蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.7 2017-2018シーズンも各地で最高峰の戦いが繰り広げら…
蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.7
2017-2018シーズンも各地で最高峰の戦いが繰り広げられる欧州各国のサッカーリーグ。その世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。
試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを追い続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎──。
今回のテーマは、リーガ・エスパニョーラ(ラ・リーガ)でバルセロナ(バルサ)、レアル・マドリード(マドリー)を追走するクラブについて。バルサが独走状態になりつつある今シーズン、ビッグクラブを脅(おびや)かすのは……?
連載記事一覧はこちら>>
――バルセロナが首位を独走している今季のラ・リーガですが、シーズン後半戦を展望するうえで、マドリーとバルサ以外にみなさんが注目しているのはどのチームですか?
小澤 ぜひ注目してほしいのはバレンシアですね。もともとこのクラブは、カウンターを武器とするサッカーで結果を残してきた歴史がありますが、今季はマルセリーノ・ガルシア・トラル監督を招聘したことで、そのスタイルが復活しました。マルセリーノは率いてきたクラブでずっと4-4-2を基本システムとして採用してきた監督で、まずはそのマッチングがあると思います。
そもそも、なぜ4-4-2がカウンターに適しているのかといえば、ジローナのように3バックも徐々に出てきてはいますが、いぜん4バックを採用するチームが多いラ・リーガで、2トップにすることによって守から攻のトランジション局面で2トップにボールが入ったカウンター時に、相手の2枚のセンターバックに対して2対2の状況を作ることができる。そのため、そのままフィニッシュ局面を迎えることができる確率が高くなるわけです。
今季の場合は、シモーネ・ザザとロドリゴが2トップを務めています。この2人の活躍は、今季のバレンシアでも特に光っていて、決定力はもちろん、ポストプレー、スピードを生かした裏への抜け出しなど、2人で多彩なアタックを仕掛けることができています。なおかつ、パリ・サンジェルマンからレンタルで加入したゴンサロ・ゲデスが予想以上にはまっています。
スピードあるアタッカーのゲデスは左サイドで起用されていますが、マルセリーノ監督はゲデスにボールが入った時にスペースと時間が生まれるような「アイソレーション戦術」を組み込んでいます。得意のドリブル突破を仕掛けたり、カットインからのシュートを見せたりと、バレンシアのスタイルにフィットしている点も見逃せません。
中山 ゲデスは、パリがベンフィカ(ポルトガル)から昨季の冬に青田買いをした将来有望な選手ですね。彼の母国ポルトガルでは、”クリスティアーノ・ロナウド2世”と呼ばれていて、僕もパリに加入した当初から期待をして見ていました。ただ、パリではなかなか出番がなかったうえ、今季はネイマールも加入してしまった。そこでレンタル移籍となったわけですが、マルセリーノのサッカーにマッチしたこともあって、今季は彼のポテンシャルの高さを証明するプレーを見せている印象があります。
小澤 だからバレンシアニスタは、ネイマールに感謝していますよ(笑)。
それと、本来はインテリオールで、タイプとしてはテクニシャンのカルロス・ソレールをあえて右サイドに配置して、右でタメが作れるようにしています。センターにはボールをさばくタイプのダニ・パレハと、フィジカル的な強さもあってフィルター役にもなれるジョフレイ・コンドグビアがいて、中盤のバランスが抜群です。そういうなかで、ラ・リーガで最もインテンシティが高く、スピード感があってカウンターも鋭い。見て楽しいサッカーをして、結果も残せているという点は評価に値すると思います。
倉敷 第14節でヘタフェに負けるまで、無敗を続けたのには驚きました。ただ、昨年12月には連敗を喫するなど、少し調子を落としている点が気になります。小澤さんはその原因はどんなところにあると見ていますか?
