今年から新設された国際大会、ネーションズリーグを戦う全日本男子バレーボールチームで、身長178cmのアタッカー・浅野博亮(ひろあき・27歳)が躍動している。スパイクだけでなく、正確なレシーブで守備面でもチームに貢献。大阪で行なわれている予選ラウンド第3週でも活躍が期待されている。



VリーグのジェイテクトSTINGSでも攻守で活躍する浅野博亮

 全日本のエースで191cmある石川祐希でさえ、海外の代表クラスの選手と比べると「小型アタッカー」と言われるバレー界では、浅野は「ちびっこ」と言ってもいい。本人もそれを自認しており、「ちっちゃいけど、よく跳ぶのが自分の売りです」と笑う。

 浅野が辿ってきた競技人生は、他の代表選手のそれとはだいぶ違う。両親がバレーをしていたことから5歳からバレーを始め、中学3年の時には全国中学選抜に選ばれたが、高校までで「トップレベルのバレーはもうお腹いっぱいだな」と考えていた。

 強豪大学からの誘いを断って兄のいる愛知大学に進学したところ、1年生からエースとなり、兄と共にチームを強くしてしまったことで、図らずもバレー漬けのキャンパスライフを送ることになった。ただ、バレー関係者から注目される選手にはなったが、Vリーグでプレーすることはまったく想定していなかった。

「その頃は、Vリーグの仕組みもよくわかっていなくて(笑)。どんなチームがあるのかとか、プレミアリーグの下にチャレンジリーグがあるとか、そういうことすらも知りませんでした」

 そんな浅野が就活に疲れてきた頃に、ある大学のバレー部監督になる話と、現在の所属チームであるジェイテクトSTINGSの社員選手になる話を同時にもらった。迷った浅野が小学生時代から大学までの恩師たちを訪ねて相談したところ、「自分のチームからVリーガー(当時は2部に当たるチャレンジチーム)が出てくれたら嬉しい」という声が多く、徐々にその気になっていった。

 大学の監督になるための試験を受ける予定だったが、ジェイテクトの面接がその1週間後に控えていた。監督の件は、8割方受かるだろうが100%ではない。対してジェイテクトの面接は100%受かると伝えられていた。

「この順番が逆だったら、今の僕はなかったかもしれません」

 打算もあったが、両親からもジェイテクトについて「トヨタ系列だからいい会社だよ」と言われたことも入社を後押しした。現在は採用部門で仕事をしながらバレーを続けている。

 朝は満員電車に揺られ、半日仕事をしてから体育館に向かう。採用部門のホームページで、動画の制作などにも携わっているそうだが、Vリーグのプレミアリーグ(1部リーグ)でこれだけ社業と競技を両立させているチームは少ない。

 そのジェイテクトでは躍動感あふれるプレーで活躍し、2015年に全日本に初選出された。浅野はその時の心情を「まさかと思いました。背も低いし、こんな細い俺をよく選んだなと。最後のメンバーには残らないんだろうなとも思っていましたけどね」と明かすが、結局は秋のワールドカップまでメンバーに残った。

 当時、全日本チームでブレイクしていたのが、石川祐希・柳田将洋・山内晶大・高橋健太郎という若手4人で結成された「NEXT4」というユニットだった。ルックスがよく、多くのファンを獲得した4人に対抗し、浅野は仲のいい出耒田敬・松岡祐太・児玉康成と共に「ファンタスティック4」を結成。「小さい、でかい、腕が長い、うるさい」をキャッチコピーに団結し、存在感を示したりもした。

 昨年にスタートを切った中垣内ジャパンでも全日本メンバーに名を連ねたが、アタッカーではなく、守備専門のポジションのリベロとしての登録だった。最初は戸惑いもあったというが、すぐに気持ちを切り替えたという。

「2016年に膝をケガして考え方が変わりました。靭帯を切ったことで引退も頭をよぎったんですが、そこからは『みっともなくても、なんとしてでも全日本にしがみついてやろう』と思うようになったんです。昨年のグラチャンでは少しだけリベロとして出場し、そこでレセプション(サーブレシーブ)やディグ(スパイクレシーブ)、2段トスも上げられた。そこでひと通りできたことが、今の糧(かて)になっています。

 東京五輪のメンバーに残ることを考えた時、リベロをやった経験があることは”売り”にできると思うんです。オリンピックは他の大会と違って、リベロがひとりしか登録できない。その選手が大会中に故障したらピンチですが、僕がいればすぐに対応できる。そうでなければ普通にサイドアタッカーとして使えるとなれば、便利ですもんね」

 そう思えるのも、今年度のチームにサイドアタッカーとして招集されたからこそ。今回もリベロとして呼ばれたら、もう辞退しようと決めていたという。身長が低いアタッカーとしてレセプションは重視しているが、攻撃力が落ちてもいいとは考えない。スパイクの打ち方も上背のあるアタッカーとは違う。

「中学までは余裕でアタックラインの内側に打ち込んでいました。今の石川とか柳田みたいにかっこよく(笑)。『ここに打つ』と決めて、そこに実際に打てていた。だけど、高校に入ってネットの高さが上がってそういう決め方ができなくなってからは、ブロックを利用して打つことを意識しています。それは国内、世界の試合でも変わらない。僕からしたらどんな試合でもブロックは高いので、そこでどう決められるかだけを考えています」

 全日本メンバーに招集されるまで、世界を相手に戦うことは考えていなかった浅野。しかし今では、「(全日本で)美味しい蜜を吸って、逃げられなくなってる(笑)」と執着心が生まれ、それが成長の原動力になっている。

「ここ3年は”陰の全日本”だったので、そろそろ表に行きたいですね」

 自らを客観的に分析しながら、胸のうちに野心を抱く小さなアタッカーは、虎視眈々と”全日本の顔”を狙っている。