(笑)。

岩松 残り短くなってきて、劇的に体力が向上したり技術が上がったりするわけではないので、どれだけ自分たちのうまい部分を引き出すのかというところが鍵になると思っています。ペアは片方の調子が悪いと、直接影響を受けてしまうので、普段からできるだけうまいところを出し続けるようにするというのは2人で話しながらやっています。

飯島 岩松の言う通り、この2週間くらいで劇的に体力が上がったり、漕ぎを改造することはできないので、どちらかと言うと、強みを生かしていくことになると思います。強みを生かすことと負けそうなところを潰していくという感じになります。まずは課題のスタートで、レートを上げて出て行くことを強化できたらいいなと思っています。ラストには自信があるので、最初に出てから、ジリジリ離して、最後にまた離すことができたらいいなと思います。

牟田 同じことしかないな(笑)。この前監督からも自分たちが持っているところをより洗練して合わせていくというところが大事だと話をされました。僕たち4人でできるところを合わせて、より磨きをかけていくことが大事かなと思います。それによって艇速につながってスピードが乗っていくと思うので、最後ここから試合に向けてしっかり自分たちの動きを艇速に還元して試合で勝てるようなクルーに仕上げていきたいなと思います。

――最後、どのようなかたちでの試合を終え引退する姿を目指しますか

岩松 みんな言いそうなことですが、未練や心残りがないようにしたいです。正直最後くたばってもいいし、なんなら意識が飛ぶくらいで(笑)。この人生でここまで必死こいて何かをやることは最後だと思うので、最後くらいはいつも以上にリミッターを外して、意識飛ぶくらい漕いでもいいんじゃないかなと思っています。

牟田 いつも意識飛ばしてたらかっこいいな。

一同 (笑)

飯島 一昨年、昨年は一応2本、3本と漕いでいるのですが、今年ひょっとしたら1本で終わるかもしれないというのがあります。正直1本で終わるというのはあまりにも短すぎるので、結果の観点で言うと、まずはたくさん漕げるように最初を突破するというのが一つです。終わり方で言うと、僕はこれからも審判といった点でボートと関わっていこうと思っているので、ボートとの関わりは最後というわけではありません。一方で、たしかに今まで一生懸命頑張ってきた、漕ぐというのは今回で最後になり、節目というところでもあります。良くなっているとは言いつつも課題は挙げたらキリがないのも確かなので、最後はまず課題としているスタートをしっかり上げ、強みであるラストスパートを生かして(岩松と)同じく倒れようかなと思います(笑)。

牟田 僕は結構1年生から今まで振り返ると、勝たせてもらったり早慶戦に出してもらったり、いろいろないい思いをしてきているので、負けたらもちろん悔しいけれど、勝っても負けても自分の中では気持ち良く終われるかなと思っています。その中で、後輩が3人乗っているので、彼らの次につながるレースになるように、自分が今までに経験したものをつないで、来年、再来年に生かすことのできるレースにできれば、僕自身は納得して引退できるかなと思います。最後まで後輩たちと盛り上がりながらやっていきたいなと思っています。

――では最後に、改めて大会に向けての意気込みをお願いします

岩松 一点集中。その都度、そのレース一点だけに集中して、常に最善を尽くせればなと思っています。

飯島 1本しかないかもしれないし、最大で4、5本あるかもしれないので、とにかくレースの最中も成長し続けることを意識していきたいと思います。最後の1本まで、うまくなり続けるというのを意識したいです。

牟田 僕たちも4年間の集大成としてのレースなのですが、僕たちが1年生からお世話になっている内田監督も今回の大会をもって監督を退任されます。監督の最後のレースにふさわしいような結果を自分たちの中で出せるように、みんなで頑張っていきたいと思っています。

――ありがとうございました!

(取材・編集 落合俊、土生諒子、 写真 土生諒子)


◆牟田昇平(むた・しょうへい)(※写真中央)

兵庫・三田学園高出身。商学部4年。早慶レガッタ直前特集はリモートでの取材だったため今回が初の色紙となった牟田選手。筆ペンを使って丁寧に書き上げてくださいました。その繊細さが水上での安定感につながっているのですね!

◆飯島温人(いいじま・はると)(※写真右)

東京・早大学院出身。基幹理工学部4年。授業と部活の両立に苦労したと話していた飯島選手。学部卒業後は大学院に進まれるということでさらにお忙しくなりそうですが、引退後も審判などで競技には関わるつもりだそうです。そんな漕艇愛に溢れた飯島選手の集大成、必見です!

◆岩松賢仁(いわまつ・けんと)

熊本・熊本大付属高出身。スポーツ科学部4年。専門用語や分かりにくい言い回しを使ってしまっていないか気をつけながら質問に答えてくださった岩松選手。下級生と接するときもきっとそのような細やかな気配りをされているのでしょう!