日本×ドイツ〜バサラマインツ物語@後編 ドイツ8部リーグに所属するバサラマインツは、ドイツでチャレンジする日本人サッ…
日本×ドイツ〜バサラマインツ物語@後編
ドイツ8部リーグに所属するバサラマインツは、ドイツでチャレンジする日本人サッカー選手が現地のサッカーに順応するのを手助けするためのクラブである。選手の多くはバサラマインツを踏み台にして、1年ほどでステップアップしていくから、毎年、日本人選手のほとんどが入れ替わる。
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バサラマインツには多くの日本人選手が在籍している
そのなかで、キャプテンの日高拓哉(25歳)はクラブ創設以来、4シーズンにわたってバサラマインツでプレーし続けてきた。
2014-2015シーズン(11部)は53ゴール・35アシスト、2015-2016シーズン(10部)は29ゴール・26アシスト、2016-2017シーズン(9部)は39ゴール・26アシスト。日高が残してきた数字は、リーグのレベルを差し引いてもすごい。クラブ設立からずっとプレーし続けてきたことも含め、日高こそ「ミスター・バサラマインツ」にふさわしい。
日高もまた、日本での”やり残し感”を抱えてドイツに渡ってきた選手だった。セレッソ大阪ジュニアユース、桃山学院大学付属高校から大学に進学したものの、そこのサッカー部の方針と自身のサッカー観が合わず退部。しかし、やはり「サッカーを続けたい」という気持ちを捨てることはできず、ドイツ6部リーグのインゲルハイムに入団した。
プレーのかたわら、ブンデスリーガ2部・3部を目指してテストを受けていた秋吉泰佑(現ヴァンラーレ八戸)のサポートをした際に、「こんなにうまい選手でもドイツでプロになれないんだ」と悟り引退を決意。「日本に帰って仕事でも探そう」と考えていたら、山下喬(たかし)会長から誘われてバサラマインツに入団した。だから、日高は自身がステップアップするのではなく、バサラマインツに来た日本人選手たちをサポートする側に回っている。
「この4年間、バサラマインツはトータルで見たら順調に来ていると思います。毎年、何らかの問題は起こるんですよ。1年目は登録ミスで開幕から4試合、試合ができなかった。本来なら不戦敗だったけれど、対戦相手が『それはさすがに可哀想』と試合延期という判断にしてくれた。当時は11人選手を揃えるのも難しく、その辺でボールを蹴ってる少年に声をかけてプレーしてもらっていた」(日高)
私が10部リーグ時代のバサラマインツを訪ねたとき、「6部リーグのチームはレベルが高いけれど、7部リーグのチームはお金がいい」と移籍先に悩んでいる選手がいた。今の日本人選手は、バサラマインツに入団した時点で8部リーグでプレーできる。よりステップアップ先との距離が縮まったわけだ。

ドイツの地で戦う日高拓哉(左)と石井涼太(右)
「前よりかはステップアップの場として”イケてる”チームになったと思います。以前は、行こうとしている目標と現状に差がありすぎて、ビジョンが見えてこなかった。練習試合をやっても、0−8でやられていた。俺が悪いのか、周りのせいなのかがわからなかった。今なら、7部リーグのチームと練習試合をやっても対等にできる」(日高)
バサラマインツを訪れて感じるのは、Jリーグのユースチームや有力高校・大学のサッカー部に所属していた者が意外と多いことだ。そんな彼らが11部リーグからスタートし、今は8部というリーグのレベルに満足できるものだろうか。
「そんな彼らでも、バサラマインツに来る日本人選手は周りと合わせてプレーするタイプの選手が多かった。日本のJリーグクラブのアカデミーに所属して、ひとりで打開できる選手ならば、『いい選手』として認められてトップチームに昇格したり、J1でなくてもJ2、J3のクラブに流れていく。結局、日本でプロになれなかったということは、自分で打開する力がなかったということ。そうした選手が成長できる環境がバサラマインツにはあると思うんです」(日高)
そして日高は、「僕も実はバサラマインツに来たことによって、プレーヤーとして”個”の能力が上がったんです」と述べる。6部リーグから11部リーグと大幅にステップダウンしても、個の能力は上がるものだろうか?
