現在、日本の短距離路線は新陳代謝が進んでいない。事実、昨年に国内で行なわれた2つの芝1200mのGI、高松宮記念(中京・芝1200m)とスプリンターズS(中山・芝1200m)の、双方のレースで上位3着以内に入った馬のうち、今年の高松宮…

 現在、日本の短距離路線は新陳代謝が進んでいない。事実、昨年に国内で行なわれた2つの芝1200mのGI、高松宮記念(中京・芝1200m)とスプリンターズS(中山・芝1200m)の、双方のレースで上位3着以内に入った馬のうち、今年の高松宮記念(3月25日)に出走しないのは、スプリンターズSで3着だったワンスインナムーンのみ。  

 また、今年の前哨戦を勝ったファインニードル(牡5歳)、ダイアナヘイロー(牝5歳)、キングハート(牡5歳)といった面々も、昨秋とまったく変わっていない。台頭が期待された4歳馬たちは、いずれも前哨戦では振るわなかった。となると、レースの行方もほぼ前年同様になるのではないか、と考えるのは自然な流れだろう。  

 そこで、あえて注目したいのが、「短距離王国」香港からの「刺客」ブリザード(せん7歳)である。



2度目の来日となるブリザード。昨秋のリベンジなるか?

 昨年のスプリンターズS(10月1日)にも出走しており、この馬も”既存勢力”の1頭ではある。そのスプリンターズSではゴール前の攻防に加わり、5着に終わった。リベンジを期しての再来日だ。 2度目の来日となるブリザード。昨秋のリベンジなるか?

 改めて香港競馬のスプリント路線の強さ、層の厚さを説明すると、香港スプリントには日本からのべ27頭が出走して、勝利したのはロードカナロアによる連覇での2回のみ。3着となったのもストレイトガールの1回のみだ。一方、香港調教馬は日本のスプリントGIでこれまでにのべ14頭が走って3勝。単純な勝率だけでも3倍という計算になる。

 たとえば、日本における”現王者”のレッドファルクスが一昨年、スプリンターズSを勝った勢いのまま挑んだ香港スプリントでは12着と爪跡すら残せていない。昨年の香港スプリントにも、レッツゴードンキ、ワンスインナムーンが挑み、それぞれ6着、12着と厚い壁に阻まれた。その同じレースでブリザードは3着だ。

 ただ、昨年のスプリンターズSでは、勝利したレッドファルクスはもちろんのこと、2着のレッツゴードンキ、3着ワンスインナムーンも、ブリザードには先着を果たしている。地の利を考えれば、今回も優位なのは日本調教馬のほう。それでもブリザードを推したくなる理由は何か。  

 昨年のスプリンターズSをもう一度振り返ろう。実はブリザードは2つの”ミス”があった。  

 ひとつはスタート難である。スタートのタイミングそのものは他の馬たちと差はないが、どうしても上に伸び上がるようなスタートを切ってしまい、上向きのままスキップするような体勢になってしまうため、出だしの数歩が遅れてしまうのだ。出遅れというよりは出脚の鈍さ。これは、昨年のスプリンターズS前の記事でも懸念を指摘したが、やはり本番でやらかしてしまった。1分ちょっとで勝敗が決する短距離戦において、スタートでのミスは致命的だ。  

 それでも道中は徐々に馬群の中でポジションを押し上げ、残り600m付近では7番手、レッドファルクスやレッツゴードンキの1、2馬身前に取りついた。実はこれがもうひとつのミスで、前半の200〜400mのラップは10秒8。このレースの6つの各ハロンラップの中で、もっとも速い計時だったのがこの地点で、そこで脚を使って位置取りを押し上げたとなると、後半の伸びに影響を及ぼしてしまう。  

 結果、直線に向いてジリジリと伸びてはいるものの、直後にいたレッドファルクスやレッツゴードンキのほうが余力を残しており、その差がそのまま終(しま)いの爆発力の差、そして着順として現れることとなった。  

 とはいえ、2つのミスがありながら、ゴール前でぱったり止まることなく、むしろ猛追を見せて、レッドファルクスには0秒2差まで迫った。さらに、この馬にとって未知の領域だった1分7秒台の決着にも対応。むしろ収穫も多いレースであったといえる。

  となれば、スタートの悪癖が解消されれば、もうひとつ上に届くことは想像に難くない。それを示したのが、昨年の香港スプリントでの3着だった。  

 香港スプリントの直前、管理するリッキー・イゥ調教師にスタートの課題について尋ねたところ、まさしくその点をイゥ調教師としても課題と考えていたことがわかった。

「スプリンターズSは”あれさえなければ”と思わせる走りでした。香港でも毎回ではないのですが、しばしば同じことをやっていたんです。今回、スプリンターズSから帰国して香港スプリントまで、使える状態でもあえて前哨戦は使わず、その点の修正をしてきました」

 続く今年1月のGIセンテナリースプリントC(シャティン・芝1200m)では、むしろ好スタートを決めてしまい、2番手で積極的なレースをした分、終いの決め手勝負に屈してしまうほど。完全にスタートの問題が解消された今なら、スプリンターズSの0秒2差を十分逆転できる計算が立つ。来日直前に、ハッピーバレー競馬場で行なったバリアトライアル(実戦式調教)でも、スタートはきっちり決めていた。  

 昨年12月にイゥ調教師を取材した際、師はこうも言っていた。

「来年の春は高松宮記念を目指します。年明けに1戦して、あとは日本に備える。これはもう、今の時点ですでに決定事項です」  

 イゥ師にとって高松宮記念は、香港の歴史的スプリンターであったセイクリッドキングダムで遠征を予定しながら、出発間際の空港でセン痛を起こして緊急開腹手術となり断念した過去がある。スプリンターズSは既にウルトラファンタジーで制覇済み。あとはここを勝てば、国外調教師として初の日本の両スプリントGI制覇となる。波乱の嵐とともに偉業達成なるかに注目だ。