柔道界の”ひふみん”は、2017年を無敗で過ごし、弱冠20歳にして、もはや柔道母国の顔となった。 今年のブダペスト世界選手権男子66kg級を制した日本体育大学2年の阿部一二三(あべ・ひふみ)は、グランドスラム東…

 柔道界の”ひふみん”は、2017年を無敗で過ごし、弱冠20歳にして、もはや柔道母国の顔となった。

 今年のブダペスト世界選手権男子66kg級を制した日本体育大学2年の阿部一二三(あべ・ひふみ)は、グランドスラム東京の連覇にも成功。来年、アゼルバイジャンのバクーで開催される世界選手権の代表に内定した。



2017年を無敗で過ごした男子柔道66kg級の阿部一二三

 丸山城志郎(ミキハウス)との決勝直前、夙川学院高校2年の妹・詩(うた)が女子52kg級で初優勝を飾った。わずか開始46秒で対戦相手を阿部家の宝刀である背負い投げで畳に叩きつける圧勝劇だった。

「妹の方が今日は危なげなく勝ち上がっていた。決勝でも僕に見せつけるかのようにぶち投げて、僕にすごいプレッシャーをかけてきた。これは投げなあかんなという感じになったんですけど……妹のあの柔道を見てより心が締まったというか、気持ちがよりいっそう高まった。お互い刺激し合って強くなっている感じがした。これからもふたりで、東京オリンピックに向けて成長できたら」

 現役世界王者の強さが際立った1日だった。国内外の選手に研究され、なかなか襟を持たせてもらえないなかでも、一瞬のチャンスを見逃さない。襟が掴めなければ袖を持って袖釣り込み腰へ、相手が担ぎ技を警戒すれば足技で崩しにかかる。

 初戦を反則勝ちで、3回戦を腕ひしぎ十字固めで勝ち上がると、これまで2戦2敗であるダワードルジ・トゥムルフレグ(モンゴル)との準々決勝はゴールデンスコア(延長戦)にもつれるも、最後は大内刈り「技あり」を奪って初勝利。

「組み合わせを見たときに、準々決勝の相手は想定していた。ダワードルジ選手はこれまで勝ったことがない選手で、苦手意識がないといったら嘘になる。ここでまず厳しい戦いになると思っていた。そこを勝ち切れたことでいい波に乗れた」

 準決勝、決勝は日本人対決になった。磯田範仁(国士舘大4年)との準決勝は、延長に入って背負い投げ「一本」で勝利。決勝の丸山戦では、先に指導を宣告される場面もあったが、「前に出て投げることしか考えていなかった」と振り返り、延長に入ってから大内刈りで投げ、連覇に成功した。

 世界王者として迎える2018年は年明けから単身でヨーロッパに乗り込み、個人合宿を重ねるプランがあるという。

「海外の試合に行けば英語が必要になる。柔道のためだけでなく、僕自身、日常生活の英会話ぐらいはしゃべれるようになりたい。ヨーロッパに行って練習しながら、英語の勉強も少しできたら。ひとりで行かないと意味がない。誰かに甘えてしまうと意味がない。ひとりで行って、ひとりで乗り越えることによってさらに成長できる」

 もちろん、井上康生・全日本男子監督や、所属する日本体育大学の理解を得ての武者修行だ。現世界王者とはいえ20歳の柔道家の単独行に理解を示すとは、数年前の閉鎖的な柔道界では考えられなかったことだろう。井上体制となって大きく変革した柔道界の申し子にして、2020年の東京五輪に向けた旗手が、阿部なのだ。

 ボクシングをはじめ格闘技の世界には「パウンド・フォー・パウンド」という言葉が存在する。階級によって細分化された世界で、体重差を抜きにして誰が最強であるかを論じる一種の称号である。

 五輪を2連覇し、世界選手権の金メダルも11個保持している絶対王者のテディ・リネール(男子100kg超級)に翳(かげ)りが見え始めた現在、豪快な担ぎ技でファンを魅了する阿部こそJUDO界パウンド・フォー・パウンドになる逸材だ。いや、そういう存在にならなければ、阿部の目指す「野村(忠宏)超え」、つまり五輪4連覇も果たせないだろう。

 そう伝えると、阿部は言った。

「自分、さすがにリネールには勝てないっすよ」

 その口ぶりは、どうもピンときていない様子。あらためて、パウンド・フォー・パウンドの意味を解説した。

「なるほど、柔道界の存在感ってことっすね(笑)。はい、リネールを超えます!」

 最強の柔道家は、さらなる飛躍を目指す。