開幕が目前に迫ったセンバツ高校野球大会は、”史上最強”の呼び声高い大阪桐蔭や、昨年秋の明治神宮大会の覇者・明徳義塾(高知)を筆頭に、今年も豪華な顔ぶれが揃った。

 そんな中にあって、秋の九州大会で準優勝を果たした富島(宮崎)は、全国の高校野球ファンには馴染みのない学校かもしれない。そればかりか、地区代表として送り出す九州の人間にとっても”初耳”という人は多いのではないだろうか。



春夏通じて初の甲子園出場を果たした富島(宮崎)のナインたち

 学校名は「とみしま」と読む。宮崎県日向市にある実業系の県立高校だ。全校生徒は定時制を含め618人。延岡学園や聖心ウルスラといった、近年、宮崎の高校球界で猛威を振るっている県北勢の一角を成している。

 日向市からの甲子園は、1989年夏の日向高校以来だけに、センバツ切符がかかった昨年秋の九州大会には十屋幸平日向市市長も応援に駆けつけるなど、地元は”富島フィーバー”に沸いた。

 近隣には、先述したように延岡学園(2013年夏の甲子園準優勝)や聖心ウルスラ(昨年夏の代表校)、青木宣親(ヤクルト)らが輩出した日向といった人気と実力を兼ね備えた強豪校が多く、富島は常に劣勢を強いられる立場にあった。

 チーム躍進のきっかけとなったのは、2013年に浜田登監督が就任したことだった。2008年の夏に母校である宮崎商を率いて甲子園に出場し、同年秋のドラフトでは左腕エースの赤川克紀がヤクルトからドラフト1位指名を受けるなど、チーム強化と選手育成に定評がある名将だ。

 だが、浜田監督が就任した2013年春の段階で、野球部員はわずかに11人。そのうち半数が野球未経験者だった。一時は部員数が5人まで落ち込んだ時期もあった。

「もはや野球部の体(てい)を成していない……恥ずかしい」と夏の開会式のときにバスから降りるのをためらう選手もいた。当然のことながら初戦敗退が当たり前で、それだけに今回の快進撃への市民の反応は「よくもあの富島が……」と、感心とも絶句ともつかないものだった。

「3年で九州大会、4年で甲子園に行きます」

 富島着任の歓迎会でこう宣言した浜田監督に対して、当初、周りの反応は冷ややかなものだった。部員数の減少により、廃部寸前だった野球部である。いくら名将が来たとはいえ、それまで初戦敗退が当たり前のチームが急に変わるとは誰も想像していなかった。

 それでも、実力のある公立校や実績のある監督に多大なリスペクトを寄せる県民性もあって、浜田の着任と同時に地域の有力選手が続々と富島に入学した。

 もともとこの地域はソフトボール出身者を中心に選手の質が高く、県内の強豪校に何人もの選手を送り込んでいる。それだけにこの地域の有力選手が集まった富島は、瞬く間に力をつけていった。

 浜田監督が就任してから1年半後には宮崎県の1年生大会で優勝。これが富島野球部にとって県レベルで獲得した初のタイトルだった。また、彼らが2年となった秋には県大会準優勝を果たし、創部以来初の九州大会に進出。翌春には宮崎の頂点に立って九州大会に連続出場するなど、就任わずか3年で一躍、県内の強豪校へとのし上がった。

 昨年の秋は宮崎大会で準優勝し、3度目の九州大会に進出。文徳(熊本)、長崎商を破り、準決勝では昨年夏に甲子園を経験している石田旭昇を擁する東筑(福岡)にも勝利した。決勝は創成館(長崎)に敗れたが、初回に奪われた5点のビハインドを2回までに1点差に詰め寄るなど、持ち味は存分に発揮。文句なしのセンバツ当確となった。

 センバツへの快進撃の始まりは、昨年秋の宮崎大会で2回戦(初戦)、3回戦と立て続けに劇的なゲームをものにしたことだった。いずれも2点を追う9回に同点とし、最終的に1点差で勝利するという試合展開だ。

 そのとき試合後の取材で浜田監督は「逆転の富島」という言葉を連呼した。わかりやすいフレーズが新聞の見出しに踊ることで、相手チームにはプレッシャーとなり、富島の選手たちにとってはリードされていても動じない精神的な強さにつながった。この浜田監督による”マスコミ操作”も功を奏した。

 九州大会準決勝の東筑戦でも、初回に3点を失ったものの徐々に取り返し、5-5の同点となった8回に勝ち越すなど、得意の終盤勝負に持ち込んで試合を決めている。

 この試合で決勝打を放った主将の中川大輝は、九州大会で17打数10安打、9打点と大活躍した犠打ゼロの”超攻撃的2番打者”だ。チーム一のバットマンを2番に据えることで、走者を溜めた状態で主軸へつなぐだけでなく、活発な下位打線でつくったチャンスを中川が還す。この163センチの野球小僧が、多彩な攻撃パターンを擁する富島の注目選手といっていい。

 ドラフト候補がいるわけではないし、180センチを超える選手はひとりもいない。それでも、浜田監督に鍛えられた選手たちが自分の仕事をきっちりとこなし、粘り強く戦い抜く。初戦の相手は星稜(石川)に決まった。甲子園でも”富島野球”を実践することができれば、甲子園1勝はおろか、上位進出も夢ではない。