写真:西東輝/提供:本人

20年後、30年後の卓球界を支えるのは誰か?

間違い無くその1人となるであろう男と、金沢の地で出会った。

西東輝(さいとうあきら)28歳。

方角の“西”と“東”でサイトウと読む珍しい名字のこの男は、2009年春の全国高校選抜で当時最強の青森山田高から2勝を挙げ、全国の卓球関係者から注目を集めた。また北陸大学在学中には、卓球では全国3位(ダブルス)、勉学も優秀(国語と英語の教員免許取得)で、大学から体育会学生初となる学長賞を授与された“北陸大伝説のOB”でもある。

そんな西東はプレーヤーを引退した現在、石川県金沢市を拠点に卓球の普及活動に邁進する。西東が顔を見て向き合う卓球プレーヤーはトップ選手から愛好家まで年間2000人を超える。

北陸大学特集第3話(最終回)となる今回は、「6つの肩書」と「大きな野望」を胸に卓球の裾野を支える西東のセカンドキャリアに迫った。




写真:西東輝/提供:本人

指導者からスタートしたセカンドキャリア

北海道北見市出身の西東は、中学時代から親元を離れて卓球中心の生活をしてきた。中学は実践学園(東京)、高校は遊学館(石川)と名門校を渡り歩いたいわゆる卓球エリートだ。大学では北陸大卓球部草創期の中心選手として木村信太監督に招聘され、北信越では学生リーグやミニ国体を合わせ団体戦52連勝という大記録を残している。上田仁(現・岡山リベッツ)、平野友樹(現・協和キリン/琉球アスティーダ)ら現在Tリーグや実業団で活躍する同世代のトッププレイヤーたちに全国大会の大舞台で勝利した実績もある。




写真:北陸大学時代に全日本学生選手権ダブルス3位の好成績を残した西東(左)・高橋ペア/提供:北陸大学

そんな西東の大学卒業後のキャリアは、地元北海道へのUターン就職から始まる。函館大学付属有斗高校卓球部の寮長兼コーチを務め、在任2年間で同校を10年ぶりとなるインターハイ出場に導いた。

当時のことを西東はこう振り返る。「練習場では鬼コーチでしたね。夜のランニングも一緒に走ってました。かなり厳しく指導してたと思います。でも寮に帰れば生活もプライベートもサポートする。そんなオンとオフを切り替えたスタイルでやっていましたね。今の子たちは偉そうに厳しく言うだけでは誰もついてこない。自分で叱っておきながら、自分でフォローするのが僕のやり方です」。




写真:西東輝/提供:本人

卓球の「普及」と「強化」を担う

自分にも他人にも厳しく、後輩の面倒見も良い西東の信頼は厚く、高校〜大学時代を過ごした“第二の故郷”石川から再びお声がかかる。

石川県金沢市にある全国有数の卓球専門店「清水スポーツ」で卓球の「普及」活動をしながら、指導を通じて「強化」にも携わる。この普及と強化を両立できる環境が西東にとって魅力的だった。

「自分がプレーすることよりも、卓球がうまくなって嬉しそうにしているのを見るのが好きなんです。目の前にいる人が卓球を通じて笑顔になっているのを見た瞬間が一番幸せかもしれない」。

この“卓球で笑顔”が西東のモットーだが、西東が笑顔にしてきた層はプロ選手から初中級者まで幅広い。




写真:西東輝(左)と吉田雅己/提供:西東輝

トップアスリートについては、Tリーグ岡山リベッツで活躍中のプロ卓球選手、吉田雅己のプライベートコーチを約1年半前から務めている。

西東と吉田は同じ北海道出身で親戚(従兄弟)同士。子供の頃から性格もプレースタイルも知り尽くしており、相性は抜群だ。今年の全日本選手権では吉田を自己最高位となるシングルスベスト4に導いた。

吉田は西東のコーチングについてこうコメントする。「とにかく研究熱心で穴が開くほど対戦相手のビデオを見る。自分のことも対戦相手のこともよく分かってくれているから場面毎に的確なアドバイスが出来るんです」。




写真:西東輝(右奥)。大学4年次の引退試合の相手は吉田雅己だった。/提供:本人

今年の全日本での好成績についても「お互いに話し合って考え方を共有しながらプレーできたので、今までにないパフォーマンスが発揮できた。自分が頭が真っ白になった状況で『雅己の調子いい時のプレーはこうだよ』とアドバイスをくれたので、自分も冷静になれました。これもよく研究してるから言える事だと思います」と太鼓判を押す。

世界選手権代表選考会や全日本選手権などの大きい試合でのベンチコーチに加え、日頃はワールドツアーでの対戦相手のビデオ解析や毎週行うミーティングで吉田のペースメーカーとなる。

西東はプロ選手に加え、母校である北陸大学卓球部の外部コーチと国体の石川県チーム(成年男子)のコーチも務める。全国大会で上位を目指す上級者の指導は自身の経験を活かせる格好の場だという。




写真:西東が外部コーチを務める北陸大学卓球部。部内戦でも応援に熱が入る/撮影:ラリーズ編集部

6つの立場が相乗効果を生む

一方で西東は卓球の普及にも並々ならぬ熱意を注ぐ。

日中は卓球専門店のGM(ゼネラルマネージャー)という立場で地域の中学校を車で周り、卓球部の指導をしながらラケットやプレースタイルの相談に乗る。外回りが終わるとショップに戻り、2階に併設された卓球場で小中学生向けの卓球クラブ「エンデバー・メイト」のコーチを務める。また週末には地元の石川県卓球連盟の理事として公式大会の運営に携わるなど多忙を極める。




