名コーチ・伊勢孝夫の「ベンチ越しの野球学」連載●第23回 ついにプロ野球が開幕した。今シーズンのセ・リーグは、戦前の…
名コーチ・伊勢孝夫の「ベンチ越しの野球学」連載●第23回
ついにプロ野球が開幕した。今シーズンのセ・リーグは、戦前の予想では3連覇を狙う広島が頭ひとつ抜けているというのが、評論家たちの見方だった。では、その広島を追うチームはどこなのか。奇しくも、その候補に挙げられている巨人と阪神が開幕カードで対戦した。はたして、この両チームは広島の強力なライバルとして台頭することができるのだろうか。名コーチとして鳴らした伊勢孝夫氏の目に、巨人×阪神の開幕カードはどう映ったのだろうか。
(●第22回>名コーチ怒る!「注目ルーキーの敵は、打撃ケージに群がる評論家だ」)

開幕スタメンを果たした成長著しい4年目の巨人・岡本和真
結論から言えば、両チームとも広島と優勝を争うだけのチーム力は十分にある。だが、開幕3連戦ではともに欠点も目立ち、このままでは”広島のしっぽ”をつかむのが精一杯で、なかなか引きずり下ろすまでには至らないのではないだろうか。
もちろん収穫はあった。巨人ではなにより岡本和真の成長だ。キャンプでも見たが、そのときより数段スイングがシャープになっていた。印象的だったのは3月31日の開幕2戦目の6回、藤浪晋太郎の真ん中高めのストレートを振り負けずにレフト前に弾き返した一打だ。うまくバットのヘッドを立てた”技あり”の安打だった。
また8回には、藤川球児のフォークをうまく拾ってレフトスタンドに放り込む本塁打。こちらはややボールが甘かったとはいえ、これも技あり。藤浪の高め、藤川の低めと”高低”をしっかりとらえられている点が素晴らしい。
岡本の好調はしばらく続くと思うが、問題は2周(まわ)り目の対戦になったときだ。相手バッテリーは最初の対戦である程度、岡本の得意なコース、球種を把握するはずだ。それを踏まえた上でどのような配球で攻めてくるのか。
その兆候ともとれるシーンが開幕カードにあった。たとえば3戦目の8回、阪神の石崎剛に三振を奪われたシーンだ。150キロ台のストレートと130キロ台のスライダーを投げ分けられ、最後は抜け気味のスライダーを見逃し三振。一瞬、体は反応したが、ピクッと止まったところをみると外角のストレートを待っていたのかもしれない。要するに、手が出ない見逃しだった。
見た限り、内角に強いストレートを見せて、外角のストレートかスライダーで打ち取るというのが基本パターンだろうか。少なくとも外角のスライダー系のボールは、まだ対応しきれていない印象を持った。
同様のことは、阪神の新外国人・ロサリオにも当てはまる。パンチ力があり、甘い球をきっちりとらえるバットコントロールはキャンプのときから変わらない。ポテンシャルだけでいえば、20~30本塁打を打つだけのパワーと技術はある。
ただ、外角の球に脆さがある。それはスイングを見ればわかるが、巨人はその欠点である外角を意識して攻めていなかった。当然、巨人バッテリーにはスコアラーからもデータは入っていたはずだ。だが、開幕カードではあえてオーソドックスな攻め方に終始したように思えた。
3戦目に野上亮磨が甘く入ったスライダーをレフトスタンドに叩き込まれたが、あれは打たれても仕方のないコース。巨人にしてみれば「このコース、高さの球は打つ」とわかったことは収穫だったに違いない。
ロサリオに関して気になったのは、ボールを叩く直前に軸足である右足をうしろに引く動作だ。これは体重が前にかかりすぎている証拠で、できるだけ早く直した方がいい。キャンプ中は見られなかった動きだが、この打ち方だとボールをしっかり叩けても体重が乗り切っていないから失速してしまう。今後、修正できるか見ものである。
両チームとも彼らをはじめとした中軸が打てば得点は入るが、逆に彼らが打たないと脆い。つまり、巨人と阪神の”欠点”というのは、打線のつながりの乏しさである。
巨人は2番に入る吉川尚輝が新戦力として注目されているが、つなぎ役タイプの選手には見えない。小技を使って仕掛けてくるというよりは、打ってチャンスを広げるタイプなのだろう。
もともと巨人というのは、7番までにいかに得点を挙げるかという打線だが、今季もゲレーロなど新戦力が加わったとはいえ代わり映えしない。このままでは競った試合をことごとく落とした昨シーズンの二の舞になる可能性がある。
一方の阪神も、2戦目で上本博之がスタメン起用されて3安打する活躍をみせたが、糸井嘉男、福留孝介らの中軸が沈黙したら、点が取れない。広島打線と比べると、打線のつながりという部分で心許ない。
ここでいう打線のつながりとは、ヒットが続かないときでもいかにして得点を挙げていくかということである。チームとして戦術を立て、各選手がそれを徹底できているかどうか。
わかりやすい例が狙い球の絞り方だ。打てない球種は捨て、打てる球種をひたすら待つ。それを1番から9番まで同じように続けていく。投手によっては、狙われていると意識するだけで制球を乱す者もいるし、本来のピッチングができない者もいる。
広島が連覇できたのもこうした”戦術”を徹底し、各打者の意識も高いためだ。全員が逆方向に打つとか、アウトになっても確実に走者を進塁させるとか、そうした攻撃を巨人も阪神も披露することはめったにない。狙い球を絞るといっても、それぞれの打者に任せるから、打線としての徹底がない。
クリーンアップだけを見れば、広島より巨人や阪神の方が間違いなく破壊力はある。しかし得点力はさほど変わらない。むしろ広島の方が上。つまり、中軸に頼らなくても得点できるノウハウを心得ている。長いシーズンを戦う場合、個人の力よりも組織力が大きな結果をもたらすのだ。今後、シーズンが進むにつれて巨人と阪神がどんな野球をしてくるのか、興味は尽きない。