「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」最終日、テーマは「女性アスリートと性的画像問題」「THE ANSWER」は3月8日の「国際女性デー」に合わせ、女性アスリートの今とこれからを考える「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を始動…

「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」最終日、テーマは「女性アスリートと性的画像問題」

「THE ANSWER」は3月8日の「国際女性デー」に合わせ、女性アスリートの今とこれからを考える「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を始動。「タブーなしで考える女性アスリートのニューノーマル」をテーマに14日まで1週間、7人のアスリートが登場し、7つの視点でスポーツ界の課題を掘り下げる。最終日となる7日目のテーマは「女性アスリートと性的画像問題」。競泳で北京、ロンドンと五輪2大会に出場した伊藤華英さんが登場する。

 昨年11月、日本オリンピック委員会(IOC)がアスリートへの写真・動画による性的ハラスメント防止に向け、他のスポーツ6団体と声明を発表。それをきっかけに次々に女性アスリートが自身の被害を訴えている。かつて同様の被害を受けた伊藤さんは選手がこれまで声を上げられなかった理由、アスリートの容姿を切り取る報道の是非について考えを明かし、この問題の本質を独自の視点で語った。(文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 女性アスリートを巡り、ずっと陰に隠れていた問題が動き始めた。

 昨年8月、性的な意図で撮影された写真がネット上で拡散される被害を複数の現役女子選手が日本陸連アスリート委員会に相談。これを受け、同11月にJOCが対策に乗り出す声明を発表し、元・現役を問わず、多くの女性アスリートが自身の受けた被害など、実情を明かしている。

 今もスポーツ界に尽力している伊藤さんは、一人の女性アスリートとして「まず、女性が声を上げられる世の中になったんだという時代の変化を感じます。それはスポーツ界だけでなく、社会全体に感じるもの。発信することはとても良い風潮です」と受け止めた。

 一方で、一気に声が上がり始めたということは、長年、問題を感じながらも声を上げられなかった選手が多かったという裏返しでもある。その現実について、伊藤さんは「やはり、アスリートが応援される立場であることも関係していると思います」と言う。

「悪い印象を与えてはいけない、ちょっとのことは我慢しないといけない、そんな考え方が普通でした。加えて、指導者の言うことが絶対的。彼らの言うことが、社会に出ても一般的だと思っています。ただ、特に若いうちから芽が出る有力選手はコーチ、両親くらいしか大人と接しておらず、今の社会を学ぶ機会がすごく少ない。団体競技では監督の評価が影響するし、そうなると選手が目立つ意見を言うことが現実的ではなかったと思います」

 性的画像問題は競泳界でも課題とされてきた。現役時代、「美女スイマー」と取り上げられることが多かった伊藤さんも対象にされた一人だ。

「多かったのはプールから上がる時に背後から撮られ、体のラインが強調されたもの。あとは、お辞儀をする瞬間、立ち上がる瞬間などが切り取られ、それが撮られた雑誌の写メが『こんなの載ってたよ』とある選手から送られてきました。気を付けようにもカメラマンの方が多すぎて、どこの社かは分かっても、どんな意図で撮っているか、何の雑誌に掲載されるかは選手からすると分からないものなので。

 一方で、そういう写真に驚きはするものの、当時は『どうでもいいや』と思っていました。競技に集中したいし、それがダメなことというより『それが世の中なんでしょ』『女性ってそんな風に見られるものなんでしょ』と。今は間違っていたと思いますが、そういう感覚だったのが正直なところ。メディア対応はしっかりするものだと習っていたので、拒否したり抗議したりという意識もありませんでした」

 もちろん、非は撮影する側にある。しかし、選手自身が諦めていたり、危機意識がなかったり、それも問題の一つの現実である。

「その裏には『女性アスリートは男性のようになれ』という風潮がありました。強くなるには男性のように追い込まないといけない、そういう意識が根底に関わっていたと思います」と伊藤さん。では、ほかの競技に目を向けてみるとどうか。

陸上のセパレートユニ問題に違和感「『着ている方が悪い』という反応は問題」

 性的画像問題を巡っては、体操、ビーチバレー、フィギュアスケートなどで議論が起きている。特に、陸上のトラック種目はセパレートユニホームを着用し、肌の露出が多い分、被害の対象になりやすいとされる。

「彼女たちは1分、1秒でも速く走りたいと思い、それがベストだと思って着ています。空気抵抗とか動きやすさとか、それぞれに理由があると思います。一番違和感を覚えるのは『着ている方が悪い』という周りの反応。選手は競技のためなら自由に着るものを選んでいい。アスリートは極限の場面で戦っているので、それを面白おかしく切り取るのはそもそもスポーツへのリスペクトがないのではないかと感じます」

