蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.14 2017-2018シーズンも終盤に入り、各地で最高峰の戦…
蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.14
2017-2018シーズンも終盤に入り、各地で最高峰の戦いが繰り広げられる欧州各国のサッカーリーグ。この企画では、世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。
サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎──。
今回のテーマは、チャンピオンズリーグ(CL)、ラウンド16注目カードのバルセロナ(バルサ)対チェルシーのレビュー。バルセロナの壁に阻まれたチェルシーの敗因は何なのか? メッシのプレーはどこが効果的だったのか? バルベルデ采配の妙はどこにあったのか? 欧州サッカー通の3人が語り合いました。
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――続いて、リオネル・メッシの活躍が光ったバルセロナ対チェルシー第2戦(3-0、2試合合計4-1)を振り返りつつ、勝敗を分けたポイントについてお三方の見解をお聞かせください。

チェルシー戦で先制点を決めたメッシ
中山 第1戦はバルサがワンチャンスをものにしてアウェーゴールを奪い、結局1-1で終わりました。チェルシーにとっては勝つしかないという状況でアウェーでの第2戦を迎えたわけですが、それでも僕はアントニオ・コンテ監督がこの試合でもファーストレグと同じメンバーと戦い方で臨むだろうと予想していました。試合開始から5バックで引いて守り、前半を無失点で切り抜けてから後半に勝負をかけて、何とか0-1で勝利を目指すというプランを描くだろうと。
ところが、実際はオリヴィエ・ジルーを1トップで先発起用して、その後方にウィリアンとエデン・アザールが構える3-4-2-1を選択しました。おそらく点を取らないと勝てないということからこのかたちを選択したと思いますし、そこには一度ジルーにボールを預けて、ウィリアンとアザールの2人が前を向いた状態で攻撃させるという狙いがあったと思います。
結果的に開始3分にメッシが先制点を決めたので、その選択の是非は問えない展開になりましたが、個人的にはもし試合が0-0で進み、チェルシーの攻撃が手詰まりになった時にコンテがどうやって攻撃のアクセルを踏む選手起用を考えていたのかという点に、とても興味がありますね。
小澤 一方のバルサのエルネスト・バルベルデ監督もウスマン・デンベレをスタメンに抜てきしました。これは地元メディアも予想していなかった采配でしたが、戦術的には成功したと思います。イニエスタを起点に、左サイド寄りでボールを保持しつつ、デンベレを右サイドに張らせておいて、早いタイミングで彼にボールを渡して時間とスペースを与えた中、マルコス・アロンソに対して1対1を仕掛けさせていました。
実際、キックオフから1分半はチェルシーに一度もボールに触れさせず、しっかりボール回しをしていましたし、開始3分のメッシのゴールシーンでも、デンベレが少し中に入ったタイミングで、メッシが右に開いてボールを受けたところから始まりました。あの場面でチェルシーに大きな守備のミスがあったとは思いませんが、左でためて素早く右に振るバルサの攻撃戦術によって一瞬メッシをフリーにしてしまい、彼に突破のドリブルを仕掛けられてしまいました。
さすがのバルベルデも、第1戦でコンテの采配にやられてしまったので、この試合ではデンベレを使って若干のテコ入れをして、結果的にその効果が先制ゴールの場面にも表れていたと思います。
倉敷 より戦術的だったのはバルセロナでしたね。攻撃では5バックと引いた4枚の中盤で固めたチェルシーに対し、右サイドを効果的に使えていました。守備に関してもセルジ・ロベルトがラテラル(サイドバック)、ボランチ、センターバックというマルチタスクの役割をこなし、どのポジションでも相手の脅威から仲間を助けようと目立たなくとも守備に貢献していました。
最大の脅威であるアザール、ウィリアンに対峙したサミュエル・ウムティティはセルジ・ロベルトの協力を得ながら光るプレーを見せましたし、また、先発が読みづらかったジルーに対してはジェラール・ピケがうまく対応しアザールに自由なスペースを与えさせませんでした。アウトサイドの脅威、ヴィクター・モーゼス、マルコス・アロンソに関してもジョルディ・アルバとデンベレで抑える約束ができていて、バルサは苦しめられてもゴールを許しませんでした。
ただ試合はメッシが第3子の誕生を祝うキャリア最速128秒のゴールでほぼ決まっていたように思いました。
中山 あのゴールのシーンについては、決めたメッシも凄かったと思いますが、メッシにつないだルイス・スアレスのプレーも別次元だと思いました。マルコス・アロンソに当たって弾いたボールを、あの無理な体勢でありながらダイレクトで完璧にメッシに渡したわけですから、驚きです。南米出身の選手ならではのプレーですよね。
それと、コンテがジルーを先発起用した点については、ゴールを奪わないと勝てないからという理由だけではないような気もしています。それは、この試合より前の3月4日に行なわれたプレミアリーグの対マンチェスター・シティ戦で、1トップでスタメン出場したアザールがほとんどボールに触れず、試合後にコンテの戦術を批判したことがありました。
