パリ五輪に挑んでいたU-23サッカー日本代表。そのラストマッチの舞台は、リヨンにあるスタジアムだった。 フランスでは第…
パリ五輪に挑んでいたU-23サッカー日本代表。そのラストマッチの舞台は、リヨンにあるスタジアムだった。
フランスでは第2の都市圏とされるリヨン。その郊外に、収容人員が5万9千人を超えるパルク・オリンピック・リヨンがある。大岩ジャパンは、このピッチの上で、U-23スペイン代表と対戦した。
予選リーグ3試合をすべて完封勝利してグループを1位通過した日本を取材すべく、現地には多くのメディアが駆け付けた。テレビ局、通信社、一般紙、スポーツ紙、出版社などなど、多くのメディアが日本にその模様を届けようとした。
一方で、対するスペインのメディアは、日本メディアの半分にも到底到達せず、かなり少なかった。スタジアムのスタッフの中には、「五輪ではメジャースポーツではないのに、日本からはなぜこんなに取材に来るのか?」と疑問を投げかける人もいたほどだ。メディアルームには日本人が多くいた。その光景は、言葉に思わずしてしまうほどだったということだ。
■サポーターも駆け付けた
では、サポーターはどうだったか。フランスと隣り合うスペインとは違い、日本はかなり遠い。少なくとも、パリまでの直行便は羽田空港から14時間以上もかかる。まして、円安や燃料代の高騰の影響を受ける現在は、航空券代も高く立ちはだかる。
それでも、多くのサポーターが駆け付け、声を響かせた。そればかりか、遠く日本から青いゴミ袋を大量に運び込んで、応援の輪を大きくしようとした。
さまざまな趣味の増加によってサッカーの地位を揺らぐ声もあるが、その熱は決して弱まっているとはいえない。熱いものを持っているピッチ外の人々がいるからこそ、この日、U-23日本代表は3点差を付けられても、必死で戦ったのである。