神野プロジェクト Road to 2020(24) 福岡国際マラソンが終わって、数日後――。あの42.195キロを振り返った時、神野大地はいつものように丁寧に、明確に状況を説明し、自分の感情を素直に吐露(とろ)してくれた。起きた出来事を…

神野プロジェクト Road to 2020(24)

 福岡国際マラソンが終わって、数日後――。あの42.195キロを振り返った時、神野大地はいつものように丁寧に、明確に状況を説明し、自分の感情を素直に吐露(とろ)してくれた。起きた出来事をポジティブに捉えていたが、突き付けられた現実は相当に厳しく、ときおり言葉の端々や表情に落胆や苦悩が滲み出る。

 レースにおける収穫はあったが、MGC(マラソン・グランド・チャンピオンシップ)獲得という目標は達成できなかった神野にとって、福岡国際はどんなレースだったのであろうか。



12月2日の福岡国際マラソンで腹痛と低体温症を発症し、29位に終わった神野大地

―― 福岡国際マラソンまでの調整はほぼ完璧だったようですね。

「充実した練習ができましたし、栄養面も計画通り調整できてエネルギーも十分でした。レース当日の朝は、腹痛対策としておかゆを摂りました。エネルギーとしては白米がいいんですが、内臓に負担をかけないためです。これは、10月末に久米島マラソンに出た時、1週間、血糖値をモニタリングしたんですが、42.195キロを走っても血糖値はまったく下がらず、エネルギーの心配はあまりしなくてもいいことが分かったんです。それで、消化のいいおかゆにして、あとはバナナと味噌汁を摂りました」

―― 最初の5キロは15分04秒、ペースメーカーの後ろを走り、順調そうでした。

「レースは、ペースメーカーが約3分ペースで刻んでいましたし、暑かったけど問題はなかったですね。走る位置は、最初なかなかいいところが掴めませんでした。僕は、集団の中で走るのが苦手なんです。何回か試したんですが、自分の前後左右に人がいると息苦しくて力みが出てしまう。

 で、途中から道路の中央寄りのペースメーカーのうしろがすごく走りやすいのが分かって、そこにいました。ただ、そこは走りやすいんですが、給水の時は歩道側によって行かないといけなくて、その時に周りの人達が急に前にかぶせてくるんです。その時はちょっと危ないですが、やっぱり自分の走りやすいところで走る方がいいかなと(進行方向に向かって)一番右側を走っていました」

 神野は5.5キロ付近で給水を取った。糖分が少ないスポーツドリンクにしており、これも上尾ハーフで試したものだった。

 気温は20.1度、予想外の暑さに神野のユニフォームは汗で濡れていた。10キロは30分09秒、5キロのペースは15分05秒、15キロは45分15秒、5キロのペースは15分06秒、20キロは60分17秒、5キロのタイムは15分02秒とキロ約3分ペースの安定したタイムを刻んでいた。ハーフのタイムは、63分38秒、このままのペースでいけば、2時間8分台を十分に狙える。だが、25キロ付近、神野がちょっと苦しそうな表情を見せ、先頭集団から落ちてきた。

―― 25キロ付近で体に異変が起きた?

「20キロから25キロの間、お腹にちょっと痛みを感じたんです。ベルリンで一気にペースを速めた時、痛みがひどくなって治らなかったので、ここは自重しようと少しペースを落としました。それで一旦、うしろの集団で走ることを選択したんです。ハーフまではいい感じでしたし、25キロ地点では先頭とは6秒差、30キロも10秒差で、まだ前が見えていた。これならかなり遅れても10分台でいけると思っていました」

―― 腹痛はあったけど、落ち着いてレースができていたということですか。

「うーん、じつは少し痛みが出た時、『またかよ』と思って気持ちが少し落ちました。走る前は腹痛のことを意識しないようにと思っていたんですが、25キロで少し余裕がなくなってきている中、腹痛が起きたのでそこからは『強い痛みがきたらヤバい』と腹痛のことばかり考えていました。

 しかも、先頭集団から離れてしまったので、このレースでMGCを決めないといけないというプレッシャーを感じたんです。20キロまでは無心で走れていたんですけど、いざ遅れてしまうとクリアするためには何秒でいかないといけないとか、すごく考えてしまった。そのプレッシャーを抱え、腹痛もこれ以上痛くならなければいいなと祈っていたんですが、32キロで痛みが出てしまって……」

