人的補償の男たち(4)藤井秀悟(巨人→DeNA) 「結果として選ばれてよかったですし、そうなるように頑張れたのかなと思い…

人的補償の男たち(4)
藤井秀悟(巨人→DeNA) 

「結果として選ばれてよかったですし、そうなるように頑張れたのかなと思います」

 現在DeNAの「打撃投手兼広報」として"二足のわらじ"を履く藤井秀悟は、現役時代に貴重な先発左腕として4球団を渡り歩いた。



2012年1月、人的補償で4球団目となるDeNAに移籍した藤井

 トレード、FA、人的補償と異なる形での移籍を経験しながら、プロ15年間で積み上げた勝ち星は83。ヤクルト在籍時には最多勝(2001年・14勝8敗)のタイトルと、3度の2桁勝利もマークしている。

 しかし選手にとって、実績は時にプレッシャーとして重くのしかかる。藤井は移籍の度にその重圧と戦い、新天地での最適解を求めて全力を尽くしてきた。

 2011年12月、巨人は横浜ベイスターズ(当時)からFA宣言した村田修一を獲得。横浜はその人的補償として、翌年の1月にプロテクトから外れていた藤井を獲得することを決めた。

「例年ハワイで自主トレをしているんですが、その最中に連絡が来ました。日本時間で22時、現地時間の夜中3時に電話が鳴ったんです。海外だと番号が表示されず、相手が誰かもわからず出てみたら、巨人の方でした。それで『今から社長に替わります』と言われた時、自分が人的補償に選ばれたことがわかりました。

 実は村田選手がFAしてから、人的補償が誰になるか1カ月くらい決まっていなくて、そのまま自主トレに入った自分は状況を客観的に見ていたんです。だから自分だったことに驚きましたし、次の日に帰国しなければならなかったのでその手続きが大変でした(笑)。借りているグラウンドをキャンセルしたり、飛行機のチケットを確保したり......すべて自分でやらないといけなかったので」

 藤井は2008年にヤクルトから日本ハムにトレードで移籍した経験があった。それゆえ、突然の移籍にも多少の免疫はあったが、本音は「巨人を離れる寂しさが強かった」と語る。

 日本ハム、巨人には共にわずか2年間の在籍で、『まだ選手としてやれることがある』という思いもあっただろう。それでも移籍が決まった以上はそれを受け入れ、藤井は自分の役割をいち早く理解し、環境に適応する努力をしてきた。

「早く環境に馴染めないと結果に直結してしまうので、移籍先がどういうチームで、どんな選手がいるのか、その中で自分がどう生き残っていくのかを考えていました。人的補償の時は僕もそれなりの年齢(34歳)で他球団にも知り合いがいたので、ベイスターズがどういうチームか聞くこともできましたが、それでも実際に行ってみないとわからない事情があります。

 家も、巨人から横浜に移籍した時はそのままでしたけど、ヤクルトから日本ハムにトレードで移籍した時は東京から札幌に移ったので、住む土地が変わるのも大変でしたね」

 移籍による環境の変化に加え、実績ある選手は「これくらいはできるだろう」という周囲からの期待とプレッシャーとも戦わなければならない。過去の自分の成績というわかりやすい物差しがある以上、どうしてもその数字と比較されてしまう。

 藤井自身も人的補償で横浜に移籍した時には、当時の自分が残せそうな数字と、過去の成績による期待値とのギャップを感じていた。逆に言えば、結果さえ出せば環境は自然と整っていくものでもある。

「結局、野球で結果を出せていれば自分にも余裕が出てきて、周りも受け入れてくれるから環境に順応しやすくなるんです。例えば昨年の澤村(拓一:昨シーズン途中に巨人からロッテへ移籍)のように、移籍してパッと活躍できるとチームに馴染みやすいですね」

 澤村は、巨人で48勝50敗、51ホールド74セーブという成績を残したが、今シーズン前半は防御率6点台と苦戦していた。そんな中、シーズン途中に巨人からロッテにトレード移籍するとすぐに結果を残し、中継ぎとして勝利の方程式の一角を任された。周囲からの期待、活躍に懐疑的な声にも結果で応え、プレーしやすい環境を自ら切り開いたといえる。



現在はDeNAの打撃投手と広報を兼務する藤井(画像:リモート取材の切り取り)

 もちろんどんな選手も、移籍となれば多かれ少なかれ苦労はある。両リーグの野球のスタイルも違えば、チームごとに文化やルールも異なるため、順応できる選手とそうでない選手が出てくる。

 藤井は、FAの人的補償で移籍する場合、「その選手が新しい環境を求めているかどうか」が、その後の活躍を左右するのではないかと指摘する。

「選手自身が(人的補償で)選ばれたいと思っているか、ということは大きいと思うんです。活躍できてないけど今のチームにいたいのか、使われないから人的補償に選ばれたいのか。考えていることは選手によって違うと思うので、そういった点もある程度汲み取ることができるようになったら、少なくとも今の人的補償制度より選手の負担が少なくなると思います」

 編成上すべての要望に応えられるわけではないにせよ、人的補償に選ばれた選手に移籍の意思があるなら環境の変化に対応しやすいだろう。移籍によっていいキャリアを築ける可能性があるとわかっていれば、FA権を取得した選手もそれを行使しやすくなり、市場の活性化に繋がっていく。

「『FA移籍することで、誰かの人生をダメにしてしまうかもしれない』と思うと、FAを宣言する選手もいい気持ちがしないですよね。スムーズにFA宣言できない、移籍が活発化しないのはそういう理由もあると思います。フロントもFA選手を獲得すると人的補償で選手を出さなければならないため、二の足を踏むところもあるでしょう。

 日本では、FAはマイナスなイメージが強いと感じています。もちろんFAが多くなりすぎると戦力が偏ることもあるでしょうし、難しいところではあるでしょうね。でも、選手が頑張って得たものが、移籍によって台なしになってしまうようなことは、あってはいけないと思います」

 DeNAのスタッフとして働く藤井自身は、自分のキャリアを振り返って、トレード、FA、人的補償と渡り歩いた経験をプラスにできたと感じているのだろうか。

「僕は4球団でプレーして、最後にベイスターズに移籍したあとも3年は在籍できました。引退後に巨人の打撃投手をやらせてもらい、2019年にベイスターズに戻ってチームに貢献できていますが、結果として(人的補償で)選ばれてよかったですし、そうなるように頑張れたのかなと思います。たくさん移籍したからできた人脈もありました。少なくともベイスターズの裏方という道が開けたのは、あの時の人的補償があってこそですね」

 現在、藤井が担う"打撃投手を兼務する広報"という役割は、自ら希望して就いた役職だ。外部とのやり取りを通していろいろな人の考えを知り、自分の世界を広げられるのではないか、というのが希望した理由である。

 もともと藤井は、現役時代からブログを活用するなど、選手が積極的に発信することの先駆者でもあった。今も変わらず、求められる役割に徹しながら自分の色も出していく。サービス精神あふれる藤井が、広報としてどのような情報を発信してくれるのか、今後が楽しみである。

(つづく)