引退となった全日本インカレ最終日。インタビュー中、山本(観4)の頬を涙が伝った。同期に伝えたいことを聞かれたときのことである。その涙には、3年半もの間、寝食を共にした仲間への思いはもちろん、主務として奮闘してきた日々があった。


カメラを構える山本。大会中は選手の勇姿を写真に収め続けていた

昨年の4月中旬に行われた日立明三大学レガッタ。そこで山本は、裏方の仕事についてこんなことを口にしていた。

「主務をやるようになってからマネジャーの仕事について知ることができた。怪我をする前、選手だった時は2000メートル漕ぐことに集中していたんだけど、今は…言い方は悪いけど、選手なんて2000メートル漕ぐだけじゃんってちょっと思っちゃってる(笑)。それくらい、マネジャーって本当に大変なんだなと感じた」。

選手から転向して半年が過ぎ、痛感した裏方役職の大変さ。しかし、それと同時に周りと支え合うことの凄さも感じていた。2000メートルを漕ぐことだけに集中していた選手時代。そこから離れて、初めて分かったことだった。
「逆に全部の方面を見てきたからこそ、モノを言える立場がある。それはそういったところで活かそう」。
新歓で部の先輩の人柄に憧れて合宿所の門を叩いた1年生の春。そこから選手として、ポジションを転々としながら1秒を削り出すことに集中した2年半。腰の怪我で選手を諦め、裏方に転向して半年。最高学年となり、引退の2文字も見えてきた頃に出た言葉は、それまで様々なポジションに身を置いてきた彼だからこそ言える決意表明だった。

その約1か月後、全日本選手権で女子エイトが創部初の日本一に輝く。その日、山本はカメラを手に、水上の仲間のため、コース沿いを駆け回っていた。


全日本選手権の表彰式後、並んで笑顔を見せる山本(写真左)と角谷(コ4)

「チームとして同じ方向を向いていれば良いんだな」。
8月下旬、引退となるインカレを約2週間後に控えた時の言葉だ。
ボート部には選手がいて、裏方がいる。同じ選手でもバウやストローク、コックスなどのポジションがあり、同じ裏方でもマネジャーと主務やトレーナーがいる。選手は自分のために勝利に向かって努力し、裏方は選手の知らないところで食事当番や会計、大会運営を行っている。しかし肝心なのは、それぞれが持つ「志」が、同じ方向を向いているかどうか。山本は部で学んだことについて、そう語った。


主将・滝島(文4・写真左)と、笑顔で話す山本

そうして迎えた最後の大会、インカレ。男子では舵手付きフォアが銀メダルを、女子では女子ダブルスカルが金メダルを獲得した。特に女子は全日本選手権に続き、創部初の快挙を達成。「一緒に喜び合えたっていうことで、全員が1つの志を持てたのかな」という主将・滝島の言葉は、大会前の山本の言葉と重なる。2つのメダルは、部の全員が一つの「志」に向かって戦った成果だった。

全日本・インカレと、昨年は創部史上まれにみる好成績を残したボート部。その先頭にいたのは、男子ならば主将としてチームを引っ張り続けた滝島であり、女子ならば昨年負けなしで、大学日本代表にも選ばれた角谷なのかもしれない。
しかし、その下、傍からは決して見えないところには、確かに山本の活躍があった。

「私たちこんな大変なんだよと思わせちゃいけない。それは選手が勝ちに向かっていくために不必要なこと」。
自分の仕事について、彼はこう話した。それは謙遜でもなんでもない、彼にとっては当然のことだったのだろう。しかし引退の日に流した涙は、立場も仕事も異なる全員が同じ「志」を持ち、結果を残せたことの喜び。そして、その「志」を影で支える存在として奮闘し続けたことの象徴であったに違いない。

(3月18日・濱渡晏月)