「まさか選ばれるなんてまったく思いませんでした。自分はそんなレベルじゃないと思っていましたから。本当にびっくりしました」 青天の霹靂だった。侍ジャパン大学代表候補に追加招集された鹿屋体育大の原俊太 鹿屋体育大の4番・遊撃手を務める原俊太は侍…

「まさか選ばれるなんてまったく思いませんでした。自分はそんなレベルじゃないと思っていましたから。本当にびっくりしました」

 青天の霹靂だった。



侍ジャパン大学代表候補に追加招集された鹿屋体育大の原俊太

 鹿屋体育大の4番・遊撃手を務める原俊太は侍ジャパン大学代表候補に追加招集され、6月17日から3日間実施された選考合宿に参加した。

 ほんの数日前まで、原の知名度は皆無に等しかった。文武両道で知られる熊本・済々黌から国立の鹿屋体育大へ。4年生となった今年、主将としてチームの大学選手権初出場に貢献。鹿屋体育大の一丸となって戦うスタイルは野球ファンに鮮烈な印象を与え、関西の雄・近畿大を破るなどベスト8に進出。原は3試合で2本塁打を放っていた。

 選考合宿に参加するのは、49名の精鋭たち。原にとっては「知り合いはひとりもいない」、心細い状況である。

「まさか自分が代表候補になるなんて」と戸惑う原の視点から、大学トップクラスの世界をのぞいてみた。

【間違いなく壁は感じた】

 選考合宿は、神奈川県平塚市のバッティングパレス相石スタジアムひらつかで開かれた。原にとっては大学選手権、大学選手権の表彰式、今回の選考合宿と短期間で3回も飛行機に乗って関東に来ることになった。費用は、大学選手権本戦は事前に募った支援金と自費、表彰式以降は連盟とチームによって賄われた。原は「いいものをつかんでチームに持って帰らなければ」と使命感を覚えていた。

 最初に会話したのは、同部屋の宮崎一樹(山梨学院大)。ほかにも松井涼太(同志社大)や木村仁(九州共立大)と打ち解けることができた。とくに木村は同じ九州の大学同士ということもあり、球場から宿舎までの帰路をともにするなど親しくなった。

 だが、原はあることに気づいた。周りには、すでに旧知の仲のように接する選手も少なくなかった。多くの選手が招集されている東京六大学リーグ、東都大学リーグの選手たちである。

 必然的に彼らはリーグの仲間同士で行動をともにすることが多くなる。初招集の原にとっては厚い壁に感じたのでは? そう聞くと、原は苦笑しながらこう答えた。

「間違いなく壁は感じました。でも、それはしょうがないことですし、そのなかでも普通にプレーして、コミュニケーションをとらなければいけないと思います。そこは自分の足りないところでした」

「自分から話しかけたい」と思っても、「自分が話しかけていいのか?」と尻込みしてしまう自分もいる。原は「邪念」と表現した。

「こういう環境に萎縮して、邪念というか変な思考が出てしまって。なんとかなじもうとするんですけど、うまくできませんでした」

 選考合宿は初日にシートノックや打撃練習が行なわれ、2日目以降は候補選手同士の紅白戦が組まれる。

 原は初日のキャッチボールを同じ遊撃手の熊田任洋(早稲田大)と組むことになった。

「自分からなかなか『組もうよ』と行けなかったので、その日その日であまったところに入っていました」

 熊田は同部屋で、早稲田大に済々黌出身の島川叶夢という共通の仲間がいたこともあり不安なくキャッチボールをすることができた。以降は廣瀬隆太(慶應義塾大)、飯森太慈(明治大)、武川廉(法政大)と、ことごとく東京六大学の選手とキャッチボールをした。原は「たまたまです」と笑う。

 打撃練習ではヒット性の快打を連発。少しは持ち味を発揮できたのではないか。そう聞いても、原の表情は曇ったままだった。

「よくも悪くもなく、ボチボチでした。周りの選手はシンプルに振る力、飛ばす力があったんですけど、『変に欲を出さないようにやろう』と意識できたとは思います」

 当然ながら、参加選手のレベルはおしなべて高い。そのなかでも、原がもっとも驚いたポイントがある。

「みんな走り方がきれいだったんです。体の使い方が上手で、そこにびっくりしました」

【邪念が出て周りが見えてなかった】

 2日目からは紅白戦が始まる。原は空振り三振、四球、三塁ゴロ、二塁ゴロとヒットが出ないまま最終打席を迎えていた。原は「最後の打席くらい『三振かホームランか』くらいの気持ちで振ろう」と心に決めて右打席に入った。

 対するのはこの日最速153キロをマークしていた速球派右腕・岩井俊介(名城大)。だが、それまでに大学日本一に輝いた常廣羽也斗(青山学院大)ら好投手と対戦しており、「球速には慣れて、怖さはない」と手応えを得ていた。凡退を重ねていたといっても、「力みで少しズレただけで、悪い感覚じゃない」と感じていた。

 だが、最後はあっけなかった。外角の148キロのストレートにバットを止めたはずが、チョコンと当たり力ないファーストゴロに。原は「止めきれなくて、自分のスイングができませんでした」と悔しそうに振り返った。

 3日間の合宿をとおして、どんなことを感じたのか。そう問うと、原はよどみなくこう答えた。

「今まではひとつ手の届かない場所だと思ったところに来てみて、多少なりともやれると思いましたし、本来の力を出せたら問題ないと思えました。でも、いざ発揮できない自分の技術やメンタリティーを含めて、力不足だと感じました。まだまだ、上がいるなと」

 もっとこんなプレーができるのに。技術への自信があればもっとうまくコミュニケーションがとれるかな......。いつしか、原の頭のなかは、自分自身のことばかりで占められていた。

 だが、大学球界のトッププレーヤーはその点で原とは決定的に違った。

「同じショートの辻本くん(倫太郎/仙台大)も宗山(塁/明治大)もプレーがうまいのはもちろんですけど、細かな部分に気がついて、コミュニケーションをとるうまさがありました。合宿で自信を持ってプレーできる選手はいろんなことに気づけて、視野が広い。自分も大学では引っ張っていく立場で視野が広いほうだと思いますが、合宿では邪念が出て周りが全然見えてなかった。そこは大きな差でしたね」

【チームメイトに伝えたいこと】

 19日に発表された大学代表選手26名のなかに、原の名前はなかった。

 鹿屋に戻ったら、チームメイトにどんなことを伝えたいか。そう聞くと、原は喜々とした表情でこう答えた。

「チーム力はどの大学にも負けてない自信があるんですけど、個々のレベルがまだ低いと感じました。でも、個人の力がアップすれば、もっと強い集団になれるはず。そこを伝えたいですね」

 原は「それと......」と、つけ足すようにこう続けた。

「いろんなところに気を配れる選手になろう、ということも言いたいです」

 原が得た経験は、自分だけのものではない。原が鹿屋体育大の仲間に伝え、戦いをとおして同じ連盟のライバルにも伝わる。それが大学野球界全体のレベルアップにつながっていく。これもまた、有望選手が一堂に会する合宿の意義だろう。

 社会人で野球を継続する予定の原は、秋のシーズンも第一線で戦い続ける。大きな「土産」を得た鹿屋体育大が秋にかけてどんな進化を見せるのか、今から楽しみでならない。