全日本9連覇選手が「オンラインエール授業」で全国のレスリング部27人に夢授業 3大会連続の五輪出場を目指すレスリング男子フリースタイル86キロ級・高谷惣亮(ALSOK)が21日、「インハイ.tv」と全国高体連が「明日へのエールプロジェクト」…

全日本9連覇選手が「オンラインエール授業」で全国のレスリング部27人に夢授業

 3大会連続の五輪出場を目指すレスリング男子フリースタイル86キロ級・高谷惣亮(ALSOK)が21日、「インハイ.tv」と全国高体連が「明日へのエールプロジェクト」の一環として展開する「オンラインエール授業」に登場。インターハイが中止となった全国のレスリング部27人に向けて授業を行い、「君は『夢のためにレスリングをしている』と言える子だよ」などと、高校生の背中を押す熱いエールを送った。

 高谷が登場した「オンラインエール授業」はインターハイ実施30競技の部活に励む高校生をトップ選手らが激励し、「いまとこれから」を話し合おうという企画。ボクシングの村田諒太、バドミントンの福島由紀と廣田彩花、バレーボールの大山加奈さん、サッカーの仲川輝人、佐々木則夫さんら、現役、OBのアスリートが各部活の生徒たちを対象に講師を務めてきた。

 第17回に登場したのが、現役レスリング選手の高谷だ。京都・網野高時代は選抜、国体、インターハイを制し、3年時にはシニアの全日本選手権で準優勝。一躍注目を集め、12年ロンドン五輪、16年リオ五輪に出場した。全日本選手権は74キロ級と現在の86キロ級を合わせて9連覇中。東京五輪出場を狙う31歳がパソコン画面に映ると、高校生たちは目を輝かせた。

 高谷はどんな高校生だったのか。少し照れながら「かなり生意気な高校生だったかな」と苦笑した。当時の強豪レスリング部は丸刈りが“慣例”。しかし、自己主張が激しく「レスリング部に入ったら丸刈りにしなさいと指導者からよく言われていたんですけど、僕は唯一丸刈りにせずに髪の毛を伸ばしていた」と明かした。

 画面上で紹介されたのは、当時の集合写真。周りの男子選手は短く刈り込んでいるが、中央にひときわ目立つ長髪の選手がいた。「かなり頑固な性格だったので、指導者の方にとっては凄い手のかかる子だったかなと思いますね」と振り返った。

 中学3年で全国制覇を果たし、鳴り物入りで強豪校に入学。周囲から高校でもすぐに活躍すると期待されていた。しかし、レベルの高い選手が多かった京都府内の先輩たちに敗れ、1年夏はインターハイに出場すらできなかった。「ずっと勝っていたのかって言われると、全然そんなことないんですよ」。高校時代に負けた経験が転機の一つだったようだ。

「当時は凄く悔しかった。じゃあ、どうやったら勝てるかを凄くいろいろ考えた。凄く考えてレスリングをするようになったんです。今までは漠然と練習する感じだったんですけど、自分が負けることで悪いところをしっかり直す。いわゆるトライ&エラーをひたすら繰り返して、2年かけて3年生で優勝まで繋げることができた」

 輝かしい実績の数々で目立たない、まだ無名だった頃の話。ただ「生意気」だったわけではない。挫かれた心を奮い立たせ、努力を重ねてきた。「考える」というスタイルは今でも土台になっている。意外な過去に夢中になる現役高校生。続いて行われたのが質問コーナーだ。「技術」「メンタル」「将来」という3つの項目で、参加者から次々と声が上がった。

 ここからの受け答えで、高谷がいかに考え抜いてレスリングに取り組んで来たかが表れた。減量幅が大きく、悩みを抱える男子選手が「減量で意識していること」について質問。若きレスラーたちへ、高谷は積み上げてきた知識を存分に授けた。

 高校から大学まで74キロ級。普段の体重が75キロほどだったが、世界を意識して83、4キロまで増やした。「その時に意識したのは食事だよね。食事をちゃんと取ること。減量で一番失敗しがちなのは、食べ物を減らしたり、水分を減らしたりすること」。10キロの過酷な減量を乗り越えた。しかし、高校生たちに知ってほしいことは減量方法だけではない。レスリングに打ち込む上で大切な考え方を説いた。

高校生に気づかせた大事なこと「君は何のためにレスリングをやっているの?」

「減量によって体が動かない、試合で自分の思ったようなパフォーマンスができないのなら、あまり減量はしない方がいい。というのも、自分の最大のパフォーマンスをするために体を壊す必要はないのよ。自分がその階級で戦わないといけないと思っているのも、それはただの意識の問題。本来、自分の最もいいパフォーマンスができるのは、もしかしたら上の階級かもしれない。

 だから、一つ考えを改めてほしいのは、減量するためにレスリングをするのではなく、レスリングをするために減量してほしい。俺自身が74キロ級で戦っている時に失敗したのは、体重を落とさなきゃいけないという意識でいっちゃったの。自分のレスリングでベストを出すためにやっていくことが大事」

 見失いがちな「レスリングのために」という視点の重要性を強調した。以降も「レスリングで使う力の筋トレ方法」「筋トレした後は何を食べるか」などの質問に対し、専門的な知識を添えて回答。「答え」だけでなく、「なぜやるか」という理由や具体例も付け加えて解説した。

 2人の男子選手が明かした「試合前に緊張しすぎて、試合でいい動きができない」「緊張をほぐす方法を教えてほしい」という悩みには「どんなことに対して緊張する?」と逆質問。緊張の原因を自己分析させた。人間は未知のものに恐怖を覚えるため緊張するということを説明し、練習から相手を想定する大切さを伝えた。

