Never give up! 日本フィギュアスケート2019-2020総集編(11) カナダのモントリオールで開催予定だった世界フィギュアスケート選手権が、新型コロナウイルスの影響で中止になり、2019-2020シーズンが終了。今季も氷上で…

Never give up! 
日本フィギュアスケート2019-2020総集編(11)

 カナダのモントリオールで開催予定だった世界フィギュアスケート選手権が、新型コロナウイルスの影響で中止になり、2019-2020シーズンが終了。今季も氷上で熱戦を繰り広げた日本人スケーターたちの活躍を振り返る。

 ネイサン・チェンと異次元の戦いを繰り広げた、今シーズンの羽生結弦。途中、疲労困憊の様子も見せたが、終盤は来シーズンに期待を抱かせる出来を披露した。



今季は四大陸選手権に優勝し、スーパースラムを達成した羽生結弦

 今シーズンの羽生結弦は、昨シーズンと同様に『秋によせて』と『Origin』の使用曲で挑んだ。だが、これまでにないような気持ちの揺れも見せたシーズンになった。

 昨シーズンは、GP2戦目のロステレコム杯でケガをし、一時戦線を離脱した。しかし今季は、完成の手応えを得ていたショートプログラム(SP)とフリーの両プログラムを、シーズン当初からノーミスで滑った。羽生自身には、これらをさらにブラッシュアップしていく自信もあったはずだ。

 そんな思いで臨んだシーズン初戦のオータムクラシック(2019年9月)だったが、SP、フリー共に納得できない滑りでつまずき、心の中には迷いも生まれた。

 だが次のスケートカナダ(10月)では、「スケートアメリカでのネイサン(・チェン)選手の演技を見ていて、『自分はこういうタイプではないから、自分の演技をしなければいけない。彼にはない武器も持っているのだから、それをうまく使っていきたい』とあらためて感じて、落ち着いた」と話し、スッキリした表情で臨んだ。

 その結果、フリーでわずかなミスはあったものの、世界最高得点に迫る322.59点で優勝。自信を取り戻すことができた。

  NHK杯(11月)は、「カナダ以上の結果を」と思うプレッシャーと、3年前の公式練習でケガをした大会という恐怖感を持ちながら臨んだが、305.05点で優勝。フリーのミスで得点は伸びきらなかったが、いちばん大事だと考えていた最初の4回転ループと4回転サルコウをしっかり決められたことと、SPではカナダに続いて109点台を連発したことで手ごたえをつかんだ。

「やっと(グランプリ/GP)ファイナルで戦える位置に来たと思う。ネイサン(・チェン)選手との戦いと考えているけれども、やっぱり勝ちたい。彼も、これまでの2戦とは違うことはわかっているはず。カナダや今回以上にいいコンディションで臨むのが、いちばん必要な対策だと思う」

 そう話す羽生は、ネイサン・チェンとの戦いを心待ちにしている様子だった。

 12月5日からのGPファイナルは、「体調の回復に努め、締めるところだけ締めてきた」と、落ち着いた表情で臨んだ。だが、誤算もひとつあった。ジスラン・ブリアンコーチがアクシデントで一度帰国したため、トリノ入りが遅れたのだ。

 コーチ不在となったSPは、ネイサン・チェンが自己最高の110.38点を出したあとの演技で、力みが出た。だが、「彼の得点は頭に入っていたし、意識もしていました。でも、ちゃんとやれば超えられる可能性はあると思っていたので、きれいな演技をすればいい、と開き直っていました」と話したとおり、出だしの2本のジャンプは自信に溢れた出来で、高い加点にした。

 しかし、「うまく音にハマらない」と不安を持っていた連続ジャンプは、最初の4回転トーループで着氷を乱して単発になった。それ以外は「すごく音楽にも乗っていたし、気持ちを決めて滑れた」と言う演技だったが、97.43点に止まった。

 公式練習から好調さを見せていたネイサン・チェンに勝つための必要条件は、SPでリードを奪ってプレッシャーをかけることだった。その立場が逆転する状況になってしまった羽生は、フリーでルッツを入れる4回転5本の構成に挑戦せざるを得なくなった。

「4回転を1本増やしたからといって縮まる点差ではないことはわかっていました。だからこそ、『何か爪痕を残したい』という気持ちがありました。『どうしてコーチが来られなかったのだろう』とか『なぜSPでミスをしてしまったのだろう』と、いろいろ考えもしました。僕は運命主義者ではないけど、そこに何かしらの意味があるとしたら、『ストッパー役のコーチがいなくて自分だけで決められる今だからこそ、4A(4回転アクセル)の練習をここでやってもいい』、そういうことなのではないかと思ったんです」

