神野プロジェクト Road to 2020(21)福岡国際マラソン決戦前夜(前編) 12月2日に行なわれる福岡国際マラソンの2週間前、神野大地は上尾シティハーフに出場した。設楽悠太(したら・ゆうた)、川内優輝に加え、箱根駅伝を走る学連の…

神野プロジェクト Road to 2020(21)

福岡国際マラソン決戦前夜(前編)

 12月2日に行なわれる福岡国際マラソンの2週間前、神野大地は上尾シティハーフに出場した。設楽悠太(したら・ゆうた)、川内優輝に加え、箱根駅伝を走る学連の選手たちが多数参加するなか、レース感を養い、現在の状態を計るには絶好のレースだった。

 気温12度、風もなく曇り空で走るには絶好のコンディション。午前9時に号砲が鳴り、スタートした。神野は、先頭集団についていく。1キロを2分51秒、速いペースでレースが展開していった。



上尾シティハーフで順調な仕上がりを見せた神野大地

―― 最初、ペースが速かったですね。

「速いなって思っていたんですが、とくにキツイ感じもなく、すごくいい感じで走ることができていました。ただ、レース展開の変化が2回あって、ひとつは10キロ地点です。留学生2人と中央大の中山顕(けん)くんの3人がポンと前に出て行ったんです。僕も前に行こうかなって思ったんですが、『2週間後が本番だぞ、ここは我慢だ』って言い聞かせていたら(設楽)悠太さんも自重して走っているのか、その集団について行かなかったんです。それで自分も冷静になれて無理しないように自分のペースを刻んで走ることができました。

 でも、13キロかな、悠太さんがいきなり前の集団を追いかけようとペースを上げたんですよ。ラップが8秒ぐらい上がったんですけど、そこで自分も悠太さんに乗って行ってしまったんです(苦笑)。その間のペースは1キロ2分49秒で、このペースなら今回目標にしていた62分台は余裕でいけるなって思って走っていました」

―― タイムは62分19秒、ドンピシャでした。

「最後までわりと冷静に無理せず走って、80%ぐらいの力でそのタイムを出せたので、状態としてはかなりいい感じです。20キロも58分58秒で、これでいければ福岡国際は後半66分かかっても8分台でいける。福岡は、ハーフでのトップが大体63分20秒前後なので、ここから2週間後に63分台で走ることがきつくなることはない。当日は不安なくスタートラインに立てるかなと思います」

 神野はこの上尾ハーフの前、宮崎で1週間の合宿をこなしてきた。そこで約220キロを走り、さらに3回、40キロ走などのポイント練習を入れた。「ここでこのくらいやらないと福岡で結果を得られない」と、自分を追い込んだのだ。ハードな練習にともない、食事、とりわけ白米をしっかり摂るようにしてきたという。

―― どのくらいの量の白米を摂っているのですか。

「朝と昼は毎日250グラム、夜は350グラム、今は400グラム食べています。それだけ食べても体重を維持するので精いっぱいですね。ベストの体重が46.8から47キロなんですが、太りにくいというか、筋肉がつきにくい体質なので食べないとすぐに落ちてしまう。意識的に決めた量を必ず食べるようにしています。ただ、タンパク質を摂る量は制限しています。血液検査で尿素窒素という項目があるんですが、1年前はその数値が高かったんです。それだと疲労が抜けにくい状態になってしまうので」

 尿素窒素とは、血液のなかの尿素に含まれる窒素成分のことで、たんぱく質が利用された後にできる残りかすだ。腎臓でろ過されて尿中へ排出されるが、腎臓の働きが低下すると、ろ過しきれない分が血液のなかに残る。尿素窒素の数値が高いと腎臓の機能が低下し、疲労が抜けにくくなるのだ。そのために神野はタンパク質を摂る量を制限し、この半年間は正常な数値を維持するようになった。

「タンパク質は制限していますが、糖質は摂っています。たくさん練習するとエネルギーを使うし、寝ている間にもエネルギーは消費されているんです。糖質がないと疲労回復が遅くなるので、そのためにも白米を食べます。そのおかげで僕はこれまでマラソンでエネルギー切れを起こしたことがないんですよ。普段からたくさん食べ、自分の中のエネルギータンクを大きくすることで、十分にエネルギーを蓄えた状態でスタートラインに立てるようになっています」

 豊富な練習をこなし、十分な栄養と睡眠をとる。それはマラソンに限らず、どんなアスリートにとっても基本中の基本だ。それをこなした上で、どのように本番前に自分を整えていくと結果が出るのだろうか。

―― こうしたら結果が出る、そういう確固たる流れみたいのはありますか。

「僕の場合、きつい練習期にどれだけ充実した練習ができるかどうかがすごく大事。その練習ができた上でしっかりと自分の身体をケアする。日々、それを繰り返し、試合の週に入って練習量を落としていくと疲労が抜けて自然と調子が上がっていくんです。それで試合に外したことはほとんどないですね」

―― 日常的なケアがポイントになる。

「青学大の時に練習でできているけど試合になると走れない人がいたんですよ。その時、自分はなんで走れるのだろうって考えたら、毎日人一倍身体のケアをしているからだとわかったんです。どんなに練習がきつくても、ケアを続けることが大事ですし、ケアして試合の週に練習量を落としていくと体の調子が上がってくるのを学生時代の時に学んで、今もそれを実践しています」

 ハードな練習後も軽くジョグをする。練習で筋肉を使うと疲労関連物質が発生するが、終わった後にジョグなど軽めの有酸素運動をすると血行がよくなり、早くその物質を体内処理することができる。この有酸素運動に加え、筋肉を伸ばすストレッチ、さらに筋肉の炎症を抑えるアイシング、筋肉の緊張を和らげる入浴を神野は欠かさない。

 福岡国際マラソンまで、トレーニングスケジュールは順調に消化している。上尾ハーフの週はレースを走るために少し練習量を落とした。そのために上尾が終わった19日からの週は練習量を落として疲労を取っていく。

―― 福岡国際マラソンでの目標は?

「まずは確実にMGC(マラソン・グランド・チャンピオンシップ)の権利を獲得すること。2時間11分42秒で走れば、MGC出場の権利を獲れるので、まずはそこですね。それを目指したなかで、何人海外の選手を倒せるか、日本人のなかで何位にゴールできるか……です。レースに出るからには誰にも負けたくない気持ちはあります。総合で3位内に入れるような結果がついてくれば最高ですが、その結果を出せるだけの可能性はあると思っています。いろんなことがうまく重なっていけば優勝の可能性だってゼロじゃない。ただ、今回、走る日本人はかなり強いですけどね」

 神野は、凛とした表情を見せた。

 今回、昨年の今レース日本人トップ、また今年のシカゴマラソンで日本新記録の2時間5分50秒を叩き出した大迫傑(すぐる)はエントリーしていない。だが、今年の東京マラソンで大迫に破られるまで日本記録保持者だった設楽、昨年の世界陸上ロンドン大会マラソンに出場した中本健太郎、川内ら国内の有力ランナーが出場予定だ。

「今回、日本人はかなり強い選手が揃っている。でも、僕は冷静にMGCを獲るという最大の目標を見失わないように戦いたいと思います。もう1年前の自分とは違うんで……」

 1年前、初マラソンで走った苦い記憶。神野は、鮮明にあの時のことを覚えていた――。

つづく