スポーツ界の第一線で活躍しているアスリートに、幼少期の習い事について訊く連載。自身の経験を振り返っていただき、当時の習い事がどのようにその後のプレーに活かされたか、今の自分にどう影響しているかを伺います。

 剣道や野球に励んでいた小中学校時代を経て、高校入学とほぼ同時に柔道を始めた小川直也さん。剣道や野球の経験はどのように生かされたのでしょうか?

2人の息子はバレエ教室に通っていました

――柔道のスタートが高校からというのはかなり遅いほうだと思います。

子どもらしい子どもでしたからね。小中学生のころは遊んで塾にも行って、のほほんとしていました。のほほんとした期間が長かったからこそ、15歳で柔道を始めてからオリンピックにたどり着いて28歳で辞めるまで、ものすごく濃く凝縮できたのかもしれないですね。

僕は詰め込まれるのは無理な性格なので、小さいころからやりすぎていたら、大人になるころには疲れちゃっていたと思う。でも、自分が詰め込まれても真剣になれるものに出会えてなかったからふらふらしていたのかもしれない。なぜか柔道だけは詰め込まれてもできた。柔道だけは「俺に合っている」と思いながらやっていましたね。

――子どもが習い事に夢中になれないと気になっている親御さんの励みになりますね。

親御さんたちは自分の子どもに多くを求めてしまいがち。自分の子どもなんだから自分以上のことは求めないくらいの心構えのほうがいいんじゃないですか。僕は息子たちが小学校のころは押し込むことはまったくしませんでした。自分が押し込まれると嫌だったから。

――息子さんにはどんな習い事をさせましたか。

何かしら体を動かしたほうがいいとは思っていたので、長男(柔道男子100キロ超級日本代表の小川雄勢選手)は2歳半から駅前のクラシックバレエ教室に通っていました。スイミングスクールにも行かせていましたね。5歳下の次男は、兄貴についてやはり物心つく前からバレエと水泳を習っていました。2人とも、てっきりバレエの道に進むのだと思っていました。

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子どもの勝利至上主義には疑問

――柔道を習わせたいとは思わなかった?

思いませんでした。そのころは柔道を辞めてプロレスに行った人間でしたから。子どもたちには自分が柔道をしていたことは話していませんでした。2004年から参加したハッスルは1週間に2回3回巡業があり家を不在にすることが多かったので、妻にまかせていたということもあります。

長男が小学3年生くらいのときに、たまたま母校(明治大学)の道場にトレーニングに一緒に連れて行ったんですよ。それが子どもたちが柔道を知ったきっかけです。クラシックバレエは女の子の生徒が約300人、男の子は10人くらいしかいない。女の子の世界です。長男は、男ばかりの道場が珍しくて魅力を感じたんでしょうね。そのころは僕に似て体が大きくなってきて、バレエでは「痩せろ、痩せろ」と言われていたというのもあると思う。

それで急に柔道に興味を持って、勝手に図書館で同期の古賀稔彦の書いた本を借りてきた。読んだら僕が出てきてびっくりしていました。開けてはいけない箱を開けてしまったという感じです(笑)。

――そして息子さんご本人が柔道を始めたいと。

はい。それから一緒にいろんな道場を回ったんです。でもちょっと違った。子どものうちは柔道が好きになるように、伸び伸びと習わせたいと思っていたけれど、近くの道場はどこも「ああしないといけない、こうしないといけない」。試合も勝利至上主義。そりゃ、トップ選手になれば勝ちにこだわって当たり前だけど、始めたばかりの子どもたちにそれ必要ですか。

これは違うな、と思って、自分の子どもだし僕が教えるか、ということでつくったのがこの道場(小川道場/神奈川県茅ヶ崎市)です。周りにあちこち道場があってライバル意識を持つのもよくないだろうと思って、この辺りはほかに道場がないんで、伸び伸びやらせています。実際に始めたのは長男が小学4年生になるころ、次男は幼稚園に入る前からですね。

――バレエの経験は活きましたか。

バレエの体幹の鍛えられ方はハンパない。長男は僕に体型が似ていると言われるけど、下半身の柔らかさ、体幹の強さは僕以上にあり、柔道を始めてからも軸がぶれることがない。なにせバレエ教室に男の子が少なかったので、発表会では女の子よりも出番が多い。最初から最後まで出ずっぱり。練習もかなりハードでした。

