2014年のソチ五輪終了直後、髙橋大輔は笑いながらこんなことを話していた。「銅メダルを獲ったバンクーバー五輪の後で辞めなかったのは、あの緊張感を捨てがたかったということもあると思います。だからこの先、いつか引退してもまたやりたくなって…
2014年のソチ五輪終了直後、髙橋大輔は笑いながらこんなことを話していた。
「銅メダルを獲ったバンクーバー五輪の後で辞めなかったのは、あの緊張感を捨てがたかったということもあると思います。だからこの先、いつか引退してもまたやりたくなってしまうかもしれません。まだ辞めたことがないからわかりませんけど(笑)」
そんな彼の言葉を聞いていたからこそ、今シーズンの現役復帰を聞いた時に違和感はなかった。そして、5年ぶりに出場した全日本フィギュアスケート選手権で2位。2012年の2位以来の表彰台となった心境を髙橋はこう話した。
全日本選手権で見事2位表彰台の髙橋大輔
「すごくいい演技をして表彰台に立ったわけではないので、『まさか。あれっ?』という感じで、結果にすごくびっくりしていて。ショートの得点差で逃げ切ったのかな、と想像しています。でも、表彰台に立つというイメージをして挑んでなかったので、何か違和感がありましたね。『立っちゃったな』という感じで。でも、『こういう出来でこの場にいたくないな』というか……。やっぱりスッキリした演技でここにいたかったなと思いました」
20日の公式練習後には、「2週間前に跳べるようになった4回転トーループをショートプログラム(SP)に入れる予定はないですが、フリーには自分の緊張感などいろいろ考えながら、ギリギリまで悩んで決めたい」と話していた髙橋。
「復帰を決めてからは、もともと持っていた自分の感覚というよりも、今の自分に何が合っているかを考えながら練習をしてきた。手術もして、そのあとはずっと自分の膝とも付き合ってきたし、それ以外の部分でもダンスをしたりいろんなことを経験している。自分の体がどういうものかも、5年前よりわかってきた。それが今につながってきたのかなと思います。あとは気持ち的にもストレスフリーですから」
そう言って笑った髙橋は、挑戦する気持ちで滑ったSPは最初のトリプルアクセルの着氷でやや詰まってGOE(出来栄え点)の加点は伸びなかったが、その後の要素はしっかり加点をもらう滑りで88.52点を獲得。宇野昌磨に次ぐ2位につけた。
「これまでの2試合よりのびのびやれました。ジュニアの選手たちも4回転をやっている中、自分はトリプルアクセルで勝負するしかないので、それをきっちりやれば点数はあとからついてくると思っていた。ただ、コンビネーションはルッツも流れが悪かったので『うーん』というところですが、スピンとかステップなど、プログラム全体に関しては感情移入など、今シーズンで一番いい出来だったかなと思います」
髙橋は、SP後に表彰台を狙える状況になったことを聞かれると「100%の演技をしなければ表彰台は見えてこないし、それをやることが結構厳しいとも思っていた。だから表彰台というよりも、大きなミスなく終えることしかないかなと日々思っていました。負けたら負けたで、すがすがしいと思うだろうし、勝ったら勝ったで本当にうれしいと思う。どっちに転んでもスッキリ終えられるだろうなということだけははっきりしています」と明るい表情で答えた。
フリーは、前夜から「逃げ出したいと思うほどの緊張感があった」が、終わってみると「悔しさだったり喜びだったり、いろんなことを味わうことができた幸せも感じた」と言う。フリーで4回転を跳ぶことを決めたのは、6分間練習の時。そこできれいに跳べた瞬間、「これはやれということかな」と思ったという。
