コッパイタリアのタイトルと公式戦210試合出場の記録、そして多くの笑顔を残して、長友佑都はインテルを去っていった。…
コッパイタリアのタイトルと公式戦210試合出場の記録、そして多くの笑顔を残して、長友佑都はインテルを去っていった。1月31日は、彼がチェゼーナからインテルに来て、きっかり7年目でもあった。
ガラタサライへは半年間のレンタル移籍だから、別れの挨拶は「また会おう」のはずなのだが、残念ながらこれが実質的な「さよなら」であることはほぼ確実だろう。長友は、契約上は7月1日にミラノに戻ってくることになっているが、インテルとの契約があと1年(2019年6月30日まで)では、彼が再びネラッズーロのユニホームでプレーする姿を見るのは難しいだろう。

ガラタサライ(トルコ)に移籍した長友佑都
photo by AFLO
今回の移籍は電撃的だったが、予想できないものではなかった。インテルのルチアーノ・スパレッティ監督は、28日のスパル・フェッラーラ戦前の記者会見でこう言っていた。
「ユウトは真のプロで、円熟した人間だ」
この言葉の裏には、もし継続的にプレーすることを望むなら、新しいチームを探したほうがいいというメッセージが込められていた。
「ロシアW杯で戦いたい」というのは長友の強い願いである。そのため正月休暇の終わった1月14日、長友はスパレッティと話をするため、彼のオフィスを訪れた。話の内容はおおむねこんなものだったのだろう。
長友 自分はインテルのために多くの貢献をしてきたし、これからもしていくつもりです。ただ、最後のW杯を万全のコンディションで戦うためには、クラブチームで継続してプレーすることがどうしても不可欠です。監督の率直な考えを聞かせてください。
スパレッティ 残念だが、プレーさせるとの確約は、私にはできない。他の選手同様、体調と対戦チームによって毎試合、決定していくつもりだ。
それはクレバーな、ものの分かった2人の男の腹を割った話し合いだった。かくして長友は代理人に、彼の望みをかなえてくれるような新しいチームを探すよう依頼した。
候補はすぐに、それも複数、見つかった。まずはスペインのベティス。だが、ベティスとの話し合いはなかなかスタートしなかった。それからトルコの2つの名門チーム、イスタンブールを本拠地とするフェネルバフチェとガラタサライが名乗りを上げた。特にフェネルバフチェは最初から非常に積極的で、インテル側もレンタルの契約書を用意し始めていたほどだった。
そこに急遽、ガラタサライが割り込んできて、狙いを定めて長友をさらっていった。今シーズンのガラタサライはレフトバックが悩みの種だった。本来のレギュラーだったハカン・バルタは今季まだ一度もプレーしていないし、彼のサブであるヤスミン・ラトヴレヴィッチも、周囲を納得させるようなプレーができないでいる。ガラタサライは4バックでプレーすることが多いが、そのとき左サイドで起用されるのは、もともとは右サイドバックのノルウェー人、マルティン・リネスだった。
それにしても長友の移籍は、インテルの練習場、アッピアーノ・ジェンティーレに大きな空白感をもたらすだろう。チームメイトたちは心からの友情を込めて、彼に別れを告げた。特にキャプテン、マウロ・イカルディは万感の思いがあったようで、自身のインスタグラムに長友と抱き合う写真とこんなメッセージを載せた。
「グッドラック、サムライ! 俺たちも寂しくなるよ。でもあんたが一番いい道を進むことを願っている。あんたはいつでもベストが似合う男だ」
もちろんこの7年、いいことばかりがあったわけではない。しかし長友が真のプロフェッショナルで、常に真摯に仕事に向き合い、インテルのためを思って頑張ってきたことは誰も否定できない。
インテルのサポーターたちも、長友移籍のニュースを残念に感じているようだ。長友は右でも左でもプレーできるし、必要なときはいつでもチームに手を貸した。スパレッティ監督も(たとえ関係が微妙なときでも)、長友への信頼を強調してきた。だからインテルの5人のサイドバックの中で、まさか彼が犠牲になるとは思っていなかったのだ。
SNSからは彼の移籍を嘆くインテリスタの声が聞こえてくる。「チャオ、ユウト! あんたがいなくなるなんて残念だよ」「絶対に君の不在を寂しく感じるだろうな」「ユウトはいつまでも俺たちの仲間だ」……。
長友はその親しみやすいキャラでも、インテリスタの心の中に残っていくだろう。いつも笑顔で、冗談を飛ばしたり、仲間をからかったり、からかわれたり。例えば悪童として有名なアントニオ・カッサーノは、長友とは正反対の性格なのだが、なぜかとてもウマが合った。彼はインテルに来たとき、こう言っていた。
「俺がインテルにやって来たのは、ユウトとダチになるためだったんだ!」
さらば、長友佑都。
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