 日本では最近、表面化してきた課題だが、海外の実情はどうか。現役時代は海外遠征、国際大会の経験も豊富で、語学も堪能な伊藤さんは日本との文化、環境の違いに触れながら、経験してきたことを明かす。

「日本の女性は“奥ゆかしさ”が象徴のように感じます。『奥さん』という言葉があるように、女性は隠れている、奥に入っているものという文化から、女性アスリートを巡る写真もそういう連想から、対象になるのではないでしょうか。海外の選手は女性であることが好きな女性が多く、『これが私たちの美』『綺麗で美しくいたい』という価値観をすごく感じました。

 男性も女性にモテたいし、女性も男性にモテたい。好きな人に見て、気づいてもらいたい。男性も興奮するような風潮でもなく、それが普通という感覚で、特に問題が起こることもない。日本はアスリートが綺麗な格好をしたりネイルをしたり、男子選手と話していたりすると、チャラチャラしている、競技に支障が出るという見方をされます。

 実際に、そんな話を海外の選手にしたら『なんで、アスリートが恋愛をしちゃいけないんだ?』と言われたことがあります。フランス人のコーチには『彼氏がいなくて、誰が褒めてくれる?』『恋愛をしないと、タイムも伸びないぞ』と。それが衝撃でした。私自身、日本の文化は素晴らしいし、日本が正しいと思って生きていきました。でも、その文化が当たり前じゃなかったと知った時に驚いて、すごく新鮮だったことを覚えています」

 日本において、問題を助長しているとの見方が強いのがメディアの報道だ。「美人すぎるアスリート」などの容姿を切り取った報道は珍しくない。これをきっかけに選手・競技が認知され、スポンサー獲得につながるというメリットもあるが、この点について伊藤さんはどう考えるか。

「個人を好きになり、ファンになることは入口として存在していますが、男女を問わず、『可愛い』『イケメン』という表現で報じられることはアスリートが持つ価値とのズレを感じます。もちろん、言われて悪い気はしない。しかし、彼らは自分で競技を突き詰め、結果を残し、価値を構築していけること。それが素晴らしさで、アスリートの本質。その見方が少し足りないと感じますし、容姿が価値に左右されることがあるタレントさんとは異なる存在であると思っています。

 もちろん、今までの時代に『美人すぎる○○』と付くことで、競技が有名になったことは良かったです。五郎丸歩選手がカッコ良くて、ポーズが特徴的で、ラグビーが人気になったことも大切なこと。決して時代を否定するわけではなく、そういう過去があったから今、声が上がり、議論になっている。まだまだ男性も女性も意識が低いアスリートの人権問題を含め、これからの時代はさらに変わるし、多様性がより広まってほしいです」

 当然だが、スポーツだけを特別視しろということではない。アスリート側が競技力を高め、結果を残し、広くその価値を認めてもらえるように努力することが大前提。その中で、伊藤さんは徐々に積極的にメッセージを発信する現役アスリートに時代の変化を感じているという。

「陸上の新谷仁美選手は一度引退して復帰し、自身の生理の問題を発信しています。同じように一度引退し、結婚・出産した後にラグビーから陸上に復帰した寺田明日香選手もそうです。キャリアにおいて、変化を経験している選手は声を上げる勇気を持っていて、すごく印象的です。こうして声を上げる選手がニュースになり、今のスポーツ界はこういう動きなんだと感じている選手は少なくないのではないかと、私は感じています」

この問題に見る本質「男性は女性を、女性は男性を理解しなければいけない」

 性的画像問題が注目を浴びて以降、様々な視点で議論が起きている。前述の通り、アスリート側の意識、競技団体のサポート、ウェアと肌の露出のバランスなど、あらゆる観点から意見が上がっている。

 もちろん、そのどれもが大切で必要ではあるが、この問題の本質はどこにあると考えるか。伊藤さんは「男性と女性の悪口の言い合いになってほしくない」とし、男女の立場に視野を広げ、社会構造に踏み込む。

「男性も女性も、どちらもいなければ生きていけません。ただ、それぞれに異なる歴史があることは理解すべきと思います。女性に関していえば、男性優位で社会進出が阻まれてきたこと。身体的差異からすると弱者ではあります。今、私も『女性なのに働いてすごいね』と男性から言われますが、褒め言葉のつもりでも、そうは聞こえない。逆に『あなたもお子さんいますよね、男性も頑張っているじゃないですか』と思う。もちろん、体が違うので性差が出ないわけではありませんが、男性だからこう、女性なのにこう、という常識や認識が少しずつ変わっていくといいなと思います。

