フィギュアスケートファンなら誰もがあるお気に入りのプログラム。ときにはそれが人生を変えることも--そんな素敵なプログラムを、「この人」が教えてくれた。



リレハンメル五輪で『カサブランカ』を演技したカート・ブラウニング

私が愛したプログラム(2)
本田武史(コーチ、解説者)
『カサブランカ』カート・ブラウニング

 僕が一番好きなプログラムは、カート・ブラウニングが1994年リレハンメル五輪で演技したフリー『カサブランカ』(振付/サンドラ・ベジック)です。もともと彼のことが大好きで、プログラムは何回も見ていたのですが、やはりこの年は衝撃的でした。ちょうどプロがオリンピックに1回だけ復帰ができるというシーズンで、アマチュアとプロが一緒に競技会に出た大会だったということもあると思います。

 エンターテインメントの要素があったこのプログラムで僕が気に入ったのは、途中、踵(かかと)でステップを踏むところ。彼のプログラムは、ちょっと試合っぽくないところがあり、すごく魅せる演技で、音の取り方と体の使い方が好きでした。ステップもいいですけど、ジャンプで、イーグルからトリプルサルコウ+トリプルループのコンビネーションが衝撃的でした。「ここから行くの?」という驚きがありました。

『カサブランカ』のテーマや思いについてですが、カートさんは、そのキャラクターになりきって氷の上で表現している選手だったので、やはり何回見てもいいプログラムだなと思います。演技中にポケットに手を入れたりするなんて、競技会ではなかなか見ないじゃないですか。そういうことをプロとして表現していた選手が、それをオリンピックでやるということがすごかったです。

 競技プログラムでありながら、アイスショーで見るような演技でした。間の取り方や、プログラム全体の空気感は誰も真似できないし、カートさんにしかできない雰囲気の作り方がありました。

『カサブランカ』を振り付けたサンドラ・ベジックさんは、「スターズ・オン・アイス」の総合演出をしている振付師の方です。何度もお会いしていますが、元ペアスケーターで、札幌五輪のカナダ代表です。

 フィギュアスケートの人気が高かった当時のアメリカでは、「スターズ・オン・アイス」は大人気のアイスショーでした。それを手がけながら、ブライアン・ボイタノ、クリスティ・ヤマグチ、タラ・リピンスキー(いずれもアメリカ)という五輪金メダリスト3人のプログラムも作っていました。すごく表現にこだわりのある方で、ローリー・ニコルさんが出てくる前の著名振付師と言えます。

 6点満点だったルールのもとで行なわれたあの時代のフリープログラムは、自由度が高かったので、スケーターの個性があふれていたように思います。当時と比べたら、現行のジャッジングシステム下でのプログラム作りは、全然違うプロセスになっているのかもしれませんね。

 いまと違って、難しいステップが入っているわけではないんですけど、プログラムとしてのストーリー性がしっかり表現できていたように思います。カートさんの『カサブランカ』しかり、フィリップ・キャンデロロ(フランス)さんの『ゴットファーザー』しかり。映画のワンシーンを氷上でやれた面白味がすごくあったと思います。

 プログラムの選曲についても、人それぞれの選手の個性を生かした時代だったと思います。たとえば、ロシアのアレクセイ・ウルマノフだったらクラシックバレエを重視した選曲だったり、エルビス・ストイコ(カナダ)なら彼らしいキレとスピード感のある選曲だったり、本当に「このスケーターのこのプログラムはすごいな」というのが多かった。キャンデロロさんにしても『三銃士』や『ゴットファーザー』は彼にしかできないプログラムだったと思います。

 そういった意味でも『カサブランカ』はカートさんの良さを引き出したプログラムだと言えます。カートさんにはクラシックな映画のサントラ音楽を使うイメージがありました。

 僕が憧れて影響を受けたカート・ブラウニングさんには、2003年のショートプログラム(SP)、『レイエンダ』を作ってもらっているんです。何度もアイスショーで一緒に滑り、いろいろアドアイスをもらい、カナダでもずっと一緒に練習したりしていました。2002年と2003年のシーズンは、月一でスケートのレッスンをしてもらったりしていました。

 いまもオリンピックの解説などでよく会うんですけど、すごく仲良くしてもらっています。いつも明るくてすごくポジティブな人です。カートさんには、顔の使い方や脚さばきで、彼にしかできないものがありました。だからプログラムを作ってもらったときは、予想外の動きが多くて、何回も転びました。

 カートさんからは、彼の真似をするのではなく、「そこから学んだことを自分のプラスアルファにしていくほうがいい」と、よく言われていました。「真似はどうしても真似で終わってしまうから」と言ってくれていました。『レイエンダ』もそうでしたけど、カートさんが作ってくれたプログラムを、自分がどう表現するかで、いろいろな人に覚えてもらえるものになる。僕にとってすごくプラスになった部分だと思います。

 フィギュアスケートは、プログラムによってジャンプの成功率も変わってきます。しっくりこなかったり、呼吸が合わないプログラムでは、ミスが多くなったり、滑っていてものすごく疲れたりしてしまう。プログラム自体で演技が変わってきます。

 僕はいまでもストイコやヴィクトール・ペトレンコなど、かつての五輪メダリストたちのプログラムをちょくちょく見ています。いまはユーチューブなどでフィギュアスケートの演技を何度でも見られるので、現役の選手たちにも「こういう選手のこういうところがいいな」と、わかってもらえたらうれしいです。

本田武史(ほんだ・たけし)
1981年3月23日、福島県生まれ。現役時代は全日本選手権優勝6回。長野五輪、ソルトレークシティー五輪出場。2002年、03年世界選手権3位。現在はアイスショーで華麗な演技を披露するかたわら、コーチ、解説者として活動する。