法政大学アイスホッケー部(以下法政大)の新シーズンが始まった。人気低迷など逆風が吹くアイスホッケー(以下IH)界だが、前だけを見て歩み続ける同部の現在に迫る。主将・齊藤輝(ヒカル)と副主将・山村旭飛(アサヒ)、同・床勇大可(トコユタカ)の幹…
法政大学アイスホッケー部(以下法政大)の新シーズンが始まった。人気低迷など逆風が吹くアイスホッケー(以下IH)界だが、前だけを見て歩み続ける同部の現在に迫る。主将・齊藤輝(ヒカル)と副主将・山村旭飛(アサヒ)、同・床勇大可(トコユタカ)の幹部3人に聞いた。
「目標は大学四冠です」と3名は即答した。四冠とは春の関東大学選手権、夏のサマーカップ、秋の同大学リーグ、そして冬のインカレのタイトルのこと。法政大はそれら全てを本気で勝ち獲る気でいる。
法政大IH部「オレンジシールズ」は1936年(昭和11年)創部の名門。過去には関東大学選手権優勝19回、同大学リーグ戦優勝14回、インカレ優勝13回を数える。これまで数多くのプロや実業団選手を輩出、日本代表にも選手を送り込んできた。しかし、近年は東洋大、明治大、中央大といったライバル校に苦渋を味わわされることもあった。
~自分なりの方法でチームをまとめて頂点を目指す(主将・#92齊藤輝)
今季主将となった齊藤輝は、身体の強さを活かした献身的なプレーでチームを牽引する。普段は笑顔が絶えない男だが、四冠達成への強烈な意志を感じさせる
「四冠はチーム全体の共通認識になっています。一致団結してもっと強いチームになりたい。今年は上位チーム間に差がないと思うのでチャンスは絶対にあるはず。全試合に集中して勝ち続けたいです」
北海道の名門・白樺学園からホッケー選手として上達するために法政大を選んだ。氷上を離れると人当たりの良さが目立ち部員から愛される男だ。
「親もIHをやっていたので5歳くらいから自然に始めました。法政大には仲の良い先輩もいたけど、早い段階から試合に出られる機会がありそうだったので選びました。やっぱり試合に出ることで上手くなれると思います。将来は絶対に日本代表になりたいです」
「僕は話しやすいタイプみたいで、寮の部屋にも知らない間に部員が入ってくる(笑)。そういう部分から主将に選ばれたのもあると思います。普段から下級生などを誘って個人練習を共にすることもある。自分なりの方法でチームをまとめようと考えています」
~けがは治ったのでチームに貢献して勝ちたい(副主将・#88山村旭飛)
副主将の山村旭飛は北海道釧路市出身だが、IHをするために埼玉栄高へ入学。大学2年時にはヒザの重傷(内側側副靭帯断裂、内側半月板損傷)を克服した不死鳥のような男だ。
「地元に実業団・日本製紙クレインズ(当時)があって、『将来は自分もこういう舞台でやる』と思っていた。高校時代に法政大の試合を見て雰囲気がスゴく良く感じました。真剣に勝ちを目指しながらも楽しそうにやっている。ここならIHを楽しみながら上手くなれると思いました」
「高校から寮生活だったので最初から楽しかったです。寮にウエイトルームが隣接していて医療設備も充実している。選手生命に影響しそうな大けがから復活できたのも法政大だったからだと思います。本当に感謝しているし来て良かったです」
けがという大きな逆境を経験した山村だけに現実を冷静に捉えている部分もあるが、「四冠の可能性は低くない」と語る。
「四冠を本気で目指しているし可能だと思います。大学1年の時は他大学にスター選手が多かったので難しいと感じました。でも今はどこの学校も実力が変わらないと感じる。だから全ての試合が大事で落とせないです」
~アイスホッケーに熱い気持ちの選手が多いので結果も必ず出る(副主将・#44床勇大可)
もう1人の副主将・床勇大可はIH界のサラブレットとも言える。父・泰則と2人の姉・亜矢可(アヤカ)、秦留可(ハルカ)が揃って日本代表経験者。床本人も世代別代表に加え、フル代表にも選出されたことがある。
