天皇杯2回戦で明治大学は昨年のJ1覇者の川崎フロンターレに挑んだ。天皇杯とは何か。宮内庁から競技大会を運営する団体に対し…

天皇杯2回戦で明治大学は昨年のJ1覇者の川崎フロンターレに挑んだ。

天皇杯とは何か。宮内庁から競技大会を運営する団体に対して下賜されており、天皇杯は宮内庁に認められた証となるため、その競技に権威を与えている。原則として1競技につき1つで、昔はプロは除外されていたが、現在は関係なくなっている。

サッカー天皇杯(全日本サッカー選手権大会)は1921年から続いており、天皇崩御、戦争など中断された年もあったが今回は99回大会となる。はじめは大学のチームが優勝していたが、1960年あたりから社会人チームが優勝するようになる。

1992年からはJリーグのチームが優勝するようになった。現在は88チームによるトーナメントとなっている。内訳はJ1/18チーム、J2/22チーム、第67回全日本大学サッカー選手権大会 優勝チーム/1チーム、都道府県代表/47チーム。

明治大学は東京都代表として1回戦で秋田代表を破り2回戦を戦う。

明治大学で真っ先に思いつくのは長く日本代表で活躍し続ける長友選手。長友選手は大学時代は注目されていなかったが、その後の活躍は皆が知っての通りである。今回の明治大学のチームからも将来の日本代表が出てくるかもしれない。

天皇杯の優勝チームがJリーグで占められておりおり、確実にプロ化が日本のサッカーのレベルアップに繋がったと言えるが、ロシアW杯での日本代表メンバーを見てもJユース出身者と高校の部活出身者は約半分ずつであった。

学生とプロ二つのルートが存在していることが日本のサッカーの底上げになっていると言えよう。さらに先日のコパ・アメリカでも法政大の上田選手が召集されているように大学サッカーのレベルも決して侮れるものではないと考えられる。

試合展開をみると、明治大学の戦いはJ1王者に対して見事であった。

川崎フロンターレは決してメンバーを落としているわけではなかったが、明治大学が後ろに重心をおき、5-3-2のブロックをしき愚直なまでに走り回り、体をあてる戦いに苦戦していた。

そんな中、CKから前半15分に高いボールをフロンターレ知念選手にヘディングされ、ゴール前でクリアしたものの、不運にも味方にあたり明治大学GK加藤選手が搔き出すがゴールの判定となってしまった。

前半は0-0の展開で川崎フロンターレの焦りを誘いたかった明治大学であるが、早くも失点してしまった。

ただし、その後も明治大学は後方ブロックからボール奪取後に2トップがカウンターという戦術でフロンターレの好きにさせず1-0で前半終了。

後半に期待できるスコアであった。後半1点ビハインドの明治大学は後方ではなくミドルゾーンから積極的にプレスをかけ、ショートカウンターを試みるようになった。プレスが失敗したら後方ブロックに戻るという2段構えでフロンターレを苦しめる。

フロンターレは大きなサイドチェンジやコンビネーションから何度かチャンスを迎えるがGK加藤選手がことごとく防いでいた。明治大学は後半終盤でも走力が落ちずフロンターレに襲いかかるがシュートの精度を欠く。

最後アディショナルタイム明治大学はパワープレイに出て、ヘディングでせったこぼれ球がゴール前フリーの選手に落ちるが、シュートは枠を外してしまう。そのままタイムアップ。惜しくも敗戦となってしまった明治大学であったが、J1王者相手に見事な戦いであった。

Text / KOJI (SPBL)