特集『セ・パの実力格差を多角的に考える』第3回 OBが語るパの強さの象徴・ソフトバンク@五十嵐亮太インタビュー(後編)五…
特集『セ・パの実力格差を多角的に考える』
第3回 OBが語るパの強さの象徴・ソフトバンク
@五十嵐亮太インタビュー(後編)
五十嵐亮太氏は昨年、日米23年にわたったプロ野球人生に別れを告げた。通算906試合、日本のみでは歴代7位となる823試合に登板。ヤクルトに14年、パ・リーグではソフトバンクに6年在籍し、"豪腕投手"としてリリーフの役割をまっとうした。
そんな五十嵐氏に、「セ・パ実力格差」についてインタビューを実施。後編では、リーグ間格差の象徴的存在といえるソフトバンクの強さの理由について語ってもらった。

ソフトバンク、ヤクルト、MLBでも活躍した五十嵐亮太氏
MLBで体感したプラス発想の育成法
ソフトバンクがセ・リーグの球団を相手にしたときの数字にはすごいものがある。
交流戦の通算成績は214勝126敗14分 勝率 .629。もちろん12球団断トツの1位で、2011年は18勝4敗2分の歴代最高勝率 .818を樹立。交流戦1位になること15シーズンで8回。他を寄せつけないとはこのことだ。
日本シリーズでも近年は、2014年から昨年までに6度の出場ですべて日本一。その間24勝5敗(1分)と、圧倒的な強さを誇っている。ちなみに2018年、2019年はリーグ2位からクライマックスシリーズを勝ち抜いての進出。パ・リーグの実力の高さもうかがえる。
五十嵐氏が、ソフトバンクのユニフォームに袖を通すのは2013年のことで、同シーズンはリーグ4位に終わるも、翌年は日本シリーズに進出。日本一を決めた試合の勝利投手となった。最終的に6年の在籍で4度の日本一に貢献することになるのだが、その前に2010年からのアメリカでの3シーズンについて振り返ってもらった。MLBではメッツなど3球団で83試合に登板し、5勝2敗4ホールドを記録。マイナーリーグの野球も経験した。
「日本で一緒にプレーした外国人選手たちが、口々に『日本人はみんな同じような投げ方をする』と言っていたんですが、僕はその言葉がいまひとつ理解できなかった。でも、メジャーに行って実際に見てみると、確かに投球フォームもボールも特徴的な選手が多い。なるほど、日本にはアメリカほどの個性はないなと気づかされました」
その中で五十嵐氏は、日米間の「選手の育成方法」に対するアプローチの違いを感じたという。
「アメリカは発想からすごくポジティブでしたね。まず良いところを褒める。その上で、その良さをさらに伸ばすために、補うべきポイントを指摘してくれるといった感じで、すべてプラス発想なんですよね。日本の場合は悪いポイントを指摘して、そこを直していきましょうというところからスタートしがち。その考え方では精神的にしんどくなってしまう選手もいる。もちろん、それをバネにして伸びる選手がいるので、どっちがいいとは言い切れませんが。
こればっかりは、教える側が選手の性格やチーム状況をどれだけ見ているか、という点に尽きると思います。僕の考えでは、特に一軍の選手に対するアドバイスは、9割褒めるでいいかなと。(スポーツ紙など)他で散々叩かれるので(笑)」
選手のストロングポイントをさらなる高みへ導くMLBの指導法。近年、個性的で力のある選手を次々に輩出するソフトバンクにも、同様のアプローチがうかがえる。
ソフトバンクで続々と逸材が育つ理由
前編で五十嵐氏はソフトバンクの育成環境について、次のように話した。
「僕も筑後の二軍施設でトレーニングをしましたが、あの環境は他にないですね。ざっくりといえば、能力の底上げをする練習をしている。育成であれば、体を大きくしてだとか、強く振るとか、足を速くとか」
果たしてソフトバンクからは、剛球・千賀滉大、強肩・甲斐拓也、俊足・周東佑京といった個性のある逸材がつぎつぎに育成されてきた。その背景に、五十嵐氏は能力向上を重視したソフトバンクの育成法を挙げる。
「能力向上に対する意識は、球団全体で統一されていた印象があります。球団側が育成選手のウェイト(トレーニング)のスコア、塁間のタイム、球のスピードといった数字を把握していて、選手がベストを出したら、すごく褒める。すると、選手たちも生き生きとトレーニングするんですよね。もちろんプロなので一軍で結果を残すことが前提ですが、やっぱりモチベーションで成長のスピードは変わりますから」
さらに、土のグラウンドの存在も大きいと話す。
