大谷翔平がスポーツ史上最大級の大型契約でロサンゼルス・ドジャースと新たな契約を結んだ。総額は天文学的な数字だが、その契約…
大谷翔平がスポーツ史上最大級の大型契約でロサンゼルス・ドジャースと新たな契約を結んだ。総額は天文学的な数字だが、その契約内容は、大谷の勝利に対する姿勢が反映されたものになっている。右肘の手術の影響もあり、来季は打者に専念することになるが、「二刀流」の挑戦は続いていく。奇しくも大谷がこの世に生を受けた頃、米国ではMLBとNFLの二刀流を貫いたスーパースターがケガの影響でそのキャリアに幕を閉じた。それから30年、大谷は「二刀流」で野球界にルネサンスをもたらそうとしている。

大谷の契約内容には勝ちへのこだわりが表れている
photo by Getty Images
【ケガで二刀流にピリオドが打たれたジャクソン】
1991年1月13日、ロサンゼルス・コロシアム。NFL(アメリカンフットボールのプロリーグ)、ロサンゼルス・レイダーズのRB(ランニングバック)ボー・ジャクソン(当時28歳)が34ヤードのランを決めた時、相手守備にタックルで足をつかまれ、臀部を負傷した。その試合、筆者はサイドラインで写真を撮っていたが、タックルは特に強烈なものではなく、軽症だと思った。だが、それがNFLとMLBで絶大な人気を誇っていたジャクソンの「二刀流」にピリオドが打たれた瞬間だった。
ジャクソンが所属していた当時のMLBカンザスシティ・ロイヤルズの担当記者、ディック・ケーゲル氏に話を聞く機会があった。今から3年前の2020年8月、大谷翔平が思うような結果を残せず、米国のメディアが二刀流を断念すべきという論調になっていた時だ。あのジャクソンと最も親交の深かった野球記者の意見を聞きたかったためだ。
「(ケガの後)春のキャンプは足を引きずり、松葉杖をついての参加だった。プールがあって毎日そこで泳いでいた。だが患部は良くならず、3月18日に解雇された」
ジャクソンは人工関節の手術を受け、1991年にリハビリを経てシカゴ・ホワイトソックスと契約。メジャーリーグでは1994年までプレーしたが、それでおしまいだった。
「彼が二刀流を志したのは、ふたつのスポーツをプレーするのが心から好きだったから。だから早くキャリアが終わっても全く後悔していない。殿堂に入れなかったこともね。引退後、大学で学位を取り、3人の子供を育て上げ、ビジネスでも成功し、豊かな人生を送れているからね。それでもボーは50年の私の取材経験で見た、最高のアスリートだった。
MLBのデビュー戦で145メートルの特大のホームランを打ったり、(シアトル)マリナーズ戦でレフトのウォーニングトラック(外野フェンスに沿って引かれた線と外野のフェンスまでの間のスペース)からホームに遠投して刺したり。大学を出てから野球だけをやっていたら、ウィリー・メイズ(1950〜1973年にMLBでプレー。史上最高の万能型と呼び声高い走攻守揃った選手)のような偉大な野球選手のひとりになれていたと思う。私は医師ではないし確かなことは言えないが、身体にもっと休みが必要だったのかもしれない」
その経験からケーゲル記者は、大谷についてもこう話した。
「世界のトップアスリートが集まるMLBで、二刀流で成功するのは大変なこと。普通、投手は投げた後はリカバリーのために身体を休める。しかし大谷はその間も試合に出る。ボーも野球シーズンが終わったら即、レイダーズに合流。フットボールが終わったら、少し骨休みするだけで野球のキャンプに参加した。
大谷が両方できることはすでに証明されている。だが、二刀流をやるのは身体の限界を超えているのかもしれない。私は大谷がすでに26歳であることを考えると、野球選手にとって一番良い時期にひとつのことに集中して、フィールドに立ち続けられるようにしたほうが良いと思う。あくまで決めるのは彼自身だけどね」
