“福岡ロス”で7人制日本代表はどうなる?

 来年に延期された東京五輪で7人制ラグビー日本代表のフィニッシャーとして期待された福岡堅樹(パナソニック)が代表チーム離脱を発表した。ウェブ会見を開いて、当初から表明していた大学医学部受験への挑戦を予定通り進めるための決断だったと説明した。

 新型コロナウイルスが引き起こした予想外の福岡離脱は、五輪でのメダル獲得を目標に掲げる7人制日本代表にとっては戦力ダウンを免れない。福岡の早すぎる代表引退の経緯と共に、開幕まで1年近くに迫る東京五輪へ向けて“福岡ロス”に揺れる7人制日本代表の現状、そして課題を検証する。

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 東京五輪挑戦を表明した当初から大会後の代表引退と医道への挑戦を明らかにしていた福岡だが、人生設計は“延期なし”を貫いた。選手としてのピークの時期に、母国での五輪で金メダルに挑むというチャンスは誰にでも与えられるものではない。それでも日本のトライゲッターの胸中に迷いはなかった。

「今回このような結論に至った理由といたしまして、自分の中で本当に後悔をしたくない、後悔をしない人生を生きたいという思いが強かった。いままで大きな決断をした時には必ず、どの選択がいちばん後悔しないだろうかと考えていました。今回の選択に関しても、やはりそれが一番大きく自分の中で影響していて、この選択が自分にとっていちばんすっきりと受け入れることが出来る選択でした」

 14日の会見冒頭で、こう決断の理由を説明した福岡。これまで表明してきた通り、2020年で7人制代表を引退して、来季のトップリーグでパナソニックのメンバーとしてプレーした後は医学部受験への準備に本格的に着手するという。福岡高時代から医学部を志願。一浪後に筑波大でラグビーに打ち込むことを決めた後も、将来の医学部挑戦を語っていた。

 しかし、医者への挑戦を後回しにして10年後にはできないアスリートとしての活動を優先すべきだと考えるファンも少なくないだろう。会見で、代表をいま引退しなければいけない理由があるのかという質問をぶつけると、福岡はこう語ってくれた。

「時期的なタイミングに関しては、はっきりとここじゃないといけないという明確な理由はないです。ただ、この引退のタイミングというものを宣言してきて、それを変えたくないという自分の中の思いがあり、また一度そのタイミングをズラしてしまうと、また何かやりたいことがでてきた時に、タイミングを失ってしまう可能性も考えられるので、自分の中では、自分の決めたものを貫きたいという思いが一番強かった」

 インタビューや日常会話でも、常に冷静沈着、感情を乱すことなく、15人制代表でも1、2を争う飾らないのが福岡のキャラクターだ。だが、自らの人生設計には1ミリたりともブレることのない頑固さを貫いた。

 新型コロナ問題が浮上して東京五輪の開催問題が浮上していた時点で、代表引退の時期を考え始め、延期が決定した時点では思いは固まっていたという。会見では15人制代表についても「2019年ワールドカップのタイミングで、自分としては(15人制)日本代表のほうは引退を伝えたので、基本的にはその通りにすると思う」と語り、再挑戦がないことを明かした。

福岡を大きく成長させた7人制での経験

“走り屋”のイメージが強い福岡だが、7人制の経験値は決して高くはない。以前に「高校では本格的にやる機会はなかった」と自ら語っているように、福岡高時代は“お遊び”程度の経験しかなく、筑波大進学後も15人制中心の活動が続く中で、2年生だった2013年からは15人制日本代表でのワールドカップへの挑戦が始まった。

 当時15人制代表を率いていたエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)は、強化のための時間や、選手のコンディションなどを理由に7人制との兼務には否定的だった。しかし、他のポジション以上にスピードと相手を抜くためのスキルが重要なWTBについては7人制挑戦を容認して、福岡の五輪へ向けた挑戦が実現。リオデジャネイロ五輪での4位という快挙を、異次元の快足で後押しした。

 福岡自身は7人制での経験を「プレー選択の幅も広がりましたし、自分にとってはもともと苦手だったスプリントを何度も繰り返す力というのも、7人制の中できついトレーニングの中で培うことができました。そういう意味では7人制での経験で、自分自身のプレーというのは大きく成長できたと思っています。WTBに限らず7人制を経験することは15人制にも大きく、新しい幅を広げるようなチャンスがあると思っています」と15人制でのパフォーマンスにも大きく影響したことを認めている。