「今は大学頂点に立つことだけ考えています。僕たちの代は熱い選手が多く、常に考えてプレーしているので期待できるはず。今年は他校と差がないと感じます。僅差の戦いになると思うので、相手を意識せずに自分たちの最善のプレーをしたいです」
試合前から一人離れて黙々とストレッチする姿が印象的だった。氷に乗った時に最高のパフォーマンスができればチームの力になれると信じている。
「練習や試合には常に100%で臨みたいので、周囲を気にせず自分のペースを守っています。でも普段の生活では仲間たちと話したりするのが好きです。プレー中は感情的になることもありますが、そういった僕のことも理解してくれて感謝しています」
「家族が日本代表経験者ばかりなので、相手チームがそういう部分で試合中に口撃してきたこともあります。でも代表に選ばれてからは気ならなくなった。成長している実感もあるのでプレーに集中してチームに貢献したいです」
~食べ盛り年代だけに食事の準備とコストに頭を悩ませる
チーム四冠達成への思い、そしてイチ選手としての向上心は表現できないほど強い。しかしIH界を取り巻く環境は必ずしも満たされておらず、苦労は尽きないとも語る。
「食事面が1番大変」と口を揃える。寮母さんが食事の面倒を見てくれる大学もあるが法政大には存在しない。週1度、食材の買い出しを行い学生が自炊する。食材がなくなった後は各自が自腹を切って必要なものを購入するという。
「食べ盛りなので食材はすぐになくなります。結構な食費が必要なのでバイトをしている学生も少なくない。僕の場合は親が、『バイトするくらいなら練習しろ』と言ってくれます。また実家が近いので食事に帰る時もあります。ありがたいです」(床)
「僕は高校から親元を離れての下宿で土日は自炊していたので、慣れてはいます。でも他の学生は大変なはず。寮母さんがいる他大学が羨ましく感じることもあります」(齊藤)
東京・東村山市にあるIH部寮は大学(東京・市ヶ谷他)までは多少の距離はある。しかしダイドードリンコアイスアリーナ(東伏見)や東大和スケートセンターまでは程よい距離で、競技に専念するには悪くないという。食事面の心配をクリアできれば環境もかなり変わるはずだ。
~アイスホッケーはお金がかかる競技
学生が負担する寮費や遠征費は決して安くない。そして最も大きな負担となるのがギア(=用具)だ。スティック1本が5万円、スケート靴が1足10万円以上かかり、その他にも防具など多くのものが必要となる。
「IHはお金がかかるし、ただでさえ物価が高くなっている。僕は焼き鳥屋さんで定期的にバイトをしています。正直、バイトで疲れて帰ってきて朝からの練習だときつい時もあります。でもバイトをしないと生活も含め厳しいですから」(山村)
「パチンコ屋さんでバイトする時もあります。時間の融通が効き時給も良いので負担を最小限にできます」(齊藤)など、将来のプロ入りを目指す大学トップレベルでも現実に追われている。
プレー環境の全てが革命的に良くなることはあり得ない。学生自身が現実を最も理解しているが決して悲観することはない。今できる最善を尽くして結果を残そうと足掻いている。時間とお金という制約に抗いながらチームの勝利と自らの上達を目指す彼らには、心からのエールを送りたい。
「東洋大のユニフォームを見ただけで、自分を失いそうになるくらいテンションが上がる」(齊藤)
「高校時代のチームメイトもいるので、東洋大、明治大、中央大の3校には負けたくない」(山村)
「明治大には絶対に負けたくない。いつも熱くなってしまうチーム」(床)
「個人的に負けたくないチーム」を聞いた時は声のトーンが上がったようだった。対抗心を決して隠そうとしないのが学生らしくて良い。
2024年シーズン、最終学年となった3人を中心に法政大は快進撃を見せてくれるはず。その先には四冠の快挙があることを信じたい。今年は氷上にオレンジが映える年になりそうだ。
(取材/文・山岡則夫、取材協力/写真・法政大学アイスホッケー部)