いまの時代にも、こんな選手がいるのか──。思わず、目を奪われたのが木更津総合の背番号16・田中斗暉也(ときや)だった。 指1本分や拳1個分どころではない。”これでもか”というぐらいバットを短く持っている。握って…

 いまの時代にも、こんな選手がいるのか──。思わず、目を奪われたのが木更津総合の背番号16・田中斗暉也(ときや)だった。

 指1本分や拳1個分どころではない。”これでもか”というぐらいバットを短く持っている。握っているのはグリップテープの一番上。”最短”の部分だ。



極端にバットを短く持つ木更津総合・田中斗暉也

 昨夏の甲子園で史上最多の68本塁打が乱れ飛んだように、現代の高校野球はホームラン全盛時代。とにかく思い切ってスイングする選手が増えているなかで、昭和を思わせる田中のスタイルは異彩を放っている。

「初めは、長く持っていたんです」

 少し照れながら、田中は言った。中学時代に所属した千葉西シニアでは、1番か2番を打っていた。「中学まではロング(長打)を打てるバッターだと思ってました」。実際に長打を打てる打者だった。ところが、高校入学後、現実を知ることになる。

「高校に入っても長打を狙ってたんですけど、自分は身体も小さいし、そんなバッターではないなと。気づいたのは2年になったときぐらいです」

 168センチ、62キロの田中だが、身長は中学時代からあまり伸びていないという。短く持ったのは、常々、五島卓道監督が「打てないヤツはバットを短く持て」と言っているからだ。これはチームの徹底事項になっており、下位打線はもちろん、初戦で5番を任された太田翔梧も指数本分短く持っている。「先輩たちもみんな短く持っていましたね」(太田)。短く持ったきっかけについて、田中はこう言う。

「最初はここまで短く持ってなかったんです。短くしたあとも1回、長く持ったこともあるんですけど、打てなかった。自分はスイングスピードも速くないし、中途半端に短く持っても打てない。どうせ打てないなら短く持とうと思って今のスタイルになりました」

 ちなみに、バットを短く持つことを嫌がる高校生は多い。全員に短く持つことを徹底させている北海の平川敦監督はこんなことを言っていた。

「こっちが見ていなかったりすると、気づいたら長く持っているヤツはいます。『やってないだろ?』と言っても『やってます』と言ったりするから、ビデオに撮って証拠を残すこともありますよ」

 指導者がいくら言っても従わないのには理由がある。ひとつは、振りにくいから。慣れの問題が一番大きいが、グリップを多く余すことで「振ったときに腕に当たる」と言う選手もいる。田中も初めから気持ちよく振れたわけではない。

「最初は違和感や振りにくさがありました。慣れるまでに半年ぐらいかかりました」

 もうひとつは、やはり飛距離が出ないからだ。

「短く持つことによって遠心力も半減するし、ロングも出にくくなります。そこは割り切って、コンパクトに鋭く振ることを心がけています」

 その際に田中が意識しているのは、言葉のイメージにだまされないことだ。

「短く持ってコンパクトに振る」というと、どうしても当てにいく感覚になるが、それでは鋭い打球は生まれない。

「当てにいってフライを上げてしまうことがあったので、しっかり振り切ること、強い打球を打つことは心がけています。それに僕の場合は、ずっと試合に出ていられる選手ではない。いつ最後の打席になるかわからないので、(悔いを残さないためにも)しっかり振るようにしています」

 その結果、このバットの持ち方でもときどき長打が出るようになった。高校通算本塁打は4本を記録している。今夏の東千葉大会では3打数1安打だったが、その1本は二塁打だ。しっかり振って、芯に当たれば、どんなに短く持っても打球は飛ぶ。

 誰よりも短く持つ田中。人と違うだけにある意味目立ってしまう。決して格好はよくない。ヤジられることもある。だが、今はこのスタイルに誇りを持っている。

「周りから『短くねーか?』と言われることもあります。でも、自分はそう言ってくる人は素人だと思うんです。野球をわかっている人、玄人は(このスタイルを)わかってくれると思います」

 初戦の敦賀気比戦では7番・レフトでスタメン出場。一死一塁で回ってきた第3打席でライト前ヒットを放ち、ホームを踏んだ。

「自分は脇役。つないでいくのが役割なので、次もつなぐバッティングをしたい」

 塁に出る人がいれば、つなぐ人も、還す人もいる。それぞれが役割を果たし、初めて打線になる。みんなが同じでは、つながらないのだ。田中は”昭和スタイル”で存在感を見せる。