「俺自身は緊張を悪いイメージで捉えていなくて、ある程度緊張した方がいいと思う。というのも、緊張することでアドレナリンが出て試合に集中できるから。ただ、過度なアドレナリンが出ると体が震えてくる。体が震えてくると、体が固まって筋肉も硬直して、いいパフォーマンスに繋がらない。そういうメカニズムがあるんだけど、緊張と仲良くなるためには自分で緊張する状態を予めつくっておけば大丈夫。だから、俺自身も緊張はするんだけど、これは凄くいい緊張。もう友達」

 質問者の悩みについて、何度も質問で聞き返す。一人ひとりのことを知り、“ぶつかり合い”を重ねてから答えるよう努めた。一人の選手が「自分は人前で話すのが凄く苦手で、試合で見られていると感じると凄く緊張してしまいます」と打ち明けると、高谷は「じゃあ技術的なことで緊張するわけではじゃないんだ」と返答。「アドラー心理学」を引き合いにこう説明した。

「人間の悩みは絶対に人間が起こしているのよ。絶対に人と人との繋がりが緊張とか、そういった現象を起こしている。それをまずは認めることから始めないといけない。自分がレスリングをやっているのはなぜなのか考える。〇〇君は何のためにレスリングをやっている?」

 思わぬ問いに緊張しながらも「自分は将来の夢のためにレスリングをやっています」と、勇気を持って言葉を絞り出した高校生。パソコン越しで離れていても、高谷は寄り添うように語りかけた。

「将来の目標、夢があるわけでしょ。それを叶えるためにレスリングをやっている時って、周りの目は重要なことなのかな? ね、重要じゃないよね。周りの視線があったとしても、自分の将来の夢や目標を達成するためにレスリングをやっている時って、周りの目や声はいうなれば雑音なのよ。

 自分が一生懸命取り組んでいるレスリングに対して、周りの目線を気にして、あの人がどう思っているとか、あの人の目線が怖いなって気にするのは凄くナンセンスだと思う。将来の夢、目標があって『そのために俺はレスリングをやっている』と言うことができる子なのよ。だからもっと自信を持ってほしい。今こうやってZoomの中に他の高校生がおる中で、自分がレスリングをしている理由を言えるわけじゃん。自信を持ったらいいよ」

高校生に質問を繰り返した意図とは「拓殖大学のコーチをしているけど…」

 マットの上にいるかのように、高校生とがっちり組み合った。コロナでインターハイを失った今年の高校3年生。別の参加者からは、試合前にモチベーションを上げる方法について質問が飛んだ。高谷はレスリング以外にも役立ちそうな理論を説いた。

「自分にとっての小さな成功体験をつくること。自分ができていくという感覚をどんどん積み上げていく。そうすれば試合の時にいいパフォーマンスができる。オーソドックスなのは自分の波をしっかりつくること。試合までの期間を考えた時にどこで落として、上げていけばいいかをしっかり計画立てていけば、自分のモチベーションは凄い上がっていく」

 あっという間に過ぎ去った1時間の“夢授業”。高谷は「ちょっと喋りすぎたかな」と苦笑した。最後に「レスリングで学んだことをいろんな分野で十二分に発揮してほしいと思うし、この経験を生かしてみんなが羽ばたいていくのを期待しています」と熱を込めてエール。高校生はもちろん、高谷にとってもかけがえのない時間となった。

 印象的だったのは一人ひとりと対話を重ね、相手をしっかりと知った上で答えるようにしていたこと。必ず生徒たちの名前を呼び、相手がお礼を言うと、片手でガッツポーズをつくって見送った。授業後、これらの意図について明かしてくれた。

「僕自身も拓殖大学のコーチをやらせてもらっているけど、対話する時には相手の名前を呼ぶことを僕がしたいなと思っている。大学で教えている子たちには、みんな下の名前で呼ぶようにはしています。コーチと選手の信頼関係をつくった上で指導していきたい。Zoomの対話なんですけど、基本的にその子の悩みだったり、解決したい情報を得るためには、その子の名前をしっかり呼んであげるのがいい」

 トレーニング、栄養、緊張、モチベーションなど、多岐にわたって具体的な話を展開。専門的な知識を身につけた背景には、“自分が正しい”とは思わない姿勢が常にあった。

「僕はレスリングのプロフェッショナル。でも、トレーニングに関しては、トレーニングのプロフェッショナルに聞きに行くのが一番の近道。だから、僕はトレーナーさんを自分でピックアップして話を聞いて取り入れました。緊張するなら心理学に詳しい人たち。減量に関しては栄養士。プロフェッショナルに聞いて、自分にも知識で蓄えられていた。本当に強くなるためには、その道のプロに聞くのが一番の近道になります」

 自身は、延期となった来年3月のアジア予選(中国)で東京五輪切符獲得に挑む。2位以内に入れば3大会連続の夢舞台だ。体を動かすのと同じくらい頭も動かしてきたレスリング人生。その道は続く。

「今日、必ずしも僕が言った意見が正解ではなくて、彼らが自分にとっての正解を出すための灯りみたいなものだと思う。自分でしっかり聞いた情報を噛み砕いて、自分の考えにできるようになっていってもらえればいいなと思います」

 天井のない成長を願い、高校生の熱いタックルを受け止めた1時間。近い将来、実際に試合でぶつかり合う日が来るかもしれない。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)