 典型的なスプリンターだった福岡にとって最大の弱点は、長距離走や、トップスピードを何度も繰り返すインターバル走で必要なスタミナだった。従来のWTBなら短距離走のような短時間のスピードだけでも戦えたが、ジェイミー・ジョセフHC就任後は、相手へのプレッシャーとキック処理などで頻繁に前後に動く運動量がWTBにも求められた。15人制代表入りした当時は、トップレベルで1試合を走り切れる体力はなかったが、7人制でのトレーニングと実戦が福岡をタフなアスリートに鍛えたのだ。

 7人制プレーヤーとしての福岡の武器は、15人制とも共通している。静止した状態や低速域から一気にシフトを上げる加速力だ。福岡自身も会見で「今のセブンズ日本代表でも、松井千士選手なんかはトップスピードでは僕よりも速い」と話しているように、国内外に50、100メートルのスプリントなら福岡を上回る快足選手もいる。

 しかし、この初速から一気にトップスピードに入る加速力には、世界のトップ選手でもついていけないのだ。昨秋のワールドカップでは松島幸太朗とともに“ダブル・フェラーリ”と呼ばれたが、福岡の走りのメカニズムを目の当たりにすると、レースカーのようなハイパワーのエンジンを積むスーパーカーよりも、排気量は小さくとも軽量のボディーを駆るロータスのライトウェートスポーツカーという印象だ。

 今年2月から7人制代表に再合流した福岡だったが、直後に新型コロナ問題が発生したため東京五輪へ向けた戦力になる前に今回の離脱が決まったことになる。代表チームにとっては、戦力ダウンというよりも、期待された戦力の上乗せが出来なかったというのが適切かも知れない。

 そして、福岡の離脱が正式に決まったことで、男子7人制日本代表は世界レベルのフィニッシャーを2人得ることができなくなった。福岡と共にワールドカップを盛り上げた松島が、フランスの強豪クレルモン・オーヴェルニュでのプレーを優先して、東京五輪への挑戦を事実上断念しているからだ。この2人の持つ決定力、個人技、そしてワールドカップでも証明したフィジカルの強さは、7人制日本代表にとっても大きな損失なのは明らかだ。

 だが、福岡、松島タイプの選手はいないとしても、世界の舞台でも通用する可能性を持つスピードスターは皆無ではない。福岡自身も会見で名前を挙げた松井千士(サントリー)は50mを5秒7で駆け抜けるスプリンターだ。常翔学園高―同志社大―サントリーと常に強豪チームに属し、シャープな走りでエースに君臨。15人制代表でも将来性を期待されている。

求められるのはタフさ、選手層がカギに

 会見で触れたもう一人の選手、福岡と同じパナソニックの藤田慶和も非凡なアタック能力を発散させる。東福岡高3年で7人制日本代表入り、15人制でも2012年5月のUAE(アラブ首長国連邦)戦で18歳7カ月27日の最年少キャップ記録を樹立。そのデビュー戦で6トライの荒稼ぎを披露するなど、ダイナミックなランと大舞台での無類の強さを見せる。

 現在7人制からは離れているが、ワールドカップ戦士でリオ・メンバーでもあるレメキ・ロマノラヴァ(宗像サニックス)も東京五輪に意欲を見せている。7人制ではSO、CTBも兼ねるマルチポジションで活躍するレメキだが、体幹の強さも生かしたランと決定力は7人制、15人制で証明済だ。

 このようなタレントたちの存在を考えると、来年の五輪へ向けたチームの課題は“ポスト福岡”よりも、いかに松井、藤田らをカバーする選手層の厚みを作るかだろう。

 7人でプレーするこの競技は、一見、少人数で賄えるイメージがある。しかし、五輪でもその他の国際大会でも、1日に2、3試合を2日、3日間に渡りプレーするのが当たり前だ。「7分ハーフの試合を1日2試合」――では実感がわかないかも知れないが、15人制と同じ100メートル×70メートルのピッチをわずか7人で、15人制をはるかに上回るスピードと運動量の中で世界トップクラスのフィジカルコンタクトを繰り返すことによる消耗は計り知れない。

 1試合を終え、選手の疲労を回復させて次の試合へ向けて戦術的、肉体的に備えることを繰り返すコンディショニングの難しさは15人制にはないものだ。選手が万全の状態で連戦を勝ち抜くには、どのような控え選手を用意して、ピッチに立つ7人を効果的にローテーションさせていくかという戦略も重要な要素になる。

