1月9日から27日にかけてドイツとデンマークで共催された、世界男子ハンドボール選手権。昨年1月のアジア選手権で6位…

 1月9日から27日にかけてドイツとデンマークで共催された、世界男子ハンドボール選手権。昨年1月のアジア選手権で6位に沈んだ日本代表に出場資格はなく、ワイルドカード(主催者推薦枠)によってチャンスを得たものの、予選リーグは0勝5敗、順位決定戦でも2連敗を喫して最下位の24位に終わった。




日本のプレーメーカーとして活躍した東江雄斗

 結果だけを見れば7連敗だが、日本は予選リーグでの戦いで確かな成長を見せた。

「厳しい試合が続くかもしれないけれど、あきらめず、下を向かないで必死に立ち向かっていく。本気の戦いのなかで成長していかなければならないと思います」

 初戦のマケドニアに29-38で敗れた後、フランスプロリーグのシャルトルMHB28でプレーする土井杏利はそう話した。2016-17欧州チャンピオンズリーグを制したクラブを有するマケドニアとの試合を振り返る表情からは、ヨーロッパの強豪国がひしめく”死のリーグ”を戦い抜く覚悟が感じられた。

 日本代表は2020年の東京五輪を見据え、17年2月にアイスランド人のダグル・シグルドソン氏を監督に迎えて強化に取り組んできた。

 シグルドソン監督は、現役時代に国内リーグ5度の優勝を経験し、アイスランド代表として欧州選手権や04年アテネ五輪にも出場した。引退後はオーストリアやドイツのクラブで監督を務め、14年8月にはドイツ代表の監督に外国人として初めて就任。15年に国際ハンドボール連盟(IHF)の世界最優秀監督に選出されると、16年リオ五輪ではチームに銅メダルをもたらした。

 そんな”名将”が日本代表を率いることになってから約2年が経つ。当初はシグルドソン監督が選手たちと意思疎通ができていないと感じる場面もあったが、プレーメーカーのセンターポジションで先発することが多い東江雄斗が「監督が求めていることがわかってきました」と話すように、世界の強豪国に勝つための方向性が見えてきている。

 それが形になって表れたのは、予選リーグの第3戦。昨年のヨーロッパ選手権を制して世界選手権に乗り込んできたスペインとの一戦だ。試合開始直後から、ボールを持つ相手に2、3人が密集する機動力を生かしたディフェンスが機能。シューターにしっかりとプレッシャーをかけて楽にシュートを打たせず、前半を11-10と1点リードで折り返した。

 そんな日本の奮闘に会場はスタンディングオベーションに包まれ、後半の戦いに向かう選手たちを、入退場口に集った観客たちがハイファイブで送り出した。大きな力を得た後半は、開始7分までに12-16と一気に逆転を許したものの、再びディフェンスに集中。オフェンスでもコート幅をいっぱいに使う攻撃が効果を発揮して得点を重ねていった。

 観客たちは、ユーロ王者に必死に食い下がる日本選手たちを”ジャパンコール”で後押し。たびたびファインセーブを見せるゴールキーパーの甲斐昭人に対してもコールが巻き起こるなど、完全にホームゲームと化した。試合には22-26と惜敗したが、マン・オブ・ザ・マッチに選ばれたのは甲斐。日本選手たちの充実した表情と、負けた試合後のようなスペインの選手たちの表情が、両チームが得た手応えの差を物語っていた。




選手たちに指示を出すシングルドソン監督

 続く第4戦の相手は、昨年の欧州遠征での強化試合で25-42と大敗を喫した、シグルドソン監督の母国であるアイスランド。08年北京五輪で銀メダルを獲得するなど、「ハンドボールが国技」と言われるほどの強豪だ。

 そのアイスランドに対して、試合開始直後からペナルティスローを外したり、2分間の退場者を出したりとリズムに乗ることができず、10分を過ぎた時点で3-6。しかし、今の日本はその悪い流れを引きずらない。

 ディフェンスを立て直して失点を抑え始めると、東江のゲームメイクを中心に攻撃にリズムが生まれて1度は逆転。1点ビハインドで前半を終えた。後半10分にキャプテンの信太弘樹が不運なレッドカードで退場したところから5分間で3点差をつけられたが、堅守からの速攻などで後半23分には再び1点差に詰め寄った。

「残り7分で逆転か」というムードになったものの、相手ゴールキーパーのファインセーブもあり、連続得点で突き放され21-25で敗戦。それでも、相手に何度も流れを持っていかれそうになりながら、自分たちの時間を取り戻す強さ、終盤まで拮抗した試合を展開できるようになった日本の成長は、スコアが示すとおりである。

「成長している実感はあるんです。あとは勝利がほしい」

 シングルドソン体制になってから、元のライトウィングだけでなくバックプレーヤーとしても活躍している渡部仁は、大会期間中にしきりと「勝利」に対するこだわりを口にしていた。

 これまで磨いてきた「スピーディーでクリーンなプレー」は世界に通用する。その手応えを確固たるものにするため、何としてもほしかった勝利にもっとも近づいたのが、予選リーグ最後のバーレーン戦だった。

 中東のチームながら帰化選手に頼ることなく、ユース世代からの強化に成功したバーレーンに対し、日本はこの1年間で5連敗していた。しかしこの試合は、5-1ディフェンス(フリースローラインの中央付近に、ディフェンスをひとり配置する陣形)で相手エースの得点を封じた。

 前半は日本もシュートを決めきれずにリードされて終わったが、後半に入るとシンプルに真っ直ぐゴールへ向かう意識を徹底。この日9得点を挙げ、マン・オブ・ザ・マッチに選ばれた元木博紀を中心に得点を重ね、後半14分には19-14と5点のリードを奪った。

 渇望した勝利は目の前かと思われた。ところが相手の個人技を中心としたオフェンスでジリジリと点差を詰められ、残り40秒で同点、終了3秒前に逆転を許してしまった。

 リードして迎えた試合の終わらせ方が、今後の大きな課題となる。常に試合の主導権を握っていたにも関わらず、終盤のディフェンスで受けに回ってしまったことが相手を勢いづかせることにつながった。また、勝負どころでテクニカルミスが出たり、ペナルティスローを外したりと、精神面での成熟度も勝敗を分けた。
 
 リーグ戦後の順位決定戦を含め、あと一歩のところで勝ちきれなかったのは、土壇場でのシュートの精度、細かなテクニカルミス、勝ちきる気持ちといった、すべての要素における少しずつの差にある。

 その「あと一歩」がなかなか埋まらないことに、歯がゆさを感じるファンも多いだろう。しかし、着実に成長した日本がヨーロッパの強豪チームを苦しめ、開催地のみならず、自国応援のために会場に詰めかけた相手ファンの心をも動かしたことは間違いない。

 東京五輪まで一年半。ここまでの土台の強化が実を結ぶ時は必ず訪れる。監督や選手たちはもちろん、日本ハンドボール界全体で「あと一歩」の底上げをしてもらいたい。その積み重ねが、56年ぶりに日本で開催される大舞台での勝利につながるはずだ。