川崎フロンターレ 中村憲剛インタビュー 前編 後編はこちら>>「DAZN Jリーグ推進委員会」のスポーツ・サッカーメデ…
川崎フロンターレ 中村憲剛インタビュー 前編 後編はこちら>>
「DAZN Jリーグ推進委員会」のスポーツ・サッカーメディア連動企画である「THIS IS MY CLUB-FOR RESTART WITH LOVE-」。Jリーグ再開にあたって、各クラブの選手、スタッフをインタビューする。スポルティーバでは、川崎フロンターレで在籍18年目を迎えている中村憲剛選手に、これまでのキャリアを振り返って印象的な出来事と、クラブへの思いについて語ってもらった。
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中村憲剛が川崎フロンターレでの17年間を振り返った
--7月4日からJ1が再開します。中村選手は復帰に向けてリハビリ中ですが、再開が決まった今、どんな心境ですか?
「活動自粛期間中のことを考えれば、ここまで早く再開される日を迎えられるとは思っていませんでした。この決定を得られたのも、医療従事者のみなさんをはじめ、僕らが円滑に日常生活を送れるようにと働いてくれている方たちを含め、多くの方々の努力があってこそ。本当に感謝しかないです。
極論を言えば、サッカーをはじめとするスポーツやエンターテインメントは、こうした有事において、なくてもいいもの。それにもかかわらず、多くの人たちから『待っている』という声を届けてもらった。僕自身も毎週、こんなにも味気ない週末を迎えるとは思っていなかったですし、サッカーも含めたスポーツというものが、人の心を豊かにできる存在だと、改めて実感しました。そうしたものを含めて、自分の生活は形づくられていたんだなと。だから、こうしてJリーグが再開できるのは大変うれしく思います」
--今回、「THIS IS MY CLUB」というテーマで在籍最長の中村選手に話を聞かせてもらいたいのですが、在籍17年間でとくに印象深い出来事を挙げてもらえればと思います。
「(在籍年数が)長くなればなるほど難しいですね。分母が増えていくので余計に。しかも、振り返ってみると、あまりにもいろいろなことが起こりすぎて(笑)」
--では、いちばん苦しかった出来事と聞かれて思い起こすのは?
「やっぱり2位になりすぎたことですかね。加入4年目の2006年に、J1昇格2年目にして初めて優勝争いをした時には、自分たちとしても勢いを感じていたというか、怖いもの知らずのところがありました。『次はもう、タイトルが獲れるでしょう』という思いは少なからずありましたから。それがまさか、こんなにも2位や準優勝がつづくとは……。
17年元日の天皇杯決勝での敗戦もそうですし、その年のルヴァンカップ決勝で負けた時の落胆も大きかった。風間(八宏)さんが監督になって、約5年の月日をかけてチームをつくってきても、タイトルに手が届かなかった。それをオニさん(鬼木達)が引き継いで積み重ねてきても、獲れなかった。タイトルの重さをつくづく感じたんです。その1カ月後に、初めてのリーグ優勝を達成したので、すべてが吹き飛んでしまっていますけど、おそらくあそこでタイトルを逃していたら、いちばんしんどかったんじゃないかと思います。
だから、(17年にJ1で)優勝する前までで言えば、その直前がいちばん苦しかった。個人的には、何度も、何度も、自問自答しましたし、葛藤もしました。もう、タイトルが獲れない原因は、『自分だな』って思っていましたから。だって、そのすべてを経験しているのは、自分以外にいないですからね。まるで2位の象徴みたいな……。だからこそ、初めて優勝した時には、あれだけ大泣きしたんだと思います」
--そうすると、いちばんうれしかった出来事は、やはり優勝になりますか?
「それ以外にはないですよね(笑)。どうやったら勝てるかを追求しながら1年間を戦い抜いた結果、勝つための道を知ることができたのが大きかった。僕はそれまで優勝した経験がなかったから、何をどうすればいいのか、何を変えればいいのかを自問自答しながら過ごす年末を送っていたんです。
でも、勝ったことで、タイトルを獲るための拠りどころというか、成功体験がクラブに残った。自分たちをさらに突き詰めていって、みんながこれくらいやれば、もしくはこれくらいやらないと獲れないというのを知ることができたのは、本当に大きかったと思います」
--結果的に、喉から手が出るほど欲しかった1つ目のタイトルを獲ったことによって、2つ目、3つ目とつづいているわけですからね。
「それが日常になるというのがチーム力を上げるんだと思います。このラインよりは下げてはいけないという境界線ができるようになった。ここより下がってしまえば、タイトルは獲れない。だから、日々努力するラインをこの線以上に保つ。それを選手、スタッフみんなでベクトルを合わせて戦うことが大事かなと、今は思います」
(つづく)
中村憲剛
なかむら・けんご/1980年10月31日生まれ。東京都小平市出身。川崎フロンターレ所属のMF。中央大学卒業後、03年に川崎入り。以降17シーズンでJリーグベストイレブン8回、MVP1回の活躍。クラブの3度のタイトル(J1優勝2回、ルヴァンカップ優勝1回)獲得に貢献している。日本代表国際Aマッチ68試合出場。10年W杯メンバー。