社会人クラブ「マツゲン箕島硬式野球部」の活動 軽トラック3台分のお菓子を子どもたちに配る――。過疎化に悩む地方都市において、企業が地域スポーツを支援し雇用を生み出す取り組みは、地域再生の貴重なモデルケースとなる。和歌山・有田市の社会人野球ク…

社会人クラブ「マツゲン箕島硬式野球部」の活動

 軽トラック3台分のお菓子を子どもたちに配る――。過疎化に悩む地方都市において、企業が地域スポーツを支援し雇用を生み出す取り組みは、地域再生の貴重なモデルケースとなる。和歌山・有田市の社会人野球クラブ「マツゲン箕島硬式野球部」は、地元スーパーマーケットチェーン「松源」が選手たちに安定した雇用を提供することで、若者が故郷で野球を続けられる環境を実現している。前回紹介したチーム創設の経緯に続き、今回は企業支援と地域連携の実態に迫る。地方の衰退が叫ばれる中、スポーツを核とした地域活性化の秘訣とは何か。

 甲子園4度の優勝を誇る和歌山・箕島高校の卒業生で1977年春の甲子園初優勝に貢献した西川忠宏監督らが立ち上げた「箕島球友会」が母体となっているマツゲン箕島硬式野球部は昨年、社会人野球のクラブチーム日本一を争う「第48回全日本クラブ野球選手権大会」で6度目の優勝。社会人日本選手権にも出場する強豪チームとなった。2019年から「マツゲン」の名を冠するようになった。

 松源は関西では知名度の高いスーパーマーケットチェーン。選手たちは店舗で働き、西川監督によると「投手は手を怪我しないよう、包丁を使わない部署に配属していただきます。牛乳を置いたりパンを整理したり……。捕手は水産のバックヤード、野手は惣菜コーナーで焼き飯を作ったりしています」。水産課に所属し、寿司を握る業務に従事している投手もいる。

 西川監督はチームで精神面、礼儀作法、社会人としての常識を教える役割を担っている。「技術面はプロコーチ3人に任せていますが、精神面の指導は私の仕事。かなり厳しいかもしれませんが、細かく指導します」と語る。もっとも重視しているのは「他人からの評価」だという。「野村さんの言葉にもありますが、評価は他人が下すものです。選手たちには『仕事も野球も人一倍やって初めて認められる』と教えています」

 興味深いのは西川監督の職場環境づくりの考え方だ。「周りの人間をファンにすることが大切。同じ職場の人が『今日は試合だから早く帰っていいよ』と言ってもらえるようにするには、まず自分たちが日々の挨拶や仕事を頑張ることが必要。環境は自分たちで作るものなのです」。もちろん、そういう声掛けを求めているわけではないが、野球だけやっていればいいという考え方を選手は誰一人と持っていない。

 チームと地元・有田市との連携も見逃せない。有田市はふるさと納税を活用した寄付金集めを支援し、日本選手権では職員が応援団を結成してくれた。「吹奏楽団も含め、有田市が前面に立って応援してくれています」と西川監督は感謝する。

地元の子どもたちが集まる恒例行事

 その恩返しとして、チームは地域貢献活動に力を入れる。月1回、有田市の経営企画課に「何かすることはないか」とチーム側から打診。市内各所から要望を募り、選手を派遣して活動する。「小学校の池の清掃や草刈りなど、様々な場所で奉仕活動をしています」。この取り組みは約10年前、当時の有田市との会話から始まったという。「応援してもらっている以上、私たちも何かしなければという気持ちからスタートしました」。

 西川監督が特に力を入れていたのは地元の子どもたちを募って行うティーボール教室だ。コロナ禍で一時中断したものの、20年以上も続く活動で、10月末から12月頭にかけて年2回開催している。「野球をしていない子、特に女の子を呼ぼうと企画しました。女の子が興味を持てば男の子も自然に集まってくる。安易な考えですが、野球人口を増やす取り組みです」。

 この教室の最大の目玉は「お菓子配り」。松源から軽トラック3台分にも及ぶ量のお菓子が提供され、子どもたちに配るのだ。そこで野球や体を動かすことの魅力を選手、スタッフたちが伝える。「県内外から本当にたくさんの子どもたちが集まります。お菓子目当てに来て、バッティングティーで打つ体験をしてもらいます」と指揮官は楽しそうに語る。

 先日、この活動に参加した方から驚くべきことを聞かされた。「子どもを連れてきたお母さんが『私は小さい頃にこのティーボールに参加しました。なので、今度は子どもを連れてきました』と話してくれたんです」と西川監督は仰天。25年以上続けた成果が親子2代にわたる参加という形で実を結んだ瞬間だった。「継続は力なり、ですね」と西川監督は満足そうに微笑んだ。

 こうした地道な活動が、徐々に地域に浸透し、チームと地域の絆を深めている。「お菓子配りやティーボールは子どもたちだけでなく、お母さんも来ますから『松源さんが今日提供してくださっています』とスーパーのアピールもできる。Win-Winの関係です」と西川監督は説明する。

 マツゲン箕島硬式野球部は単なるスポーツチームではなく、地域と企業とのつなぎ役、そして未来の野球人口を育てる役割も担っている。西川監督は「野球人口が減る中で、やっていない子をどう増やすかが課題。私たちの活動がその一助になれば」と意欲を見せる。

 軽トラックいっぱいのお菓子と真剣な野球教室。意外といえるこの組み合わせが、地域に笑顔をもたらし、次世代へつながる活動となっている。西川監督らの創意工夫と松源の協力、そして地域の受け入れが三位一体となったこの取り組みは、地方創生のモデルケースとも言えるだろう。(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)