松阪競輪場で開催されたG2共同通信社杯は、郡司浩平(神奈川99期)選手が2017年の高松G2ウィナーズカップ以来となる2度目のビッグレース優勝を決めました。今回も郡司選手の勝ち上がりから振り返ってみたいと思います。

共同通信社杯の予選は自動番組編成で、初日一次予選の郡司選手は簗田一輝(静岡107期)選手の番手回りでした。前を任せた簗田選手が先行した取鳥雄吾(岡山107期)選手の3番手を巧く取りましたが、そこから動くことができません。4番手の郡司選手は最終4コーナーから追い込んで、何とか3着入線。ただ、3着という着順ではありましたが、4コーナーからの伸びに調子の良さを感じました。

続く2日目二次予選は自力での戦い。前受けから一度、引くと、打鐘から先行態勢に入った太田竜馬(徳島109期)選手に対して、最終ホーム6番手から早目の捲り返しで1着。この一戦は太田選手がペースを落とし過ぎたとも言えますが、早目の巻き返しに出た郡司選手の走りを褒めるべきでしょう。


3日目に行われた準決勝、郡司選手はここでも自力での戦いでした。関東ラインは鈴木竜士(茨城107期)選手を先頭に、番手は平原康多(埼玉87期)選手、3番手に諸橋愛(新潟79期)選手という鉄壁の布陣。その関東ラインが先行態勢に入ろうとすると、郡司選手は巧く4番手を奪取します。最終ホームで吉田敏洋(愛知85期)選手がカマシて、主導権を奪い返したことでレースは混戦になりますが、郡司選手は巧く捌いて3着で決勝進出。この一戦から、郡司選手の混戦への強さが見て取れました。
尚、この準決勝は番組編成員によって番組が組まれましたが、この開催は自動番組編成が特徴の一つなので、そこは少し残念でした。

最終日の決勝、郡司選手は単騎での戦いになりました。1番車だったにも関わらず、初手は9番手で周回を重ねることになりましたが、先行する可能性が高い山﨑賢人(長崎111期)選手の3番手という見方もできる並び。位置取りが巧い平原選手が一旦、前へ出て、山崎選手の上昇を迎え入れた時に郡司選手までを入れるかどうかが最大の勝負の分かれ目です。そのポイントに注目していましたが、郡司選手はスンナリ3番手で続くことができ、最終バックから捲って優勝を決めました。
平原選手が後ろに続いている展開は捲り切ったとしても、差される確率がかなり高かったと思います。ですが、山崎選手の番手を回っていた稲川翔(大阪90期)選手が平原選手をブロックしたおかげで郡司選手と平原選手には優勝を決定づける車間が開きました。私は以前から、「優勝には少しの“運”も必要だ」と、言っていますが、稲川選手の動きによって、郡司選手に運が味方したと言えるのではないでしょうか。


もちろん、この運を引き寄せられたのは平原選手に差されることを恐れずに思い切り良く仕掛けたから。競輪は脚力だけでなく『思い切り』も大切な要素です。この決勝を例に挙げれば、捲った郡司選手の上がりタイムは11秒0。競輪で勝負を決するのはタイムではないとも言われています。しかし、いくら絶好調でレースに参加できたとしても、この上がりタイムの捲りを後方からさらに捲り上げて勝つには……一体、どれほどの個人上がりタイムが必要になるのか?一度、脚を使ってでも位置取りをシッカリするという『思い切り』も勝つための必要条件だと思います。


郡司選手は6月の岸和田G1高松宮記念杯の初日に落車して、鎖骨骨折と指の腱を負傷しました。それでも復帰初戦となった8月の名古屋G1オールスターで決勝進出。さらに驚くことに復帰2戦目の地元・小田原G3で早くもグレードレースの優勝を達成しました。練習と本番では感覚がかなり違うので、なかなか結果に繋げることができない選手が数多くいる中で、こうも簡単に結果を出してしまうことに驚きを禁じ得ません。そして、復帰3戦目でG2優勝。この先、さらに調子は上がっていくと思われますし、念願のG1初優勝する日もそう遠くはないのじゃないでしょうか。


グランプリ出場に向けて、残すG1はあと2戦。獲得賞金争いも熾烈(しれつ)になり、ますますグレード戦線が楽しみになってきました。残り2ヶ月の間、選手たちには焦らず『自然体』で、持ち得る力を存分に発揮してもらいたいものです。

末筆ではございますが、千葉県を中心に大きな被害をもたらした台風15号の通過からもうすでに数十日が経過しました。一部地域ではいまだに停電や断水が続いています。近年、地震をはじめ『自然の力』の恐ろしさを嫌というほど痛感させられます。1日も早い復旧を願うばかりです。

【略歴】


山田 裕仁(やまだ・ゆうじ)

1968年6月18日生 岐阜県大垣市出身
1988年5月に向日町競輪場でプロデビュー
競輪学校の同期で東の横綱・神山雄一郎(栃木61期)、西の横綱・吉岡稔真(福岡65期・引退)らと輪界をリード
“帝王”のニックネームで一時代を築いた
2002、2003年の日本選手権競輪(ダービー)連覇などG1タイトルは6つ
KEIRINグランプリ連覇を含む史上最多タイ3度の優勝など通算優勝110回
通算獲得賞金は19億1,782万5,099円。
2018年末、三谷竜生(奈良101期)に抜かれるまでは年間獲得最高賞金額=2億4,434万8,500円の記録を持っていた
自転車競技でも2001年のワールドカップ第3戦(イタリア)で銀メダルを獲得するなどの実績を残した
2014年5月に引退して、現在は競輪評論家として活躍中
また、競走馬のオーナーとしても知られる