言うまでもなく、大谷は2021年から2023年にかけての大活躍で二刀流が可能であることを証明。そして2023年12月、10年総額7億ドル(約1050億円、1ドル=150円換算)という世界のスポーツ史上最大契約を勝ち取り、サッカーのリオネル・メッシ(アルゼンチン)やキリアン・エムバぺ(フランス)らと肩を並べる、世界のトップアスリートとなった。
今さらながら残念に思うのは、もし91年1月、ジャクソンがケガをしていなければ、NFLとMLBの二刀流でさらに大きな成功を成し遂げ、米国のスポーツ界の流れを変えていたかもしれないということ。当時、米国の高校ではトップアスリートが複数の競技で活躍するのは当たり前で、二刀流の候補生はたくさんいた。だが、近年は違う。親の考えで、プロ選手として成功できるよう、高校に入る前からひとつのスポーツに絞り、専属コーチを雇い、英才教育を受けさせるケースが増えた。だが、プロになりお金を稼ぐ確率は上がるが、アスリートの潜在能力を最大限に引き出しているとは言えない。
【「契約総額97%が後払い」の意味】
筆者は米国に31年間住み、主にMLBを取材してきたが、時々違和感を感じることがある。それはたいてい「お金がすべてを決めている」と知る時だ。例えば米国の打者が本塁打ばかり狙って振り回しているのは、それが手っ取り早く昇給につながるからだ。
チームも良い若手有望株がマイナーにいて、その選手が加わったほうが強くなるとわかっていても、調停権やFA権を得るタイミングを遅らせるために、わざと昇格させなかったりした。お金や契約に縛られず、もっと自由にやれれば、創造的で、楽しくなるのに......と不満だった。
そこに現れたのが大谷だった。2017年のオフ、MLBの国際選手移籍の年齢制限のルールがあり、あと2年待てば2億ドルから3億ドルと噂された巨額の契約を手にできたのに、メジャーリーグの最低年俸を受け入れて渡米した。二刀流はケガのリスクが大きいと言われても、ジャクソン同様、両方プレーしたいからと二刀流を続けた。
そして今回10年総額7億ドルでサインしたが、その内容を見れば1ドルでも多くと欲張ったのではなく、むしろ真逆だ。複数のメディアで報道されているように、ドジャースのぜいたく税の対象となるサラリー総額を下げる目的で7億ドルのうち6億8000万ドルと約97%を後払いにし、後払い分は契約が終わった翌年の2034年から2043年まで払われることになった。つまり10年の契約期間において大谷が受け取る額は1年200万ドル(約3億円)だけで、メジャーリーグの平均年俸の半分以下の数字である。しかも、後払い分は利息が付かないため、大谷自身は確実に金銭的には大損をする。
ドジャースが2020年にムーキー・ベッツと締結した12年総額3億6500万ドル(約547億5000万円)の契約を例に説明すると、まずベッツは総額を2021年から2032年の12年間ではなく24年間にわたって受け取ることに合意している。12年が経った後に受け取る後払いの総額は1億1500万ドルで、契約総額の約31.5%だった。2032年から2037年までは年800万ドル、2038年と2039年が1000万ドル、2040年から2044年までが年1100万ドルの内訳となる。
それだけの長い年月ではインフレ(物価上昇)があるから、ベッツが2044年に受け取る1100万ドルなどは特に今より価値が下がることになる。そこでMLB機構と選手組合は、このような長期契約で後払いがある場合は、契約全体の価値が下がるものと考えて計算し直す。ベッツの総額3憶6500万ドルの契約は、価値として3億665万7882ドルになるとはじき出された。約6000万ドル(約90億円)も下がる。そして実質的な契約総額を12年で割ると年平均2555万ドル(約38億3250万)となり、この額をベッツの年俸としてチームのぜいたく税を計算する時に当てはめる仕組みになっている。
