昨年12月の天皇杯全日本選手権で現役世界チャンピオンの川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)を破り、2020年東京オリンピックの代表争いで大きくリードした伊調馨(ALSOK)が、中国・西安で行なわれているアジア選手権に出場した。 伊調は日体…

 昨年12月の天皇杯全日本選手権で現役世界チャンピオンの川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)を破り、2020年東京オリンピックの代表争いで大きくリードした伊調馨(ALSOK)が、中国・西安で行なわれているアジア選手権に出場した。

 伊調は日体大で田南部力コーチの指導を受けてきたが、今回、現地への同行は叶わなかった。そのため、田南部コーチは出発前に伊調と、「(川井と再戦する)6月の全日本選抜選手権、さらには9月の世界選手権、そしてその先のオリンピックへ向けて”勢い”をつくること」を確認したという。



まさかの敗北を喫して険しい表情で敗因を語る伊調馨

 伊調とのミーティング内容を、次のように教えてくれた。

「勢いをつけると同時に、試合における実戦感覚を向上させようと伝えました。また、腰の位置を常に安定させ、攻守のバランス感覚を確認すること。そして、スタンドからグラウンドへのつなぎ、強いプレッシャーに対しての組み手を積極的に試そうと話し合いました」

 韓国のオム・ジウンとの1回戦。久しぶりの国際試合なためか、伊調の動きは硬く、軽快さにかけていた。だが、相手のバッティングにより前歯を折られるアクシデントにも動揺することなく、手堅くポイントを加算。第2ピリオド1分59秒、10−0の無失点でテクニカルフォール勝ちを収めた。

 続く準決勝の対戦相手は2018年アジア競技大会・金メダリスト、北朝鮮のチョン・ミョンスク。本来の姿を取り戻し、そろそろエンジン全開で圧倒的な強さを見せるかと期待された。

 ところが、誰もが予想しなかった結果が待っていた。

 開始30秒、ドンピシャのタイミングで相手に正面タックルを決められてしまう。さらに、場外へ押し出して1点返した直後、またしてもタックルを浴び、両足を抱えられたまま返されて4失点。第1ピリオド終了間際にも片足タックルから難なく場外へ出され、1−7と大量6点も差をつけられた。

 第2ピリオドに入り、伊調は逃げ切りを図る相手を捕え切れず、テイクダウンで2点、相手の警告で1点を返すのがやっと。結果、4−7でまさかの敗北を喫した。

 試合終了後、伊調の口から最初に出た言葉は、「対応できなかった」だった。

「自分のレスリングができませんでした。試合への入り方が悪く、最後までいい状態に修正できなかった。なぜ、あそこまでできなかったのか、これから考えます。

 アジア大会の(ミョンスクの)映像を見て、若くて力のある選手だから、前半から入ってくるとは思っていました。ですが、組み際からのタックルが強烈で対応できませんでした。

 1回戦から、腰が高いことは自分でも感じていました。腰高だから(1回戦で)バッティングされたわけです。今回の課題だったのに、まったくダメでした。ディフェンスも弱すぎ。組み手の練習が足りない。反応が鈍い……」

 3位決定戦、ベトナムのグエン・ティミチャンには2分24秒フォール勝ち。格の違いを見せつけ、銅メダルは死守した。

 だが、外国人相手の試合で試そうとしたこと、確認しようとしたことは何もできぬまま、アジア選手権を終えてしまった。それどころか、ライバルの川井に「勇気を持って懐(ふところ)に入れば、伊調にタックルを決めることができる」という自信をつけさせてしまったかもしれない。

 ただ、リオデジャネイロオリンピック以来、2年8カ月ぶりに国際大会に出場したことは、大きな糧(かて)となったに違いない。負けたことによって得た収穫は、必ずあるはずだ。

 自分から組み合い、相手をしっかりと崩してから攻撃するのが、リオまでの伊調の持ち味だった。だが、組み際からの攻撃を理想のスタイルとするあまり、結果的に腰高になり、相手にその間合いを利用されてタックルに入られた。腰高ゆえに一気に倒される防御の甘さが露呈した。

 長期休養からの復帰以来、それは課題でありながらも直し切れなかったウィークポイントだった。腰高を完全に直すには、ここで負けたほうがよかったのかもしれない。

 ALSOKの大橋正教監督は敗戦後、「原点に戻るしかない」と語った。

「点を取られたのにガムシャラに取り返そうと攻め込む闘争心が、今日の伊調からはまったく感じられませんでした。山本聖子さんや正田絢子さんらと勝ったり負けたりして、もがいていた若い頃を思い出してほしい。

 技術に走り過ぎて置き去りにしてきたかもしれないですが、技術うんぬんの前に、まずは相手を倒すという気合いです。レスリングは格闘技ですから。伊調は今、自分がレスリングを始めた頃の原点に戻ることが必要でしょう」

 2016年、オリンピックイヤーに入った直後の1月、それまで連勝街道を驀進していた伊調はヤリギン国際大会でまさかの黒星を喫した。レスリングを極め、新しいレスリングを開拓しようとするがあまり、自分を見失ってしまっての敗戦だった。

 だが、その時、伊調は言い切った。

「この負けはチャンス!」

 そして7カ月後、リオの大舞台で女子初のオリンピック4連覇を達成した。

 伊調なら、必ず、もう一度、やってくれる。

 パワハラ問題をはじめ数々の難関を乗り越え、年齢の壁を打ち破り、伊調は再び戦うことを決意した。女王のプライドをかなぐり捨て、前人未到の「オリンピック5連覇」へ向けて這い上がる壮絶なドラマは、まだ始まったばかりだ。