だが、その4回転は3回転に。そのあとのトリプルアクセル+2回転トーループは決めたが、連続ジャンプを狙った3回転フリップでは着氷で手を突いた。後半、最初のトリプルアクセルを決めて3回転ルッツには1Eu+3回転サルコウを付ける連続ジャンプにしたが、その後のループはパンクして2回転になり、最後のフリップでも着氷を乱してステップアウト。技術点は全体で12番目の63.60点だったが、演技構成点で得点を稼いで151.10点でフリー4位。合計を239.62点にして2位になった。
「調子から言えば出し切れてないふがいない演技でした。4回転を入れるプログラムの練習回数を考えてみると仕方ないかなと思いますが、この緊張感の中で4回転を入れるプログラムをやるには練習量が足りなかった。攻めた結果なのかもしれないけど、フリップで手をついたり、ループでパンクしたり、コンビネーションを付けられなかったり。あまりしないようなミスが悔しかったですね。この試合期間は楽しかったし、充実した日々を過ごせたけど、今日の出来に関してはスッキリ年越しできるような演技をしたかった」
また、自身の復帰で若い選手たちが刺激を受けたのではないかという質問には、こう答えている。
「お互いに刺激し合えたのではないかと思います。おっさんが頑張っているから、しんどいと言えずに『俺も頑張らなければ』と思ったり。僕自身も世界で戦ってきたしトップでいた時期もあるのでやっぱりプライドもあるし、負けたくない自分もいる。そういう面では『くそ、負けられないぞ』と、逆に若い子たちからパワーをもらったりしていました」
今回の全日本は、宇野が優勝して世界選手権代表を決め、ケガで欠場した羽生結弦がこれまでの実績で世界選手権代表に選ばれた。また、昨季の世界選手権5位の友野一希が全日本で4位に止まったことで、髙橋の世界選手権代表選出の可能性もあった。しかし、髙橋はそれを辞退した。
「ミニマムスコア(世界選手権に出る権利を得られるSPとフリーの技術点の最低点)を取りに行けば選出してもらえるので、行きたい気持ちはやまやまだったが、まだ自分に世界と戦う覚悟ができていなかったのが大きな理由です。現役復帰を決めて練習を始めたのも遅く、全日本でどこまでいけるかも想像できていない状態で、世界選手権は頭になかった。世界で戦うことの難しさや、精神力が必要なことは実際に経験しているからわかっているが、それを持てていない以上は出るべきではない。世界選手権で経験できることもいっぱいあるので、まだ先がある若い選手や、今日本を引っ張っている選手がその経験を積むことの方が、日本のフィギュア(のレベル)をもっと上げていくためには必要だと思って辞退しました」
現役続行を表明した髙橋大輔。来季へ期待がふくらむ
今年のNHK杯で、髙橋は1歳年下のセルゲイ・ボロノフ(ロシア)がSPとフリーで4回転トーループを1本ずつ跳んでいる姿に勇気をもらったという。もしも、髙橋が全日本のフリーで4回転トーループをきれいに決めていたら、世界選手権代表を辞退するという考えは少し変わっていたかもしれない。また、現役続行に関してはSPの後でこう話していた。
「やっぱり試合っていいなと感じた。自分の力を出し尽くす戦いをする場所というのは、居心地がいいというか、できれば長くやっていきたいなとも思う。この場所にとどまっていたい気持ちが強くなってきている。僕自身、これから長く現役をやれるわけではないし、あと何年やるのかもわからないけど、本当に時間も回数も少ないので、良くも悪くても精いっぱい試合を楽しみたいという気持ちは人一倍持ってやっています」
そして大会後、髙橋は今季残りの試合出場はないが、あらためて現役続行の意向を示した。目指していた「スッキリ終わる」ことができなかったからこそ、「今度は絶対に4回転をきれいに決めてやる」と思っているはずだ。4回転を跳ばない構成で全日本2位になった髙橋には、まだまだ伸びしろがある。来シーズン、4回転を跳ぶようになった髙橋大輔が戻ってくる楽しみも出てきた。もちろん、そのときは世界の舞台で戦うことも視野に入れているはずだ。