文=鈴木栄一 写真=©KAWASAKI BRAVE THUNDERS

チームの生々しい様子を映し出す『知られざる物語』

川崎ブレイブサンダースが劇場公開およびBlu-rayとDVD販売を行う『OVER TIME~新生・川崎ブレイブサンダース、知られざる物語~』は、2018-19シーズンの戦いぶりを映し出すBリーグ初の長編ドキュメンタリーとなる。

この作品を鑑賞してまず感じたのは、とても丁寧ということ。シーズン開幕前のチーム始動からチャンピオンシップのシーズン終了まで時事系列に沿って追っている。また、その時々でチームの置かれている状況がしっかり説明され、これを見ることで昨シーズンの川崎がどんな課題を抱え、浮き沈みがある中でどんな思いで戦っていたのかをカバーできる。

シーズンの振り返りではあるものの、試合中の映像は最小限となっている。メインとなるのは、北卓也ヘッドコーチ(現GM)、キャプテンの篠山竜青を中心とした試合前やハーフタイムにおけるロッカールームでの会話、また、練習施設で行われる選手ミーティングの様子など、サブタイルの『知られざる物語』が示すように、これまで見ることができなかったチームの生々しい様子だ。これは川崎ファンだけでなく、それ以外のバスケファンにとってもプロバスケチームの裏側を知ることができる意味で貴重な映像だ。

昨シーズン、川崎はニック・ファジーカスの帰化という圧倒的アドバンテージがあることで開幕前は優勝候補の本命に推す声も少なくなかった。オフにファジーカスが手術をしたものの、敵地での千葉ジェッツとの開幕節はファジーカスが欠場しながら連勝したことで、さらに躍進を期待する声は高まった。

ところがチームは深刻な得点力不足に陥り、苦しい時期が続く。これまで数々のタイトルを獲得してきた常勝軍団だけに、勝てないもどかしさ、苛立ちがチームには生まれる。もがき、苦しむネガティブな姿をストレートに伝える映像は、良い意味で大きな驚きだ。

また、チームが乗り切れない中、肩の故障で離脱した辻直人の懸命なリハビリの様子を紹介。セカンドユニットが課題と言われた中で、当事者たちがどのように感じチームの力になろうとあがいていたのか。エース、チームリーダー、ベンチメンバーなど、それぞれ立場は違うが、揃ってチームを良くするためにはどうすればいいか奮闘する姿も映す。この選手の気持ちも丁寧に描かれている。

昨シーズンの川崎は、天皇杯は準々決勝、リーグ戦もチャンピオンシップのクォーターファイナルとそれぞれベスト8の段階で敗退。さらに中地区優勝を逃すなど、大きく伸ばした観客動員と反比例するかのごとく、バスケットボール面では不甲斐ない成績だった。

不振の原因はなんだったのか、当然のようにそれぞれに意見はあるだろう。そしてこの作品は、具体的にそれが何だったのか言及することはない。ただ、チームのありのままの姿を映し出してくれたからこそ、見た人それぞれが「ここが反省点だった」と感じる何かがあるはずだ。

この厳しい結果を受け、川崎はオフシーズンに大改革へと踏み切った。新指揮官としてアシスタントの佐藤賢次が内部昇格するのは、東芝時代から続く『らしい』路線ではあるが、一方で大塚裕土、熊谷尚也と即戦力を補強。また、アシスタントコーチに他チームでのヘッドコーチ経験者である勝久ジェフリー、穂坂健祐が就任と、これまでにない外部から新たな血を入れている。

この動きを見れば、昨シーズンは川崎にとって企業チーム時代からのチーム作りから脱却し、本当の意味でプロバスケットボールチームへと変化するための大きな契機となったことが分かる。チームの結果が示すようにハッピーエンドではなく、ビターエンドで終わるこの作品だが、川崎の歴史において一つの大きなターニングポイントとなるのは間違いない。

現時点でのこの作品は『苦闘の回顧録』かもしれないが、川崎がトップの地位に返り咲いた時、きっと新たな常勝軍団として再スタートするにあたっての必要な産みの苦しみである『エピソード・ゼロ』的な位置付けに変化するはずだ。勝利の喜びは、その背景にある苦闘を共有することでより大きなものとなる。だからこそ、ハッピーエンドでなくとも、川崎ファンには見ることを勧めたい。そしてBリーグファンにとっても、冒頭で触れたようにプロバスケの裏側を知ることができる骨太なドキュメンタリーだ。