 その中で、大切だと思うのは、お互いにリスペクトを持ち続けること。現役時代、男子選手に『なんで男性は女性の気持ちが分からないの?』と聞いたら『女性たちだって、俺たちのこと分からないだろ』と言われ、その通りだと思いました。男性は女性を理解しないといけないし、それは女性も一緒で、男性を理解しないといけない。今回、声が上がっている性的画像問題もそうで、言い合うことは大切ですが、前提にリスペクトがないと対立してバラバラになるだけ。それが乗り越えられれば、悪いものは悪いとお互いに協力して前に進んでいける社会になる気がしています」

 その上で「フェミニズムというと日本では『女性がわがままを言っている』と取られる印象がまだ強くあります。決して、そうではなくてマイノリティ(少数派)とマジョリティ(多数派)が合わさり、男性も女性も一緒に物事に取り組めるようになってほしい」と訴えた。

 性的画像問題の解決に向けては、競技会場における撮影の規制などの個々のアイデアが挙がっている。伊藤さんは「根本的な話ですが、各団体の理事を半分くらい女性にしないと変わらないことがあると思います」と投げかける。

「例えば、生理の問題にしても女性が増えれば当然、意見が出る。男性には分からない問題。もちろん、女性が男性の問題を身をもって分かるかといえば同じですが、男性の問題は女性にシェアされます。しかし、女性はその場にいないから、発言ができない。だから、意思決定の場に女性が増えてほしい。加えて、JOCも全競技に『アスリート委員』を作る方針を掲げています。選手会・労働組合のようになりますが、ダメなものはダメということを言える、男女のアスリートがお互いを知る環境作りがすごく大切だと思います」
 
 伊藤さんは27歳で引退後、大学院でスポーツ心理学を専攻し、博士号を取得。19年に結婚し、長男が誕生した。五輪と生理が重なった経験から、現在は女性アスリートの月経の知識、悩みについて選手が共有できるプラットフォーム作りに励み、アスリートのセカンドキャリアについての課題にも取り組んでいる。

「女性が男性のようになれと言われ、過酷に追い込んだことの報酬が金メダルにある半面、代償が体の不調となったら切ない。女性としての体を自分で知ることで競技力も向上し、人生そのものを考えることにつながる。加えて、『アスリートって、素晴らしいよね』と社会で思われる人を増やすこと。アスリートは、競技に打ち込むあまり自分が何も知らず、プライドもあり、分からないと言えない、もろい存在でもある。そういう人がフラットに学び、聞け、共有できる場所を作る。一人一人がハッピーなセカンドキャリアを送ることができれば、その競技を目指す子供もきっと増えるので」

 7人のアスリートが7つの視点で語った女性アスリートの今とこれから。その一つ一つが、未来を変えるメッセージとなる。

【「性的画像問題」について語った伊藤華英さんが未来に望む「女性アスリートのニューノーマル」】

「アスリートの結婚・出産が競技の足かせではなく、競技力が上がる社会になってほしいです。私も引退後に『産休・育休』を経験しましたが、(『休』という文字にあるように)休んでいる感じにしてほしくない。子供がいることがマイナスにならない社会がうれしいし、子育てを女性だけがやることにしてほしくない。『結婚=恋愛していたんでしょ』という見方じゃなく、結婚してもまた競技をしていいと思うし、結婚と引退が『=』という価値観はなくなってほしい。男女で関係なく、結婚をしたり、子育てをしたりという環境になれば、スポーツももっと発展していく気がしています」

■伊藤 華英 / Hanae Ito

 1985年1月18日生まれ、埼玉県出身。東京成徳大高―日大―セントラルスポーツ。背泳ぎで08年北京五輪100メートル8位、10年に自由形に転向し、12年ロンドン五輪出場。同年秋に引退した。引退後は早大大学院スポーツ科学研究科に進学、順大スポーツ健康科学部で博士号取得。日大非常勤講師も務める。17年から東京五輪組織委戦略広報課の担当係長に就任。オリンピアンが同職員になるのは4人目だった。19年1月に一般男性と結婚、第1子となる長男が誕生した。「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」では14日に行われるオンラインイベントにも出演する。

(終わり)

■「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」インタビュー登場者

1日目「女性アスリートと生理」 陸上・新谷仁美
2日目「女性アスリートとLGBT」 バレーボール・滝沢ななえ
3日目「女性アスリートと摂食障害」 フィギュアスケート・鈴木明子
4日目「女性アスリートと恋愛」 マラソン・下門美春
5日目「女性アスリートと出産」 陸上・寺田明日香
6日目「女性アスリートと膝の怪我」 サッカー・永里亜紗乃
7日目「女性アスリートと性的画像問題」 競泳・伊藤華英(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)