ベッツはドジャースで勝ちたいから6000万ドルの損を受け入れ、お陰でドジャースは毎年約500万ドル分(約7億5000万円)、ぜいたく税の対象となるサラリー総額を下げられるため、その分しっかり補強できる。
大谷については31.5%ではなく97%。だから損をする額はより莫大になるが、それでも勝ちたいから、後払いを多くしている。ちなみにこの契約方法はルール違反ではない。労使協定には後払いの金額と年数にはリミットがないと明記されている。
【大谷がもたらす「ルネサンス」への大いなる期待】
『スポーツイラストレイテッド』誌のトム・ベデューチ記者も、「大谷はお金より勝つことにこだわる人間だ」と報じている。
12月1日、ドジャースの本拠地であるドジャー・スタジアムを訪問し、球団のスタッフに会った時のことだ。大谷は選手育成の取り組み方や、傘下のマイナーシステムがどうなっているかを聞いた。長期的に成功できるチームかどうかを確かめたかったからだ。加えて大谷がどれだけお金があったとしても、楽しみにしていることはたったのふたつで、ひとつは野球をプレーすること、もうひとつはそのためのトレーニングをすることだと聞いてみんなが衝撃を受けた。
「彼は29歳だが、その年齢よりもずっと若く、青年のように野球を愛している。我々は何が彼のモチベーションになっているかを知りたかったが、シンプルに野球をプレーすることだった。とても清々しい気分になったし、より契約したいと思った」と球団関係者は明かしている。
こういった無垢で自由な姿勢が、競技そのものや、そこでプレーする選手像の可能性を広げ、人々の心を打つ。ジャクソンはMLBとNFLの両方でオールスターに選ばれた初のアスリートとなり、当時のファンも、ビジネス界も、パワフルなパフォーマンスに熱狂した。スポーツメーカーのナイキは1989年、創造力を膨らませ「BO KNOWS(ボーはなんでも知っている)」で、クロストレーニングシューズの広告キャンペーンを展開して大当たりした。野球とフットボールだけでなく、テニス、ゴルフ、リュージュ、カーレースなどあらゆるスポーツを知っているという筋書きで、当時の米国ではテレビをつければ朝から晩まで「BO KNOWS」のコマーシャルが流れていた。
大谷は今回世界一の契約を結び、強豪ドジャースに入団したことで、さらに注目度が増す。スポーツ専門サイト『ジ・アスレチック』のケン・ローゼンタール記者はそのことを大歓迎し、大きな期待を寄せる。
「大谷はMLBの最大のスターで、超越的な存在になり、この何十年なかったほど、球界に話題を提供している。彼がより大きなマーケットのチームに入ったことで名声はさらに広がる。野球界は大谷と共にルネサンス(再生、復活)に向かうだろう」
MLBの画期的な契約といえば、大谷の前は2000年12月にA・ロッドこと、アレックス・ロドリゲスがテキサス・レンジャーズと結んだ10年総額2億5200万ドルだった。当時、スポーツ史上最大の契約として、世界中で話題になった。そのA・ロッド(現在48歳)もX(旧ツイッター)で「翔平、おめでとう。大きな変化だ。これからも野球を前進させてくれ」と祝福している。
1994年7月、大谷が生まれた月にジャクソンはエンゼルスのユニフォームを着てプレーしていた。かつてのスピードはないが、パワーは健在。その月は3試合連続を含む5本塁打。そのシーズンはストライキで8月に終了したが、75試合に出場、打率.279、13本塁打、出塁率.344と悪くない成績だった。だが、31歳でユニフォームを脱いだ。
大谷は39歳のシーズンまで契約した。ドジャーブルーのユニフォームに身を包み、毎年ポストシーズンに出て、ジャクソンの分まで二刀流で暴れ続けてもらいたい。MLBの野球がもっと面白くなるよう牽引車の役割を果たすのである。