蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.57 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サ…
蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.57
サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富な達人3人が語り合います。前回に続き、欧州CLの注目カードについて徹底討論。今回のテーマは、0-0に終わったリバプール対バイエルン。ゴールがなくても「面白い!」と断言するサッカー通3人の視点とは。
――今回はチャンピオンズリーグのラウンド16から、お三方にリバプール対バイエルン・ミュンヘンの第1戦を振り返っていただいたうえで、3月13日に予定されている第2戦をプレビューしていただきたいと思います。大きな注目を浴びたアンフィールドでの第1戦は、お互い一歩も譲らずゴールレスドローで終わりましたが、みなさんはその試合をどのように見ましたか?

互いに譲らず、0-0で終わったリバプール対バイエルン
倉敷 得点こそありませんでしたが、第1戦の8試合でいちばん面白かったですね。ドイツの『ビルド』紙は「戦いのマルティネスタワー」という見出しを作り、バイエルンにとってハビ・マルティネスの存在が大きかったという記事を掲載していました。
中山 ハビは終盤に足をつるほど走っていましたしね。戦前は彼がウィークポイントになるかもしれないという見方もあっただけに、あらためて存在感を示した印象です。
そもそもこの試合は、両チームの主力に欠場者がいたため、戦前は両チームのスタメンにも注目が集まりました。とくにリバプールはフィルジル・ファン・ダイクが出場停止、デヤン・ロヴレンが負傷欠場ということで、センターバックに不安材料があって、結局、ジョエル・マティプとファビーニョのセンターバックコンビで臨みました。本職のマティプは別として、本来はボランチや右サイドバックが本職のファビーニョが、予想以上の働きを見せたことは大きかったと思います。
対するバイエルンは、アリエン・ロッベンが故障中で、フランク・リベリーも故障明けでベンチスタート。彼ら両ウイングの代役には若いセルジュ・ニャブリとキングスレイ・コマンを起用し、レオン・ゴレツカを欠いた中盤はハビ・マルティネスとティアゴ・アルカンタラにダブルボランチを組ませて、ハメス・ロドリゲスをトップ下に置く4-2-3-1を選択しました。これも結果論ではありますが、この中盤の3人の構成が当たったと思いましたし、両ウイングのハードワークぶりはロッベンとリベリーの”ロベリー”コンビには望めないことを考えると、これも無失点につながったように思います。
倉敷 バイエルンがこれだけディフェンシブに戦う試合は国内リーガではまずありません。普段なかなか見られない部分の実力が発揮されましたね。ここまで選手たちを一丸にしたものは、ニコ・コヴァチ監督の手腕というよりもクラブの首脳陣が作り出した雰囲気ではないか、という気がします。これも普段は隠されているクラブの力と言えそうです。
中山 あのハメスが下がって必死に守備をしていましたね。
倉敷 過去にマンチェスター・ユナイテッドがアシュリー・ヤングのマンマークによってモハメド・サラーを完封したことがありましたが、今回のダヴィド・アラバはハメスやハビの持つ経験値を活かしながら、うまく連係してサラーを抑え込みました。
中山 どちらのチームも4-3-3と4-2-3-1を使い分けられるチーム同士の対戦となったなか、リバプールのユルゲン・クロップ監督はホームで先勝するために4-3-3を選択しました。逆にバイエルンは攻撃的に戦ったら勝算がないと見て、まずはしっかり守備をして打ち合いを避け、プランを遂行することができました。サラー封じは、そのなかでもいちばんのポイントだったと思います。
倉敷 バイエルンが守備に特化したことでお互いに決定機は少なかったですね。バイエルンのシュートは9本ありましたが、枠内シュートはたったの1本。後半に至ってはゼロで終わりました。ブンデスリーガではまず起こりえない数字です。
小澤 スタッツで言うと、チーム全体の走行距離でも110.928km対111.774kmと、リバプールよりもバイエルンのほうが上回っています。この数字はこの試合におけるバイエルンの選手たちのハードワークぶりを示しているわけですが、実は今シーズンのバイエルンはシーズンアベレージの走行距離も112.120kmとリバプールの110.201kmを上回っていて、かなり高い数字を示しています。これは、今シーズンから監督が替わったことと、とくにウイングの選手が若返っていることが影響していると思います。
倉敷 リバプールのスピードに対抗するために、バイエルンも必要なスピードと運動量を準備できていた、ということですね。
小澤 スペイン人のティアゴやコロンビア人のハメスはラ・リーガであそこまでハードワークしていませんでした。ドイツではまずハードワークが求められますし、リバプール相手のバイエルンは国内での戦いとは打って変わって守備面でのハードワークを重視して試合に入っていきました。