写真:西東輝/提供:本人

28歳という若さで卓球専門店の次期経営者、協会の理事、そして4つのコーチ。西東はこの6つの肩書を持つ立場から、卓球の強化と普及に邁進するが、真面目で手が抜けない性格故に悩みもあるという。

「6つ全てをその時その時の立場で100%でやっているつもりです。ただ体は1つしかないので、どれも中途半端に感じてしまうこともあります。それでも今は将来に向けて修行中の身。全てが良い経験になっていて、6つの立場が相乗効果を生む瞬間も増えて来た。色んな方に支えて頂きながら、まさに通るべき道を歩んでいる感覚です」。




写真:西東輝の6つの肩書/提供:ラリーズ編集部

そんな西東は卓球専門店の果たす役割の大きさを仕事の現場で再認識しているという。

「これまでは地域の卓球専門店が卓球の普及に大きく貢献してきたという紛れもない事実があります。お店によっても異なると思いますが我々のような卓球専門店の売上の7割〜8割は外商。地域の中学校の部活動に顔を出して、チームウェアやラケット、ラバーを提案して購入いただく学販がメインです。その付加サービスとして卓球の指導もさせていただいています。何回も足を運んで一緒に卓球をしているうちに顧問の先生や部員の皆さんから信頼頂き、『用具選びは西東さんにお任せします』と言われることがほとんどです」。

こうして日々各地を周る中で、驚くのは卓球の上達を楽しむための正しい情報がプレーヤーたちに伝わっていないことだ。




写真:西東が外部コーチを務める北陸大学卓球部/撮影:ラリーズ編集部

「県大会の上位や全国大会経験者の方からすると信じられないかもしれませんが、地域の大会に行くとラバーをラケットにちゃんと貼れていなくて剥がれていたり、セロテープやボンドで貼っている子も結構いたりするんです。それでは良いフォームで打っても入らなくなってしまうし、用具も長持ちしない。また、数千円の安いラケットに最高級ラバーを貼るなどバランスが悪い子も多いんです。車で言うと軽自動車に高級車用のパーツをつけているようなものだよと直接伝えるのですが。プレーヤーに寄り添いながら、正しい情報を伝え、上達を楽しむためのサポートを行えるのが専門店の価値なのではないかと思います。卓球を長く楽しく続けてもらうきっかけ作りをするのが大切な仕事なんです」。

今はネット通販でも安く卓球用品を買える時代になっている。それでも、西東のような専門家がプレーヤーの元に出向いて、プレーのベースとなる用具環境を整える意義は大きい。

西東はこれまで半年毎に新しい試みをスタートさせ、定着させてきた。今後の新たな取組についても様々な計画があるという。

「ゆりかごから墓場まで、プレーする場を整えること。これに尽きます。私がコーチを務めるエンデバー・メイトでは小中学生が習い事の一環で卓球の上達を楽しめる場になっています。ただ、高校に卓球部が無いなどの理由で、中学卒業後にプレーする環境が無い子もいるので、高校生や社会人も所属できて、一緒に練習したり試合に出たりできるチームを作りたいと思っています。

夢のような話ですが、いずれは子供から高齢者まで、初心者から日本代表選手までが一堂に会するチームを作れたら理想的ですね」。

西東は最近、夢の実現に向けて強力なダブルスパートナーを得た。福岡県北九州市の「髙森卓球場」でプロコーチとして活躍した髙森夕布(ゆう)さんと結婚し、8月から新婚生活が始まる。夫婦で夢を叶える準備が整った。

地域の核となる大学チーム

西東が卓球の普及に人生を捧げてから改めて認識したのは、地域の卓球を支える人材の重要性だ。そしてその人材を輩出できるのは全国各地にある大学チームの卒業生たちではないかと思いを巡らせている。




写真:取材中、元全日本ランカーの濱川明史氏(アンドロ)も北陸大を訪れ、指導をしていた/撮影:ラリーズ編集部

「自分が選手だったころは気づかなかったのですが、今卓球を始めたばかりの子たちを見ていると、大学まで卓球を続けるのがどれだけすごいことなのか、限られた人たちが選択した道なのかということを実感しています。逆に大学まで続けている人たちは卓球に情熱を傾けているということ。その情熱、エネルギーを一部でも普及に向けてくれたら、卓球はもっと盛り上がる」。

西東の母校でもあり、自身がコーチを務める北陸大学卓球部も石川県の卓球を盛り上げ、地元の企業や自治体を巻き込むコミュニティの起点となりつつある。昨年、地域の小中学生を招いた大会では400名を超える参加者が集め、卓球を通じた交流が実現された。




写真:北陸大学卓球部では地元の小中学生を招いた大会を開催。/撮影:ラリーズ編集部

「これは金沢の風土なのですが、加賀百万石を守ってきた歴史もあってガードが固くとっつきにくく、気軽に足を運びにくい面はあるかもしれません。でも一度中に入ったらちゃんと面倒を見て、全力で可愛がる。来てくれた選手は絶対見捨てない。北陸大卓球部はそういう場所です。是非いろんな方に来て欲しいですし、逆にご要望があればこちらから出向くこともできるかもしれないので、お気軽にコンタクト頂きたいですね」。

西東の座右の銘は、坂本龍馬の「我成す事は我のみぞ知る」だ。今日も卓球の普及・発展のために駆け回る西東には自身が“成す事”が5年10年先まで見えているという。

そしてインタビューの途中で何度も「僕を拾ってくれた木村監督に恩返しをしたい」「自分を一番支えて下さっている清水社長と奥様に僕が夢を叶えるところを見せたい」と恩師たちへの感謝の気持ちが口をついて出る。

どこまでも真っ直ぐな西東の瞳が捉える景色を、今後も一緒に見続けたいと思った。
(北陸大学卓球部特集・了)

取材・文:川嶋弘文(ラリーズ編集部)