「1年目や2年目は戦力的なこともあって、自分がどうにかしないといけないという事情もあったから、自分の能力以上の力が出て、『シュートを撃てば入る』というゾーンに入っていた。エースとしての期待に応えているうちに自信がついた」
バサラマインツの試合を見ていて、日高が相手選手にヒップアタックを食らわせてイエローカードを受けたシーンがあった。
「実は、あの選手は前半からずっと差別用語を言っていたんです。(ヒップアタックという)あの行為そのものはよくなかった。だけど、下部リーグはプロと違ってサッカーへのリスペクトがなく、卑劣なことをしてくる奴がいる。僕にはやはり、日本人としての誇りがある。差別用語は日本人全員への侮辱。『お前、黙らせたる』と思った。
8部リーグのチームは試合こそ真剣ですが、普段はサッカー中心の生活を送ってない。僕たちはプロになるという目標を持って8部リーグを戦っている。1対1の球際の競り合いに挑むとき、いろいろと僕の頭のなかをよぎるんです。『お前ら、サッカーは遊びの一環だろう。俺はプロへの夢はあきらめたけれど、サッカーへの思いは継続中や。汚いプレー、削るようなプレーをしてくるお前らとはサッカーへの思いが違う。だから1対1では負けない。ナメんなよ』と」(日高)

バサラマインツにもドイツ選手が加わるようになってきた
今シーズンから、バサラマインツにはセカンドチームができた。「7部リーグになったらセカンドチームかU19チームを持たないとならない。うちにとって育成チームを持つのは現実的でないから、7部リーグに上がるための準備としてセカンドチームを作りました。いずれはスクールも作りたいと思います」と会長の山下は言う。
チームのレベルが上がるにつれて、バサラマインツには4部リーグや5部リーグでプレーしていたドイツ人選手も加わるようになり、11部リーグ時代から戦ってきた選手たちにとってはレベルがきつくなってきた。ただ、そんな選手たちにもバサラマインツのファミリーとして活躍の場を与えたい――という気持ちを山下は持っている。
ドイツに限らずヨーロッパは、そこら辺の街クラブでも100年の歴史を持っている。バサラマインツを運営してみて、「1年がこんなに大変だとは思わなかった。100年という歴史は本当にすごい」と実感しつつ、バサラマインツにも100年という歴史を刻んでほしいという夢を持っている。そのために、一緒に戦ってきた仲間を大事にして、トップチームはセカンドチームを応援し、セカンドチームはトップチームを応援するというムード作りをしている。
また、日本人主体という特異なクラブだけに、地域貢献にも気を配っている。マインツ近隣のアマチュアクラブを招待し、ブレッツェンハイムカップという大会を開催したのもその一環だ。
「クラブがお金を払って格安でジムと提携し、選手たちが無料で筋トレできるような環境を整えました。インターン生も多く、広報として3人います。昨季インターンとしてフィジカルトレーナーを務めた宮崎宏基はいい人材だったので、彼に給与を払えるようにスポンサーと相談をして、バサラマインツに残ってもらいました。クラブとしては確実に成長しています」(山下)
しかし、せっかくドイツに来たのだから、選手たちにはもっとギラギラしたものを持ってプレーしてほしい……という注文が山下にはある。やはりそういう気持ちは、日高や奥田裕也のような他のドイツのクラブを経てバサラマインツに辿り着いた選手のほうが強い。そういえば、日高がこう言っていた。
「ドイツのサッカーに慣れるまで、絶対に時間がかかります。最初はチームメイトとコミュニケーションがとれないし、そもそもサッカーも違う。日本で正解だと思っていたプレーも、チームメイトの10人が違った方向性を持っていたら、それは間違いなんですよ。すると監督から、『お前はいらない』と根本から否定されてしまう。
だけど、もしドイツ語がしゃべれたら、また違ってくると思うんですよ。『俺はこう思っている』と伝えることができたら、ドイツ人の選手も『お前はこうしたほうがいいぞ』と教えてくれる。そこでお互いの距離がグッと縮まれば、譲り合えて『お前のやりたいことのうち、俺たちはそこはできるよ』となる。
しかし、ドイツのチームに最初から入っちゃうと、そこは難しい。だからバサラマインツにいるうちに、もっと語学にも力を入れてやってほしい。その大切さを、まだみんなわかってない」(日高)
山下は、高校の後輩であり、バサラマインツのスーパーアドバイザーを務める岡崎慎司にいろいろと相談に乗ってもらっている。そして、シュツットガルトで苦しみ、マインツで花開き、レスター・シティでプレミアリーグを制し、今はまたレギュラー確保に向けて切磋琢磨する男の話をバサラマインツの選手に伝えるのだ。
「今度、選手たちに話そうと思っていることは、岡崎の『自分のプレーを客観視して、できること・できないことをハッキリさせることが大事なんじゃないですか』という言葉。うちの選手にも苦手なプレーをやろうとして、それでミスをして迷いが生まれ、全体のプレーもマイナスの方向へ進む悪循環がある。だからそこは割り切って、安全にパスすることも大事になってくる。
『より強い相手とやるほうが、できることとできないことが明確になるからわかりやすい』とも岡崎は言ってました。うちらはどちらかと言えば、強い相手とやるとプレッシャーのほうが勝っちゃって、弱腰になっちゃう」(山下)
そして山下は、しみじみとこう言った。
「岡崎は、『自分はまだまだ成長段階です。日々是(ひびこれ)チャレンジ。それが駄目だったら、次はこうしようと思ってやってます』と言ってるんです。もう31歳の彼が、ですよ。そういう男がバサラマインツに関わってくれてよかったと思います」