中山 もうひとつ面白いと思ったのは、両チームの選手間のパス本数を見てみると、リバプールはアリソン・ベッカーとマティプ間、バイエルンはマヌエル・ノイアーとニクラス・ズーレ間と、どちらもGKとセンターバック間のパスが最も多いんです。両チームとも前からプレスをかけ続けていたのでこのようになったわけですが、なかなかお目にかかれないスタッツですし、いかにこの試合がハイレベルだったのかをよく表していると思いました。
倉敷 バイエルンのセンターバックは、ズーレとマッツ・フンメルスでした。ジェローム・ボアテングが調子を落とし、先発から外れたことで彼のロングフィードという武器がなくなったわけですが、長いボールを使わない戦い方に徹したのも吉と出たようです。
中山 そうですね。ボアテングが好調であればロングパス1本でチャンスを作れるので、また違った試合展開になったかもしれません。
倉敷 ニャブリとコマンのアウトサイドもタスクを果たしていましたね。ロッベンとリベリーと比べるとさすがに攻撃のダイナミズムは物足りませんが、守備面での貢献が光りました。
中山 守備面の貢献という部分では、左に下がりながら中盤のスペースを必死に埋めていたハメスのプレーが印象深かったです。
倉敷 ハメスは頑張らないと買い取りオプションを行使してもらえず、レアル・マドリーに戻ることになりますものね。
では中盤を比較しましょうか。この試合のハメス、ハビ、ティアゴの3人は連携もよくソリッドな守備を見せていました。一方、リバプールの中盤は、アンカーのヘンダーソンだけが奮闘していた印象で、気の利くジェイムズ・ミルナーをもっと早く投入してもよかったのではないでしょうか。
小澤 ジョルジニオ・ワイナルドゥムもナビ・ケイタも、どちらかというとボックスに侵入していくタイプなので、中盤でゲームメイクをしたり、ラストパスを供給したりするようなタイプではないですからね。なので、1トップのロベルト・フィルミーノが中盤に下りて起点を作ろうとしていたわけですけど、そこはバイエルンのセンターバックがうまく付いていって、ハビ・マルティネスも含めた中盤と挟み込んでいたので、フィルミーノはそれほど効果的なプレーができませんでした。
倉敷 ホームゲームを無得点で終えてしまったリバプールにとっては嫌な流れです。クロップのチームが、一度こじ開けられなかった相手を二度目でこじ開けた試合はそう多くはないからです。スタジアムの情熱をスピードとパワーに変えることが得意なチームほどホームゲームは重要です。第2戦がホームだったらよかったんですけどね。
中山 もし初戦がバイエルンのホームだったら、バイエルンもあそこまで守備的な戦いは選択していなかったでしょうね。やはり今回のバイエルンは、アウェーのアンフィールドで勝つ自信があまりなかったというか、リバプールを格上とリスペクトしたからこそ割り切って慎重な戦い方を選べたと思いますし、やはりバイエルンは底力のある選手を揃えているので、そうなるとリバプールも簡単には勝てません。当然、バイエルンホームの第2戦も苦戦するでしょうね。
倉敷 しかし、0−0ですからバイエルンにも得点が必要です。得点が動いて、もし開かれたゲームになればリバプールに付け込む隙も生まれそうですが。
小澤 ただ、おそらくバイエルンはそれを望まないでしょうから、リバプールにとっては厳しい戦いになると思います。
倉敷 ロースコアでまとめにかかるでしょうね。
スケジュールを見ると、バイエルンは3月9日にヴォルフスブルク戦を戦って、その4日後がリバプール戦です。ドルトムントとの首位争いがいよいよ激しい状況で、このところ負け知らずのヴォルフスブルクは油断ならない相手です。一方のリバプールも、プレミアリーグではマンチェスター・シティに首位を奪われた状況で3月10日にバーンリーと対戦します。相手は連敗中ですが、その前の試合ではスパーズに勝っています。楽なゲームはもうないでしょうね。
中山 ただ、国内リーグにおける両チームの状況を比較すると、ドルトムントに追いついたバイエルンとは対照的に、リバプールは首位から脱落してしまったことによって心理的に追い詰められている感じはしますね。チャンピオンズリーグは重要なタイトルですが、リバプールとしてはプレミアシップになってからまだ手にしたことがない国内リーグのタイトルもそれと同じくらい重要ですから、二兎を追う者は一兎をも得ずみたいなことにならなければいいんですが。
倉敷 ここまでプランどおりに駒を進めている印象のバイエルンですが、第2戦でのヨシュア・キミッヒの出場停止は痛いですね。不動のスタメンとして攻撃面でアクセントをつけられる選手ですし、精神面も強い。誰が代わりに出場しても、彼以上のパフォーマンスは望めそうにないでしょう。なので一気に攻め落としには来ず、やはり第1戦のような現実的な戦い方で挑んでくるでしょう。
中山 バイエルンは初戦を0-0で終えているので、開始からリスクをかける必要性がありませんしね。メンタル的にも落ち着いて試合に入れると思います。
倉敷 今シーズンのラウンド16は、単純に強豪同士が真正面からぶつかり合うというよりも、優勝候補と目される強豪が日程や相手の意外な戦術で苦戦させられている印象です。たとえばレアル・マドリーはクラシコ2連戦のあとに、若くて活きのいいアヤックスと対戦しなければなりませんでしたし、リバプールもバイエルンが徹底的に守備を固めてくるとは想像していなかったでしょう。
予想が難しい対戦ばかりですが、その分、サッカーファンは自分なりの考えを持ち、予想を立て、意見を戦わせたりして楽しめると思います。リバプールがミュンヘンで勝つとしたらどういうケースか。バイエルンはどういうプランで勝ち上がるつもりなのか。豊かな想像力を持って観戦したいですね。