「二軍なのにグラウンドが2つ。メイン球場は人工芝ですが、土のグラウンドもある。僕は下半身の強さを作るためには、土がいいと思っています。土はスパイクがすべりやすいので、しっかり踏み込む必要がある。足腰に適度な負担がかかるので、がっしりした下半身作りにつながります」
こうした環境は選手層の厚さも作り出す。ソフトバンクは下から昇格してきた選手が、そのまま1軍に定着する環境でもあったという。
「ソフトバンクはシーズンを通して一軍選手をがっちり固定できますし、故障者が出たとしても代わりの選手で"どうにかなる"チーム。だから、チームはその選手がファームでしっかり仕上げる時間の余裕がもてるんですよね。
当時、いち選手として僕はそこにプレッシャーを感じていました。二軍では、言葉が悪くなるけど『誰か故障しないか』と思っていた選手が多かったんじゃないかな。それくらい一軍に上がれるスペースがない。逆に一軍の選手は『怪我をすれば自分のポジションをパッと取られてしまうんじゃないか』。そんなプレッシャーをかなり感じていたと思います。でも、そうした競争がチーム力を底上げすることは間違いないですから」
そう話すと「他チームと比較すればかけている金額も違うんですけど......」と苦笑いした。
1月18日、ソフトバンクは全選手の契約更改が終了。柳田悠岐の6億1千万円を筆頭に、森唯斗4億6000万円、松田宣浩4億5000万円、千賀4億円など、1億円を軽く超える選手がずらりと並んだ(金額は推定)。
選手の年俸は対戦チームにイヤなイメージを植えつけることがあるという。
「選手って、相手の年俸をみるものなんですよ、こいつこんなに稼いでるんだって(笑)。イコールそれくらいの選手なんだと認識する。僕は勝負ごとにおいて、そういう小さなイメージを積み重ね、精神的なところで優位に立つのも大事なことで、ソフトバンクにはそれがあるのかなと思います」
常勝チームを支える先人たちのDNA
今や「勝ってあたり前」のイメージのあるソフトバンクだが、五十嵐氏は「それは、一歩ずつ、少しずつ前進したからこその結果ですよね。何事もいっきに良くなることはないわけですから」と語る。
「僕がソフトバンクに入ったころは、連敗もたくさんありましたし、まだ発展途上のチームだった気がします。ただ、チームが波に乗れていないときは、選手同士でよくミーティングを開いていましたね。そこでは激しく議論することもありました。何かあったときにはすぐに、『それはよくない。直していこう』と声をかける選手が多かったかな」
そうして口にしたのが、歴代OBの小久保裕紀氏や松中信彦氏の名前だ。
「小久保さんは常にチームのことを考えていて、チームが間違った方向に進んでいるときは、しっかり言葉で伝えていました。気づいたことを他の選手たちに伝えるって、すごくストレスがかかることだと思うんです。キャンプで連帯歩調する際も、大ベテランにも関わらず、率先して声を出していましたからね。松中さんの練習量も尋常じゃなかった。
やっぱり、ああいった姿は選手の意識に残るんですよね。歴代OBの方たちが築いたホークスのチームカラーが、正しく継承されている結果が今なのかなと。常に新しい選手が入って、その選手が育ち、また下の選手に伝えていく。今だって、マッチ(松田)のようなベテランが率先して声を出してますからね」
――プロ野球は春季キャンプに突入。やがて開幕を迎える。五十嵐氏は引退後はじめての1月を「トレーニングをやらないことの違和感はありますね」と話し、こう続けた。
「仮に僕がまだ現役だったとすれば、今年は調整が難しいなと感じています。昨年はシーズンが終わるのが例年に比べて遅かったですからね。オフが短く、比較的早い段階から調整をスタートしているので、選手たちは体の疲れもそうですが、気持ち的な部分でもある種の戸惑いはあるんじゃないかな。
悲観的になってしまうのもわかりますが、選手たちには自分の力を発揮するためにはどうすればいいのか、という点にフォーカスして調整してほしいですね。いち野球ファンとして、選手たちが全力でプレーする姿を楽しみにしています」
セ・リーグ各球団は、交流戦でパ・リーグ攻略の糸口を見つけることができるのか。パ・リーグでは、ソフトバンクが5連覇に向けて日本シリーズに駒を進めるのか。今シーズンの大きなみどころである。
Profile
五十嵐亮太
いがらし・りょうた 79年5月28日生まれ 北海道出身
日米通算906試合、日本のみでは歴代7位となる823試合に登板。
ヤクルトに14年、ソフトバンクに6年在籍。