小澤 ゲデスなど主力にケガ人が出てしまったので、仕方ない部分はあると思います。それと、監督やフロントが「タイトル争いをするのは難しい」「目標はあくまでCL圏内(4位以内)」といった発言をして、自ら目標を下げてしまったので、そういう部分も影響していると思いますね。
ただ、シーズン前半戦のバレンシアを見ていて感じたのは、ヨーロッパのコンペティションに出場していないこともあり、チームとしてコンディションがとてもよいということでした。昨季のプレミアリーグのチェルシーにもいえますが、1週間しっかり準備をして週末のリーグ戦に臨めば、あれだけ高いクオリティのサッカーを見せられる。今季のバレンシアを見ていると、過密日程が当たり前になりつつある現代のヨーロッパサッカー界に警鐘を鳴らしてくれていると感じますね。
――ところで、バレンシアといえばシンガポールの実業家でもあるピーター・リムがオーナーになった2014年から、監督人事を含めてクラブの混乱が続いていました。サポーターもリムのやり方に反発していたようですが、今季はそういう声も聞こえません。結果を出しているので当然かもしれませんが、今季はフロントの方針にも何か大きな変化があったのですか?
小澤 これまでは、資金力はあってもフロントにしっかりとした人材を置けなかったので、補強も失敗続きでした。フロントが現場の足を引っ張っていたというのが、ここ2、3シーズンだったと思います。
ただ、今季はマルセリーノを監督に招へいしたうえ、マテウ・アレマニーというマジョルカの会長も務めたことがある人物が、スポーツディレクターとしてよい仕事をしています。オーナーや会長が余計な口出しをせず、現場のことは彼らに一任したことで、開幕までに監督の希望通りの補強ができました。たとえばコンドグビア、ゲデス、ジェイソン・ムリージョ、ネトなどが今季開幕前の新戦力ですが、いずれも主力として活躍していますし、補強策が見事に的中したと言っていいと思います。
――その他に注目すべきチームはありますか?

ディエゴ・コスタ(写真右)が復帰して現在2位のアトレティコ・マドリード
中山 僕はアトレティコ・マドリードの巻き返しに注目しています。ディエゴ・シメオネ監督になって6シーズン目を迎えましたが、開幕当初は新スタジアム(ワンダ・メトロポリターノ)で結果を残せず、かなり厳しいスタートでした。不調の原因は決定力不足で、特にエースのアントワーヌ・グリーズマンがなかなかゴールを決められず、勝てる試合を引き分けてしまうケースが目立っていました。若手のサウール・ニゲスとアンヘル・コレアの活躍に救われた試合もありますが、やはりエースが活躍してくれないと思うような成績を残すことはできません。
そんななかでも、自慢の守備が崩壊しなかったのは、さすがシメオネのチームだと思いました。普通なら、守備が頑張っても前線がゴールを決めてくれない試合が続くと、守備陣が息切れしてしまうものですが、アトレティコは今季もとても粘り強い。確かにチャンピオンズリーグではグループリーグで敗退することになってしまいましたが、守備の頑張りが開幕から16試合で無敗を続けた最大の要因でしょう。
倉敷 アトレティコはこの冬の移籍マーケットからFIFAの補強禁止処分が解けたことで、9月に加入が決まっていたディエゴ・コスタがようやく出場できるようになりましたね。1月6日(第18節)のヘタフェ戦では、さっそくラ・リーガ復帰を自ら祝うゴールを決め、古巣のサポーターと一緒に喜びすぎて2枚目のイエローカードをもらって退場処分になるというオマケもつきましたが、開幕時からの課題であった「誰がグリーズマンの相棒なのか?」という回答が得られそうな気配です。得点力は大きくアップするのではないでしょうか。
中山 昨夏にセビージャから獲得していたビトーロも、予定通りレンタル先のラス・パルマスからこの冬に戻ってきたので、全体的に選手層の厚みが増しましたよね。そういう点では、バルサの独走にストップをかけられるのは2位のアトレティコが一番手になると思います。もちろんヨーロッパリーグの優勝も狙っているとは思いますが、シーズン後半戦のアトレティコは本来の力を発揮してくれそうな気がします。
倉敷 アトレティコはヨーロッパリーグ(EL)を本気で狙っていると思います。シメオネはワンダ・メトロポリターノでタイトルを獲るためにクラブに残ったわけですし、新スタジアムに魂を入れるための”儀式”をしたいはず。サポーターも新スタジアムで大騒ぎをしたいと願っているでしょう。
小澤 倉敷さんはどのチームに注目していますか?