 羽生は中日の公式練習最後に、これまで1カ月以上やっていなかった4Aの練習に3回挑戦した。ケガをするリスクや、フリーで体力が持たなくなるマイナス面もあると承知しながら、それでも観ている人がいる前でやりたい、と覚悟を決めたチャレンジだった。会場のパラベラは06年トリノ五輪が行なわれた場所で、憧れていたエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)だけでなく、荒川静香も優勝している。あの時こそが、羽生の五輪金メダルへの夢を明確にした大会だったからだ。

 フリーでは、その意地の挑戦の影響が出てしまった。最初の4回転ループと4回転ルッツはきれいに決めたが、終盤の3本の連続ジャンプは力尽き、合計は291.43点にとどまって2位。

「こんなものだろうとは思っていましたが、実のある試合はできました。ネイサン(・チェン)選手がああいうすばらしい演技をしていなかったら、僕もこうはなっていなかったと思います。SPのミスがあったからこそ、今日のフリーの挑戦だったのですが、いろいろ考えさせられたし、必要なものも見えてきました。世界選手権のときは『かなわないな。もっと強くならなきゃ』と笑えていたけれども、今日は勝負には負けても、自分の中の勝負にはある程度勝てた。だから、試合としては一歩強くなったんじゃないかと思います」

 世界最高の335.30点にしたチェンには、43.87点差をつけられる完敗だった。だが、その点差ほどには力の差は感じていない、とも羽生は話した。これは、トリプルアクセルが1本も入っていないうえでの結果なのだ。

「この構成をしっかり決めて、SPももうちょっとだけしっかり決めていれば勝負になると思いました。それを試合でコンスタントにできるようにするには相当な努力が必要だけれども、たぶんそれはネイサン選手もたどってきた大変な道だと思います。それを少しでも最短でたどり着けるように練習しなきゃ、と思いました」

 そう言って、羽生は笑顔を見せた。

 この挑戦の疲労が色濃く残っていた全日本選手権では、SP2位の宇野昌磨に逆転されて4年ぶりの勝利はならなかった。だが、その敗戦をきっかけに、羽生はまた新たな決断をした。自分らしさを存分に発揮するフィギュアスケートでネイサン・チェンと戦ってみよう、とプログラムを『バラード第1番ト短調』と『SEIMEI』に変更したのだ。

 その披露の場となった2月の四大陸選手権で、選曲の理由を羽生はこう話した。

「たしかに今季の『オトナル』(秋によせて)はよかったし、カナダの『Origin』もよかったんですが、自分の演技として完成できないと思ったんです。あまりにも高い理想にしていたものは、僕自身ではなく、プルシェンコさんやジョニー(・ウィアー)さんの背中だったと思うんです。それを、メダリスト・オン・アイスで『SEIMEI』をやったときにあらためて感じました。あの精神状態だったからこそなのかもしれないけど、もう少しだけこの子(楽曲)たちの力を借りてもいいのかな、と思いました」

 そんな思いで演じたSPは完璧だった。音の中にスッポリ入り込んだような3本のジャンプは、ジャッジのすべてがGOE(出来栄え点)で4点と5点を並べる完璧な内容。

「これまでのバラード第1番の中でいちばんよかったんじゃないか、と思っています。オトナルをやってきたからこその表現や深みも出せました。なにより、曲をしっかり感じながら、すごくクオリティの高いジャンプを跳べたのはこのプログラムならではかな、と感じます」



目指すべき道が明確になり、来季の出来に期待ができる羽生結弦

 結果は、世界最高の111.82点を獲得した。

 冒頭のジャンプを4回転ルッツにしたフリーは、リンクに穴が開いていたアクシデントもあって集中し切れず、ミスからのスタートになった。さらに後半の連続ジャンプで崩れて、合計は299.42点だったが、圧勝してジュニアとシニア主要6大会を制する”スーパースラム”を達成した。

「フリーに関しては点数を出し切れていないけど、方向性は間違っていないと思うので、この方向でやりたいですね。今後の計画はまだあまり具体的にはできていないのですが、ゴールは明確で、4Aを入れて今回の(SPの)バラードみたいなフリーをつくり上げること。バラードでは本当にシームレスな演技ができたので、フリーもそういうものに仕上げたいです」

 目指すべき道が明確になった状態で臨もうとした世界選手権は、新型コロナウイルスの影響により開催中止となった。だが、来季はどんなプログラムで、どんな羽生結弦らしさを見せてくれるのか。それを大きな楽しみとして残してくれたことは間違いない。

【2019-2020シーズンの主な成績】
■オータムクラシック(279.05/1位)
■スケートカナダ(322.59/1位)
■NHK杯(305.05/1位)
■グランプリファイナル(291.43/2位)
■全日本選手権(282.77/2位)
■四大陸選手権(299.42/1位)