スポーツは何よりケガをしないことが大切。そのためには地道な練習するしかない。今思えば、バレエで地道に鍛えられたことが柔道に活かされていると思います。

▲息子の雄勢選手(右)との写真(提供)

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毎日練習すれば強くなるというわけではない

――親として勉強とスポーツの両立についてはどのように考えていますか。

うちの道場は文武両道なんです。教育委員会は最近、中学高校の部活動は週2日以上の休養日を設けるべきだと打ち出していますが、当たり前です。休みがないと勉強する時間がないし、生活にメリハリもつかない。

現役時代、僕は率先して休みを取っていたので「あいつはあんまり練習しない」と言われていたけど、毎日練習すれば強くなるというわけではありません。勝ったときはそういう姿勢はフィーチャーされないけど、負けると「練習が足りない」と言われるんですよね。

息子はずっと塾に通っていましたし、数学は僕も教えていました。数学が好きだったんです。学校よりも塾の数学の先生が好きだった。解き方も学校で習う方法だけでなくいろんな方法があると教えてくれて、「答えが一緒なら学校のやり方にこだわるな、遠回りをしないで簡単な方法を考えろ」と言ってくれた先生でした。

――柔道を指導するとき、自分の子どもについ熱くなってしまうということは?

それはないですね。冷静に教えて伝わらなかったら、子どもを責めるより「自分の教え方が下手なんだ」と自分を責めるほうですね。長男は小中学生のころは飛び抜けて勝つことはありませんでした。「小川の息子なんだからもっとできるんじゃないの」と言われたこともあったけど我慢していました。

というのも、子どもは成長の速度がさまざま。小学校で体ができあがって大人のようになる子もいれば、高校くらいでやっと完成する子もいる。早く大人になった子は当然強いので、その子との試合を避けるために減量するなどしてクラスを無理に変える子もいる。でも、そういうことはやらせないように我慢していました。自分の子がどこで伸びるかわかっていたから。人生のなかでどこに頂点を持っていくようにするかですよね。

少年柔道の大会などに行くと親御さんたちが躍起になって大変ですよ。みんな世界チャンピオンを目指して無理難題を言うから。まだ小学生なのに、勝てないと「うちの子には合わない」と言う。横で聞いていて、その子はたいへんだなと思っています。習い事をするときは、自分の子をよく見ることも大事だけど、信頼できる専門家にまかせることも大事。

――今後の活動について教えてください。

東京オリンピックまでは長男をサポートしますが、それ以降は本人に任せます。一人の選手なので、自分で指導者を選べるようにもならないと。小川道場は、亡くなった恩師・小野実先生の遺志を引き継いで作ったということもあります。柔道界を支えるべく、昔の僕みたいにふらふらしたやつを発掘して、世界に出ていける選手をたくさんつくっていきたい。もちろん柔道で世界的な選手に育ってくれたらうれしいし、僕が剣道や野球を経験して柔道に巡り合ったように、柔道を経験したことを活かして、その後、別の分野で世界に出ていくのもいい。そういうアドバイスができる指導者になりたいと思います。

[プロフィール]
小川直也(おがわ・なおや)
1968年生まれ、東京都出身。高校時代から柔道を始める。1986年明治大学入学、全日本学生柔道選手権で優勝し史上2人目の1年生王者に。1990年明治大学経営学部経営学科を卒業し、JRA日本中央競馬会に入会。1992年バルセロナ五輪柔道男子95kg超級で銀メダル獲得。1996年アトランタ五輪柔道男子95kg超級5位。1997年プロ格闘家に転向。新日本プロレスのほか、総合格闘技イベント「PRIDE」「ゼロワン」「UFO LEGEND」などに出場。2004年プロレスイベント「ハッスル」に出場。2006年、神奈川県茅ヶ崎市に柔道場「小川道場」開設。2013年、筑波大学大学院で修士(体育学)学位取得。

<Text:安楽由紀子/Edit:丸山美紀(アート・サプライ)/Photo:小島マサヒロ>