サッカースターの技術・戦術解剖第3回 フィルジル・ファン・ダイク<クーマン親子との縁> 父がオランダ人、母がスリナム人のフィルジル・ファン・ダイク。193cm、92kg。大きく、速く、強く、柔らかい体は、現代最強のフットボーラーと言われてい…

サッカースターの技術・戦術解剖
第3回 フィルジル・ファン・ダイク

<クーマン親子との縁>

 父がオランダ人、母がスリナム人のフィルジル・ファン・ダイク。193cm、92kg。大きく、速く、強く、柔らかい体は、現代最強のフットボーラーと言われている。ほとんどジムワークもしていないそうだから、遺伝子の力は脱力したくなるほどに偉大である。



現代最強のフットボーラーと言われる、リバプールのDFファン・ダイク

 トヨタカップでミランが来日した時、フランク・ライカールト(1980-90年代にアヤックスやミラン、オランダ代表で活躍)を間近で見たことがある。ユニフォーム姿での撮影現場だった。太モモの筋肉は、まるで牛のようだったのを覚えている。トレーニングどうこうでつくられたものではなく、まさにモノが違うという印象。彼もスリナム人の血が流れている。

 ファン・ダイクはヴィレムⅡのユース時代、最初は右サイドバック(SB)だった。17歳の時に1年で18cmも背が伸びて、センターバック(CB)へコンバートされている。SBとしてはさほど優れた選手ではなかったという。

 ただ、当時のユースチームの監督はCBとしてのファン・ダイクもそれほど買っておらず、トップチームへの昇格を見送っていた。才能を見抜いたのは別のクラブ、フローニンゲンのスカウトだったマルティン・クーマンだ。クーマンの誘いで、ファン・ダイクはフローニンゲンのユースへ移籍している。

 マルティン・クーマンはフローニンゲンの名DFだったが、オランダ代表の常連にもかかわらず出場は1試合にすぎない。フローニンゲンでは中心選手だったので、現在ホームスタジアムには「クーマン・スタンド」が設けられている。ただ、これはふたりの息子との"合わせ技"だ。彼のふたりの息子は、はるかに有名なエルウィンとロナルド。1988年にヨーロッパ選手権(ユーロ)を制したオランダ代表で、中心選手として活躍した兄弟だった。

 2011-12シーズン、ファン・ダイクはフローニンゲンでプロデビューを果たしたあと、スコットランドのセルティックへ。さらに15年にイングランドのサウサンプトンへ移籍する。その時のサウサンプトンの監督がロナルド・クーマンというのも、何かの巡り合わせだろうか。

<フィジカルエリート>

 17年12月、冬の移籍市場でサウサンプトンからリバプールへ。移籍金は推定7500万ポンド(約114億円)、DFとしては史上最高額になる。18-19シーズンにはイングランドのプロサッカー選手協会、PFAの年間最優秀選手賞を受賞。DFとしては04-05シーズンのジョン・テリー(チェルシー/イングランド)以来だった。

 このシーズンでプレーした全50試合でファン・ダイクは一度も相手にドリブルで抜かれたことがなかったという。プレミアリーグでの空中戦勝率は76.6%。1対1の強さが圧倒的で、空中戦も無敵、ボールを持った時には落ち着き払っていて、正確なロングパスを供給できる。

 オランダのサッカーではCBの左側は左利きが原則だ。しかし、ファン・ダイクは右利きの左CBである。パスのアングルが狭くなるのが難点だ。ただ、所属のリバプールは自陣からビルドアップするというより、縦へロングボールを供給して攻め込んでいくスタイルなので、ファン・ダイクの利き足は大して問題視されていない。右足のフィード力はすばらしく、左足も蹴れないわけではない。

 センターバックはフィジカルエリートのポジションだ。

 まず背が高くないと務まらない。そんなに長身でなくても世界的なCBはいるが、基本的にはGKと同じで185cm以上が普通である。クロスボールやロングボールに対して、CBは先に動くことはあまりなく、来たボールに対して迎撃する形になる。駆け引きがアタッカーほど使えないので、単純に高さは重要なポイントになるのだ。

 長身選手はアジリティやスピードに問題があることも多いが、ファン・ダイクは193cmの長身にもかかわらず機敏でスピードがある。小柄で俊敏なアタッカーに対しても滅多にドリブルで抜かれない。いつタックルするか、しないのか、その判断が的確なのは言うまでもないが、自分の広い守備範囲を知ったうえで相手との間合いを取るのがうまい。相手を泳がせておいて、引き込んで、潰す。

 またCBは「格で守るポジション」とも言われる。ファン・ダイクはその点でも自信満々でリーダーシップに優れ、行く先々のクラブでキャプテンを任されてきた。高い、強い、うまい、おまけにリーダー......。これだけ何もかも揃った選手も珍しい。

<パーフェクトなCB>

 CBにはキャプテンが多い。66年W杯で優勝したイングランドのキャプテン、ボビー・ムーアもCBだった。エリザベス女王からジュール・リメ杯を受け取った時のムーアは25歳、もっとベテランのイメージだったが意外に若いキャプテンだったのだ。

 ムーアはエレガントな技巧派のCBだった。足が遅いのが欠点だが、読みのよさでカバーしていた。当時のCBとしては例外的に足下の技術に優れていて、中盤に上がってゲームを組み立てるプレーもやっていた。

 80-90年代にミランのキャプテンとして長くプレーした、フランコ・バレージ(イタリア)も印象的だ。バレージは頑健なタイプではなく、背も高くない。ただ、危機察知能力が異常なほど鋭く、一世を風靡した高いフラットラインの中心だった。裏を突かれた際のカバーの速さが圧巻。ボールを持った時にも安定していた。

 バレージとほぼ同じ時期にPSVやバルセロナで活躍したのが、ロナルド・クーマンだ。クーマンの特徴はロングフィードの正確さである。空中戦に強く、1対1で相手を潰すパワーもあったが、致命的に足が遅かった。ただ、オランダ代表ではライカールトが彼の前にいて広い範囲をカバーできるスピードがあるので助けられていた。

 しかし、バルサでクーマンの前にいたのはジョゼップ・グアルディオラ。ペップも速いタイプではなく、しかもそんなに守備が強力なわけでもない。それでも何とか持ちこたえていたのは、クーマンの読みのよさだろう。この点はムーアとよく似ている。

 人間、何かに特別に秀でていると何かは欠落しているもので、ムーア、バレージ、クーマンはCBとしてパーフェクトとは言えなかった。けれども、チームメートとの連係やチーム戦術との相乗効果で、時代を代表する存在になっている。

 それだけに、何もかも揃ったファン・ダイクの完璧さが際立つ。

 近年のパーフェクトなCBとしてはチアゴ・シウバ(パリ・サンジェルマン/ブラジル)がいるが、ファン・ダイクはチアゴ・シウバを上回るスケールだ。セルティックのスカウト、ニール・マッギネスによると「ときどきスイッチがオフになる」のが唯一の欠点だという。勝利が確定的になると集中力が散漫になることがあるらしい。弱点かもしれないが、取るに足らない程度である。