あらためて、今後を楽しみにさせる投球内容だった。 9月2日、ニューヨークでのレッドソックス戦で先発したヤンキースの…

 あらためて、今後を楽しみにさせる投球内容だった。

 9月2日、ニューヨークでのレッドソックス戦で先発したヤンキースの田中将大は、7回を投げて5安打1失点と好投。ア・リーグ東地区の首位を走るライバルを封じ込め、今季11勝目を挙げた。



レッドソックス戦で、日米通算149勝目を挙げた田中

「特別、調子がいいボールはなかった。その中で、コースや高さを意識して投げ切ることができたのが大きかった」

 好調でなくとも、これだけのピッチングができたことは心強い。8月中旬に右肩炎症で故障者リスト(DL)入りしたものの、復帰後は3連勝を飾っている。その3試合ではすべて7イニングを投げ、直近の2戦はどちらも1失点と内容も文句なし。さらに特筆すべきは、今季を通じて悩まされてきた被本塁打がここ5試合で2本のみ、直近の2戦ではゼロと減少傾向にあることだ。

 2日のレッドソックス戦でも、2回には5番のハンリー・ラミレス、4回には3番のムーキー・ベッツに大飛球を打たれたが、打球はフェンス手前で失速した。いずれもコントロールミスを運ばれたものだが、それでもフェンスを越されることはなかった。

「(本塁打にならなかったのは)運じゃないですかね。(ラミレスへは)甘く入ったボールだったし、そのバッターの状態もあるだろうし……」

 
 田中は試合後にそう述べたが、一方で、自身の状態が上向いていることも認めていた。調子がよければ制球ミスは減り、球に勢いやキレが戻れば、多少の失投も致命傷にはならない。もちろん、打者有利のヤンキースタジアムでは長打に警戒が必要なことに変わりはないが、前半戦の不振の要因だった”一発病”が克服できてきていることは大きい。

「田中は、過去数年にわたって投手陣を引っ張ってくれてきた投手。私たちは彼が必要だった。調子を取り戻し、いい投球をしてくれている」

 目を細めてそう語ったジョー・ジラルディ監督も田中の復調に手応えを感じているようだ。8月12日に田中のDL入りが発表された直後、この時期の休養が”ケガの功名”になるかもしれないと考えた関係者は少なくなかった。直近の3試合を見る限り、彼らの予想通り、田中のサマー・ブレイクはポジティブな効果を発揮しているように見える。

 この上昇気流に乗る過程で、田中は多くのマイルストーンに到達している。メジャー通算100試合登板を飾った前戦で、日本人投手としては初となる、デビューから4年連続の二桁勝利を達成。また、2日のレッドソックス戦では日本人最速のメジャー通算50勝に到達し、日米通算150勝にも王手をかけた。

 田中が積み重ねてきたものは、こうした素晴らしい個人記録となって表れ始めている。ただ、彼が戦場とするニューヨークの人々は、このような記録や数字に興味はない。ファンにとって大事なのは、エース役を務めるはずだった右腕が、9月を迎えてようやく今季最高と思えるピッチングを見せていることだ。どんなレコードよりも、現在の活躍にニューヨーカーはエキサイトしているはずである。

 5〜6月の田中は0勝6敗、防御率8.91という極度の不振に苦しみ、少なからずファンやメディアからの批判も受けた。しかし、直近の12試合では6勝3敗、防御率2.77と安定。特に7月28日以降の6試合では、4勝1敗、防御率2.08、39イニングで40奪三振と”支配的”と言える投球を取り戻している。

 いつの間にか11勝10敗と勝利数が負けを上回り、防御率も4.54まで下がった。アップダウンの激しかったシーズンだが、シーズン終了時の成績はさらに見栄えのいいものになることは間違いない。そして、地区優勝やワイルドカード争いをするチームでさらに活躍すれば、田中に対するイメージもガラッと変わるだろう。

 2日のレッドソックス戦前日――。田中にレギュラーシーズン最後の1カ月の意気込みを聞くと、「特別に、やってやろうという気持ちが強いわけではない」と断った上で、こんな言葉が返ってきた。

「シーズン序盤にあれだけ不安定な投球をしてきた中で、いろいろとトライし、修正を重ねてきた。(ここから)チームに貢献したいという想いはある」

 厳しい試練の時間を過ごした後で、心に期するものは間違いなくあるのだろう。9〜10月のメジャーリーグでは、さまざまなドラマが生まれる。この季節に大舞台で好投すれば、今シーズン全体が正当化される。チームをプレーオフに導けば、これまで辛辣だった街の人々は綺麗に手のひらを返してくれる。

 そんな逆転のシナリオを現実のものにすべく、28歳の右腕は重要な時期に照準を合わせてきた。一時は難しいと思われた、一発勝負のワイルドカード戦での先発も十分にあり得る。田中にとって、ヤンキースキャリアのハイライトになる可能性を秘めた秋が、今まさに始まろうとしている。