―― ベルリンマラソンの時のような激しい痛みですか。

「右の横隔膜と肝臓の間がキリキリ刺し込むような強い痛みです。これで一緒に走っていた集団からも遅れていくことになったのですが、腹痛があっても5キロ16分前後では走れるんです。この時、そのペースでいければMGC獲得の2時間11分42秒はクリアできるなという感覚でした。でも、この後に低体温症になってしまって……」

 37キロ付近で神野は低体温症を発症した。低体温症とは、気温の低下など何らかのアクシデントにより体温が異常に低下したことをいう。スタート時の20度という暑さとはうってかわってレース後半はくもり空になり、冷たい北風が吹くなど寒暖差が非常に大きかった。

―― 後半はかなり冷え込みました。低体温症は天候の影響が大きかったということですか。

「スタート時がかなり暑かったので脱水症状にならないことを意識して、15キロ付近で水を体にかけたんです。その時は問題なかったのですが、25キロ過ぎから風速2~3mの冷たい風が吹いてきたんです。その頃、ペースが落ちていたので体が温まってこないし、逆に前半に汗をかいていたので冷えてきたんです。それなのに32キロ地点でもらった水を飲まずに無意識に体に水をかけてしまったんです。それが大きなミスでした」

 32キロで体にかけた水が低体温症を誘発するトリガーになってしまった。その結果、37キロ付近から残りの5.195キロはほとんどジョグのような走りになった。レース終了後、神野は「寒い」と体を震わせ、暖を取るために控室に戻ると5、6人が低体温症を発症していたという。

 その夜、神野は窪田忍(トヨタ自動車)に低体温症になったことを話した。すると、「水かけた?」と聞かれた。窪田は今年、びわ湖毎日マラソンに出場し、気温が高い中、32キロまで日本人トップを独走していた。前半から体を冷やすために水をかけていたが、途中から海風が吹いて低体温症になり、35キロからズルズルと順位が落ちていった。最終的にゴールするのがやっとという痛い経験をしていたのだ。

―― 低体温症は水かけたのが原因だった。

「そうです。でも、(服部)勇馬や川内(優輝)さんは僕以上に体にバンバン水をかけていたんですよ。でも、低体温症にならなかった。そこで窪田さんに言われたのは、『服部選手や川内選手は筋肉量が多いので、体を動かすと体が温まる。でも、神野のように体重が軽い選手は筋肉量が少ないので温まりにくいのだと思う』と言われたんです。あぁー、32キロで(水を)かけちゃったなぁと思って。窪田さんはその経験から暑くなっても体にはかけず、今回も手にしか水をかけなったそうです。これは、自分にとってはすごくいい経験になりました」

 今回は腹痛に加え、低体温症というダブルパンチを喰らい、望んだ結果を得ることができなかった。低体温症は今回の経験を活かして対処できるが、問題は福岡を含めて全4レース中すべてに起きている腹痛である。これまで医学的な検査をすべて行ない、疾患的な要素はなかったことが確認された。また、腹痛対策として缶詰を食べる等々、いろんなことを試してきた。しかし、いずれも腹痛の発症を抑えることができなかった。

 神野のトレーナーである中野ジェームズ修一はドクターをはじめ、他アスリートやトレーナーから腹痛の原因や対処法などを聞いてきたという。それぞれが語る対処法は医学的根拠がなく、個人差もあり、神野にフィットするかどうか分からない。

 それに、腹痛がほぼ100%の確率で起きている現状を考えると、もはや発症させないのではなく、起きた状態のままどう対処していくのかを見つけなければならない。

 中野は「それが非常に大事なこと」だという。

 それさえ見つければ、腹痛に悩まされることなく、42.195キロを走ることができる。フルパワーでまだフルマラソンを走ったことがない神野の能力は未知数だが、MGCに出場できれば大迫傑、設楽悠太、服部勇馬らと対等に戦えるだけの走りを見せてくれるかもしれない。

―― 対処法をいかに見つけられるか、ということですか。

「そういうことです。でも、神野が、それを探せていないのは、まだ経験の浅いアマチュアアスリートだからなんですよ」

 中野は厳しい表情で、そう言った。