倉敷 エイバルですね。第11節までは7試合連続勝ちなしが続くなどかなり苦労していましたが、第12節のベティス戦で大勝(5-0)してからは、2度の3連勝を含む7試合連続無敗を続けるなど、昨季のよい時の状態に戻った印象があります。あっという間に順位も上がって、いまではELを十分に狙える位置にまできました。
そのなかで、乾貴士選手が好調をキープしているのが嬉しいですね。12月には2試合連続で先制ゴールを決めましたし、かなりコンディションもよさそうなので、シーズン後半も大いに期待できるのではないでしょうか。
小澤 その他でいうと、個人的には最下位で降格の危機にあるラス・パルマスのパコ・ヘメス新監督がどのようにチームを再建するのかにも注目しています。ラス・パルマスにとってパコ・ヘメスは今季3人目の監督になるわけですが、この監督はどんなに苦しいチーム状況でもボールをしっかり保持してスペクタクルなサッカーをすると思うので、成績にかかわらず見て楽しいサッカーが見られるのではないでしょうか。
中山 監督交代と言えば、セビージャの新監督に就任したヴィンチェンツォ・モンテッラも注目ですよね。ミランでは就任初年度にチームを立て直した印象がありましたが、2年目の今季はクラブのオーナーが変わって新戦力を大量に補強したことで、それに振り回されてしまい、昨季に築き上げたものを一気に失うことになった。
ミランで解任の憂き目に遭ったモンテッラが、その心の傷が癒える間もなくスペインに行って、しかもセビージャという難しいクラブの再建を託されたわけです。正直、「本当に大丈夫なのか?」という心配もありつつ、イタリア人監督がスペインでどこまでやれるのか、興味深い部分があります。
小澤 リーグ戦2連敗という厳しい船出となったように、シーズン途中で就任したラ・リーガを知らない監督は、最初の数試合はなかなか厳しいかもしれませんね。
倉敷 近年はリーガと接点のないプレミアリーグ出身監督がことごとく失敗していますから、ファンにも猜疑心があるのではないでしょうか。大切なホームでのアンダルシアダービーにも5失点して敗れました。チャンピオンズリーグのユナイテッド戦の結果いかんかな、と思いますが、イングランド人監督のガリー・ネヴィル(2015-2016/バレンシア)、トニー・アダムス(2016-2017/グラナダ)、スコットランド人監督のデイヴィッド・モイーズ(2014-2015/レアル・ソシエダ)と、同じ轍(てつ)を踏みそうな予感です。
小澤 いずれにしても、ラ・リーガは中位以下に面白いチームが多いので、残留争いも含めて後半戦の見どころは多いと思います。柴崎岳選手が復帰したヘタフェも好調ですし、目が離せない試合が続きそうですね。
連載記事一覧はこちら>>
倉敷保雄(くらしき・やすお)
1961年生まれ、大阪府出身。ラジオ福島アナウンサー、文化放送記者を経て、フリーに。現在はスカパー!やJ SPORTSでサッカー中継の実況として活動中。愛称はポルトガル語で「名手」を意味する「クラッキ」と苗字の倉敷をかけた「クラッキー」。番組司会、CM、ナレーション業務の他にゴジラ作品DVDのオーディオコメンタリーを数多く担当し、ディズニーアニメ研究のテキストも発表している。著作は「ことの次第」(ソル・メディア)など。
中山淳(なかやま・あつし)
1970年生まれ、山梨県出身。月刊「ワールドサッカーグラフィック」誌の編集部勤務、同誌編集長を経て独立。以降、スポーツ関連の出版物やデジタルコンテンツの企画制作を行なうほか、サッカージャーナリストとしてサッカーおよびスポーツメディアに執筆。また、CS放送のサッカー関連番組に出演し、現在スポナビライブでラ・リーガ中継の解説も務めている。出版物やデジタルコンテンツの企画制作を行う有限会社アルマンド代表。
小澤一郎(おざわ・いちろう)
1977年生まれ、京都府出身。サッカージャーナリスト。早稲田大学卒業後、社会人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年 に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。多数の媒体に執筆する傍ら、スポナビライブにてラ・リーガ(スペインリーグ)、スカパー!にてUEFAチャンピオンズリーグなどの試合解説もこなす。これまでに著書7冊、構成書4冊、訳書5冊を刊行。株式会社アレナトーレ所属。