 では、東京五輪へ向けて、日本はどのような立ち位置にいるのだろうか。

 新型コロナウィルスの影響で、世界の7人制シーンも休止状態に陥っている。世界のトップチームが参戦して世界を転戦する「ワールドラグビー・セブンズシリーズ」は、男子大会が2019年12月にUAE・ドバイで開幕。3月第1週のカナダ・バンクーバー大会まで6大会が行われ、中断となった。日本は前年の成績で大会出場権があるコアチームから陥落しているため招待チームとして5大会に参加したが、通算成績は1勝3分け17敗。総合ポイントでは、参画17チーム中16位という成績だった。

 過去数シーズンの7人制をみると、チームとして活動時間が長ければ成績もアップする傾向はある。7人という限られたメンバーがいかに有機的に機能するかという戦術、コンビネーションや、コンビとも呼ばれないほどの阿吽の呼吸が15人制以上に重要だからだ。プロ化が進む世界のトップチームに比べて日本は恒常的に強化を継続できない状態だが、母国開催の五輪が近づく中で強化時間は年々増加している。しかし、現在の7人制日本代表首脳陣が、リオ五輪でチームを4位という快挙に導いた瀬川智昭ヘッドコーチ(HC、現摂南大監督)を「4位は達成できても、メダルを獲るには現状以上の指導力のある人材が必要」と解任したことを考えれば、“五輪イヤー”だった今季の成績では強化が順調に進んでいるとはいえないのは明らかだ。

本番までにどれだけの経験を積めるのか

“ポスト福岡”という視点で記事を進めてきたが、福岡の代表辞退と同時にリオ五輪主将の桑水流裕策(コカ・コーラ)、橋野晧介(キヤノン)という経験豊富なメンバーの離脱も発表されている。リオ五輪後の国際大会をみても、経験値の高い選手が加入した大会では善戦をみせていたことを踏まえると、一発勝負の傾向が強い五輪では福岡と共にこの2人の不在も深刻だ。

 6月10日に行われた日本協会理事会後に、7人制男子代表HCを兼務する岩渕健輔専務理事は今後の代表強化の道筋を語っている。

「選手の現時点でのコンディションがバラバラな状況。6月19日の県を跨ぐ移動が完全に解除された以降に3地域ないし4地域で、エリアが近い選手が集まり、代表コーチがそこへ行って練習することを考えています。代表チームがフルに集まって活動するのは、来年の五輪1年前の7月下旬を想定しています」

 残り1年というカレンダーを考えても、再集合を焦る必要はないだろう。7人制の場合は、15人制以上により多くの実戦を積むことが重要だ。東京五輪へ向けて、どのような国際大会にどれだけ参戦できるかだろう。ここは統括団体のワールドラグビー(WR)の判断が注目されるが、次シーズンのワールドシリーズの開催が決まった場合、依然としてシード権を持たない日本がどれだけの大会に出場できるかがカギを握る。コロナ禍による大会の中止、日程の混乱などの状況を踏まえて、日本がより多くの大会に招待されるように訴え、交渉をする必要がある。

 もしワールドシリーズの出場チャンスが不十分であれば、それ以外の国際大会に参加するか、4月に計画していた「アジアインビテーショナル」のような日本協会主催の国際大会を開催するなどの対策が不可欠だ。

 同時に、選手層の厚みという課題をこの1年で改善するには、7人制日本代表という1つのチームでは不十分ではないだろうか。代表候補や若手代表を編成して、より多くの国際大会に、より多くの選手を投入して経験値を上げることも考える必要があるはずだ。

 東京五輪がラグビーの普及には重要なことは、誰もが認めていることだろう。そして、昨秋の15人制ワールドカップでの日本代表の歴史的な躍進が、その重要性をさらに高めている。日本国内でのラグビーの認知度、関心度がワールドカップ前から飛躍的に高まっている中で、今度は7人制日本代表が1競技のワールドカップ以上の影響力、発信力を持っている五輪の舞台に立つのだ。

 ここで結果を残せるか否かは、ワールドカップで日本国内に根付かせた“苗”をどう開花させ、実を結ばせるかを問われることになる。一過性の大会の勝ち負けではなく、今後の日本国内でのラグビーの立ち位置を決めるほどの重責が、7人制日本代表に託されることになる。

 だからこそ、福岡堅樹の離脱を嘆いている時間はない。再び予想外の事態がこれからの1年で再び起きないという保証もない。この1年で、強豪国はさらなる強化をしてくるのは明らかだ。与えられた1年で、新たな戦力を育て、どんな不測の事態が起きてもメダルを獲るために必要な戦力を整え、厚みを増やしていくことが、日本協会と7人制日本代表が取り組むべきタスクになる。(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

吉田 宏

 サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。W杯は1999、2003、07、11、15年と5大会連続で取材。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。