その時、確かアザールは「3時間プレーしていてもボールに触れなかっただろう」というようなコメントをしていたと思います。その後にアザールとコンテの間でどんな会話があったのかはわかりませんが、その一件も少なからず影響して、ジルーの1トップ起用が決まったのではないかと推測しています。
いずれにしても、もしコンテが少しでも妥協してあの采配をしたのだとすれば、それも敗戦のきっかけになったのではないかと感じてしまいます。もっとも、第1戦と同じメンバーで戦ったとしても、この日のバルサからチェルシーがゴールを奪うのは難しかったと思いますが。
倉敷 メッシがどこにいて、いつ危険な存在にスイッチするのか誰にもわからないミステリアスなバルセロナは、攻守で昨季との変化を見つけていくのが楽しいですね。
小澤 今季のバルベルデのバルサは、守備の部分での耐久性も兼ね備えていて、それがこの試合でも証明されたと思います。失点後にチェルシーが前掛かりになった時でも、エリア内で決定的なシュートを打たれたわけでもなく、第1戦で活躍したウィリアンのところもしっかり抑えることができていました
そんな中で前半20分にデンベレが追加点を決めたのですから、バルベルデの采配が的中したとしか言いようがありません。逆に、チェルシーベンチの後半の交代カードの切り方が遅く、少し物足りなさを感じました。
倉敷 エンゴロ・カンテという世界トップレベルの中盤がいても誰に水を運べばいいのか分からないような状況に陥ったチェルシー。試合を支配した時間もありましたが、結局は前線の3人の能力を活かす最高のバランスを見つけられなかった。コンテが戦術をチームに落とし込む時間がもっとあれば違った展開もあったでしょう。プレミアの過密なカレンダーはやはり影を落としています。
08-09シーズン以降の欧州カップ戦決勝ラウンドでイングランド勢は24回スペイン勢と対戦し、勝ち上がったのはわずか4回。苦手意識もあるでしょうが、ラ・リーガはチーム間の競争力に課題があるフランスリーグアンや、日程の問題があるイングランドプレミアリーグと比べてリーグのバランスの良さがプラスに作用しているのでしょうね。
中山 話をバルサに戻しますけど、ある番組の中で解説者の羽中田昌さん(ブリオベッカ浦安監督)がとても興味深いデータを紹介しながら、この日のメッシのプレーを解説していました。それによると、メッシがこの試合でスプリント(全力疾走)した距離はわずか92.3m! 100mにも満たないという驚くべきデータが出ていました。その他の内訳は、徒歩が6.67km、ジョギングが867m、ランニングが397mとなっていて、つまり試合全体で動いた距離の83.1%が徒歩だったということになります。
ところが、2点目はセスク・ファブレガスが中盤でボールを受けた瞬間を狙ってメッシがプレッシャーをかけてボールを奪ったところから始まったわけですし、3点目のシーンでも、ハーフウェイライン付近から長い距離をスプリントして、スアレスからパスをもらってゴールを決めています。全体のわずか1.15%しかスプリントしないのに、これだけ効果的なプレーができる選手は他にいないでしょう。
小澤 最近のメッシは、若い頃よりも頭の中が洗練されて、状況理解力が抜群に良くなっていますね。すべての動きが効果的で、歩いていることさえ効果的という。守る側からすれば、止まっている選手をどのようにマークするかという策はないですから
倉敷 メッシをどう称賛するべきか? 新聞は見出し作りが悩ましい、中継で添えるコメントも難しい。彼を讃える言葉探しはすでにメディアの課題になって久しいわけですが、ここにきてまた進化を遂げている。メッシを見ていられるのは幸福な時間です。
チャンピオンズで100ゴールを達成したメッシを擁するバルサは、準々決勝でローマと対戦します。現在はバルサ有利と見る向きが強いようですが、小澤さんの印象はいかがですか?
小澤 ローマはそこまで守備が強固というわけではないので、普通にいけばバルサが勝つのではないでしょうか。というのも、グループステージのアトレティコ・マドリー戦でのローマの2試合を見た印象では、ローマはチェルシーのようにバルサの攻撃に対して上手く守ることは難しいと思いますし、開幕戦のスコアレスドローの時も、アトレティコが多くの決定機を作っていました。ローマの守備陣、特に真ん中のマノラス、ファシオというセンターバックがメッシやイニエスタの突破のドリブル、スアレスの動き出しにうまく対応できるとは思えません。
そういう意味では、よくベスト8まで勝ち上がったと思います。今シーズンから元セビージャのモンチというスポーツ・ディレクターがスタッフ入りした中で、初年度から準々決勝に進出したこと自体が快挙だと思います。
中山 いずれにしても、ローマのエウゼビオ・ディ・フランチェスコ監督は攻撃的な思考の持ち主なので、チェルシーのように引いて守り切るような選択はしないと予想します。力の差も認識していると思うので、もう失うものはないという開き直った戦い方ができれば、意外と良いゲームはできるのではないでしょうか。もっとも、第1戦をカンプ・ノウで戦わなければならないというのが苦しいところで、場合によっては第1戦で撃沈してしまう可能性もあるでしょうね。
倉敷 ホームでの第2戦にローマはどう可能性を残すプランで臨むのか、そのあたりが第1戦の見どころでしょうか。プレビューはまたあらためて行ないますので、よろしくお願いします。
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