◇第102回東京箱根間往復大学駅伝競走復路(3日、神奈川・箱根町芦ノ湖スタート~東京・千代田区大手町読売新聞社前ゴール=…

◇第102回東京箱根間往復大学駅伝競走復路(3日、神奈川・箱根町芦ノ湖スタート~東京・千代田区大手町読売新聞社前ゴール=5区間109・6キロ)

 往路を新記録で制した青学大が復路も5時間19分26秒の新記録で勝ち、10時間37分34秒と初めて40分台を切る異次元の総合新記録で、史上初となる同一チーム2度目の3連覇(計9度目)を達成した。原晋監督(58)は12年間で9度目の優勝となり、大会公式記録に「監督」が明記された1964年の第40回大会以降では、日体大の岡野章監督を抜き、史上最多となった。今大会に向けて「輝け大作戦」を発令した同監督は「輝け指数は300点です!」と胸を張った。(晴れ、マイナス1・3度、湿度31%、西の風2メートル=スタート時)

 強すぎた。青学大アンカー折田壮太(2年)は、ライバル校と昨季の青学大チームを引き離して、優勝のゴールテープを切った。3分45秒、距離にして約1キロも大会記録を更新。折田が宙に舞った後、原監督は選手に「9回だぞ!」とリクエストして胴上げされた。「輝け大作戦は大成功です。300点です」。箱根駅伝の監督として最多の9勝目を飾った指揮官は満面の笑みで話した。

 2位と18秒差で出た復路は全員が区間3位以内。盤石の逃げ切りだった。滑り出しの山下りでルーキー石川浩輝は重圧もどこ吹く風で、1年生の歴代最速記録を1分近く更新し「自分がしっかり走れれば、総合優勝が近づくのは分かっていた。役目を果たせた」と誇った。

 2日の往路5区では絶対エースの黒田朝日(4年)が「4代目・山の神」を襲名する異次元の区間新記録をマークして大逆転優勝した。黒田朝日の存在が際立ったが、9区区間賞の佐藤有一(4年)が青学大の強さを象徴している。4年目にして箱根初出場の選手が中大のエース吉居駿恭(4年)らを相手に堂々と渡り合った。「4年目まで苦しんでも最後は箱根で活躍して優勝メンバーになる先輩がたくさんいた。僕もそうなりたかった」と佐藤有は感慨深く話した。

 青学大では池田生成(17年9区2位)、吉田祐也(20年4区区間賞)、倉本玄太(24年9区区間賞)ら最初で最後の箱根路で活躍する選手が多い。黒田朝日のような選手は何十年に一度しか現れないが、4年目に渋い活躍をする選手はコンスタントに現れる。それが青学大の強さの大きな理由だ。

 原監督の起用方針の基本は「同じ実力なら下級生よりも4年生を使う」。翌年以降を見据えて「同じ実力なら4年生より下級生を使う」という監督が多い中、原監督の方針は徹底している。「4年間、走り込んできた選手は信頼できる」

 青学大駅伝チームの選手寮で飲酒できるのは1年に1度。勝っても負けても箱根駅伝復路が終わった1月3日の夜だけ。前回大会も当日夜だけは原監督、妻で寮母の美穂さん(58)はじめコーチ陣と20歳以上の選手はビールを、20歳未満の選手はスポーツドリンクを飲みながら夜更けまで語り合った。しかし、つかの間の休息で心身をリフレッシュした後、7日からは通常通りに午前5時45分から朝練習を開始。真っ暗な中、走り始めた。「これが我々の日常です」とテレビ番組で見せる明るい表情とは対照的に淡々と話した。

 現3年生世代は箱根路でチームは負けなしだが、出場した選手は今回4区の平松享祐だけ。箱根駅伝には「4年生が強いチームが強い」という格言がある。来季の青学大も箱根路で強さを見せつけるだろう。(竹内 達朗)

 ◆青学大 1918年創部。箱根駅伝は43年に初出場。2004年に原監督が就任。09年大会で33年ぶりに本戦出場し、15年から4連覇など優勝9度。出雲駅伝は優勝4度。全日本大学駅伝は優勝2度。16年度は学生駅伝3冠達成。練習拠点は東京・町田市と神奈川・相模原市。タスキの色はフレッシュグリーン。長距離部員は選手47人、学生スタッフ18人。主なOBは「3代目・山の神」と呼ばれた神野大地(M&Aベストパートナーズ選手兼任監督)、太田蒼生(あおい、GMOインターネットグループ)ら。

◆箱根駅伝総合3連覇以上

1935~38年 日 大4連覇

  59~64年 中 大6連覇

  69~73年 日体大5連覇

  86~89年 順 大4連覇

2002~05年 駒 大4連覇

  15~18年 青学大4連覇

  24~26年 青学大3連覇