『鬼滅の刃』視点でサッカーを語り合う 第6回 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリス…

『鬼滅の刃』視点でサッカーを語り合う 第6回

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材しつづける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。普段は欧州チャンピオンズリーグ(CL)を語る3人ですが、このシリーズではあの大人気漫画『鬼滅の刃』とサッカーの深い関係性について語ります。今回は、前回に続いて「育成」がテーマです。



竈門炭治郎の育ち方は、サッカーの育成に通じる部分がある

<育ての主流はパーソナルトレーニングか>

小澤 以前レアル・ソシエダに研修に行かれて、現在はU-19日本代表コーチをしている冨樫剛一さんから聞いた話なのですが、スペインの育成年代の子どもたちは「自分はプロになる」とは言わなくて、「プロに選ばれる」という表現をするそうです。やはりプロは特別なので、選ばれし者しかプロにはなれないとするのが、彼らの考え方なのでしょうね。スペインの育成年代は一年毎に選手の入れ替え、競争がありますから、例えば8、9歳から毎年生き残りをかけてサッカーをしている選手たちは大体15歳までには自分が「選ばれし者」かどうかを理解します。逆に言うと、15歳以降の高校年代の選手でプロの下部組織でプレーできていない選手は「プロになりたい」とは言いませんし、サッカー選手以外の道を探すようになります。そうしたところも、『鬼滅の刃』に共通したところだと感じました。

 それと、これは以前アヤックスでも働いていたサガン鳥栖の白井裕之コーチから聞いたのですが、近年はアヤックスでも育成年代はパーソナルトレーニングが主流で、選手個々の発育やレベルに合わせたトレーニングをするのが常識になっているそうです。これはスペインでも同じ傾向にあって、学校とサッカーの育成を一体化しているビジャレアルなどでも、最近は学校の授業のなかでサッカーのパーソナルトレーニングを取り入れたりしています。

 思い起こせば、僕が以前ビルバオに取材に行った時も、トップチームの監督が育成年代の子どもたちに「今日はセンターバックを集めてクリアの練習をします」と言って、各年代のセンターバックの子だけを集めて集中的にトレーニングをしている、という話を聞きました。もう10年以上前の話ですけど、その頃から育成年代のパーソナルトレーニングが始まっていたんですよね。これは、『鬼滅の刃』で言う育手によるマンツーマンの鍛錬に近いと思います。

中山 確かに。1対1のパーソナルトレーニングは、フランスの育成現場でも基本になっていますね。僕がクレールフォンテーヌに取材に行った時も、1年目の12歳時はリフティングからパス、トラップ、ドリブル、キックなど、個人テクニックの部分を集中的かつ楽しみながら指導すると聞きました。そのうえで、2年目から3対3など小グループで戦術の基礎を学ばせる、と。テクニックより先に戦術を教えることは絶対にしないそうです。炭治郎も、狭霧山で鱗滝さんのパーソナルトレーニングで基本スキルを身につけたあとに、実戦のなかで戦術を身につけていったことと、似ているところがありますね。

倉敷 例えば育手からの鍛錬を介さずに自力で選別を突破した嘴平伊之助のように、ストリートからサッカー選手が生まれるという考え方は、南米のブラジルでも、欧州のチェコでも、かつては至るところで文化として存在していましたが、現在はどこも絶滅しそうな雰囲気で残念ですね。伊之助の例でいうと、サッカーもボールホルダーには複数の相手が襲い掛かってくる競技なわけですから、彼のように全身を研ぎ澄ませている必要があります。鱗滝さんが極端に空気の薄い狭霧山で罠を仕掛ける厳しい鍛錬を炭治郎に課したのは、わずかな匂いでも嗅ぎ分ける野生の勘を磨く目的があったのでしょう。サッカー界にも野生の勘を働かせる選手がたくさん現われてほしいです。

中山 鱗滝さんは、炭治郎を柱に育てようと考えて鍛えたわけではなく、あくまでも隊士になるための基礎だけを教え込んだんですよね。サッカーの育成の世界もそれと同じで、最終的には本人の努力次第でプロになれるかどうか、あるいはプロのなかでもトップに上り詰めるかどうかが決まってくるわけで、そうした部分もサッカー的な匂いがします。

倉敷 どんな仕事に就くにしろ、まず立派な大人になれるよう基本から育てるところが同じですね。実は鱗滝さんは炭治郎が鬼殺隊に入れるとは思っていなかった。優しすぎるから無理だと思っていた。自分が育てた子どもたちが何人も死んでしまっているのを知っているから、最終選別にすら行かせないつもりだったのでしょう。でも炭治郎は大きく成長した。育成って、優秀な指導者にもわからないことも多いから難しい。

 言われたことができるようになったからではなく、面白い選手になったから選ばれる。『鬼滅の刃』でも実力者同士の一戦、たとえば柱と上弦の鬼が戦った時には「面白い」というセリフが頻繁に出てきます。どんな強い剣士になれるか、どんな面白い選手になれるか。サッカー界も炭治郎のような素質を持ち、努力を惜しまない頑張り屋さんが、今日も鱗滝さんのような育手とともに高みを目指していると期待したいですね。