ユニホームの胸部にあしらわれた「TOKUSHIMA」のローマ字は泥にまみれて、もはや判読不能になっていた。── 気持ちが前面に出ていましたね。 そう感想を伝えると、井上絢登(いのうえ・けんと)は「伝わってよかったです」と笑って、こう続けた…

 ユニホームの胸部にあしらわれた「TOKUSHIMA」のローマ字は泥にまみれて、もはや判読不能になっていた。

── 気持ちが前面に出ていましたね。

 そう感想を伝えると、井上絢登(いのうえ・けんと)は「伝わってよかったです」と笑って、こう続けた。

「去年の茶野(篤政/現・オリックス)やモンテル(日隈/現・西武育成)がいつもこんな感じでしたから。自分は去年、泥臭さが足りなかったなって」



豪快なフルスイングが持ち味の徳島インディゴソックス・井上絢登

【柳田悠岐ばりのフルスイング】

 この日、松山坊っちゃんスタジアムで日本独立リーググランドチャンピオンシップ2023が開催されていた。井上の在籍する徳島インディゴソックスは日本海リーグの富山GRNサンダーバーズと対戦し、9対6の乱戦を制した。

 井上は独立リーグ1年目の昨年からドラフト候補に挙がる強打者である。正確に言えば、福岡大に在学した一昨年からプロ志望だった。つまり、2年連続のドラフト指名漏れを経験している。

 井上の最大の特徴は、フルスイングにある。背番号9の左打者が、腰がねじ切れんばかりに豪快に振り切る姿は柳田悠岐(ソフトバンク)と重なる。類まれな馬力は守備面でも発揮され、外野からのスローイングは目を引く。

 昨季は68試合で13本塁打、41打点をマークして、四国アイランドリーグplusの本塁打王と打点王に輝いた。NPB3球団から調査書が届き、非公開の入団テストでは驚きの打球速度を叩き出し、編成幹部をうならせてもいた。

 それでも、ドラフト会議で井上の名前は呼ばれなかった。その理由を徳島インディゴソックスの岡本哲司監督はこう推測する。

「去年はホームランも多かったけど、なんでもむちゃくちゃに振るような粗さがありました。また、序盤は状態がよかったのに、途中で息切れをしてしまって」

 二冠王に輝いたといっても打率は.246と物足りなく、三振数は50を数えた。

 息切れした要因のひとつに井上の練習熱心さも挙げられる。大学4年時に打撃に悩んだ反省から、徳島では岡本監督から手ほどきを受けて打撃フォームを固め直した。シーズン中でも700スイングのティーバッティングが日課に。打撃の爆発力が増した一方で、疲労のたまった終盤は精彩を欠く結果になった。

【2年連続本塁打王・打点王の二冠】

 数々の反省を糧に、井上は飛躍の2023年シーズンを送っている。

「今年は『コンパクトにフルスイングする』ことを自分の形にしています。2ストライクからの対応を変えたことで、打率も3割を超えましたから」

 井上が今シーズン残した成績は、67試合で打率.312、14本塁打、39打点、14盗塁。打率は2厘差で首位打者を逃したものの、今季も本塁打王と打点王の二冠を獲得している。井上にあえて1番打者を任せている岡本監督は「出塁率重視で、いい存在感を出している」と及第点を与えた。

 富山サンダーバーズ戦でも、ストライクからボールへと逃げる変化球に井上のバットが止まるシーンが見られた。

 そして、守備位置も外野だけでなく三塁もこなしている。上からも横からも投げられるスローイングを見る限り、即席サードの雰囲気はない。

「サードの経験は中学時代にちょろっとだけ。練習は人一倍やっています。練習量は誰にも負けない自信があります」

 練習をした者が必ずしも報われる世界ではない。それでも、井上は身近で猛烈な練習の末にプロ入りの夢を叶えた人間を見てきている。

 福岡大の同期生だった仲田慶介(ソフトバンク育成)である。

 仲田は福岡大大濠高時代に遠投80メートル、50メートル走6秒6という平凡な選手だった。その後、人並み外れた努力で遠投120メートル、50メートル走6秒1の身体能力を獲得。さらに朝から晩までバットを振り、スイッチヒッターをマスターした。2021年のドラフト会議で育成ドラフト会議の最下位となる14位でソフトバンクに指名され、現在はチーム事情に応じて二塁をこなすなど首脳陣からの評価も高い。

 井上は言う。

「仲田が練習していたのは、ずっと見てきました。でも、自分も『あいつには負けない』と思いながらやってきましたから」

【今年はやれることをやった】

 徳島インディゴソックスでは茶野、日隈と同い年の選手が1年でNPBに進んだ。茶野は早々に支配下登録され、一時は新人王を狙えるほどの活躍を見せた。

「なぜ、自分だけNPBに行けないのか?」そんな恨めしい感情はないのかと聞くと、井上は苦笑しながらこう答えた。

「それは自分の実力なので......」

 そして、意を決したようにこう続けた。

「でも、今年はやれることをやって、実力をつけてきたつもりです」

 今年、ドラフト指名がなければどうするつもりか。そう尋ねると、井上はきっぱりと答えた。

「野球をやめようと思っています。今年が最後だと、かけています」

 富山サンダーバーズとの試合では、こんなシーンがあった。定位置わずか後方の平凡なライトフライで、一塁走者の井上がタッチアップ。二塁にヘッドスライディングして、セーフをつかみとった。

「試合前のシートノックを見て、ライトの肩があまりよくないと思ったので。ここは行けるな......と」

 井上はそう語るが、結果的にバックネット裏で見守る大勢のスカウト陣に向けた強烈なデモンストレーションにもなった。

 もしNPBに行けたら、自分をどのように使ってもらいたいか。最後にそう尋ねると、井上は少し考えてからこう答えた。

「内・外野を守れて足も使えるので、ユーティリティーに起用に応えられるつもりです。バッティングは率と長打力のどちらもあって、打球の速さが持ち味だと思うので。吉田正尚選手(レッドソックス)のような選手を目指しています」

 三度目の正直はなるか。その答えは10月26日に出る。