広尾晃のBaseball Diversity:18 月曜日の午後5時前、滋賀県の名城、彦根城のお城下にある「滋賀大学経済学部運動場」に、保護者に連れられた子どもたちが三々五々集まってきた。子どもたちがやってくるお城下の運動場に集まった子供た…
広尾晃のBaseball Diversity:18
月曜日の午後5時前、滋賀県の名城、彦根城のお城下にある「滋賀大学経済学部運動場」に、保護者に連れられた子どもたちが三々五々集まってきた。
お城下の運動場に集まった子供たち
運動場には、プラスチックバット、テニスボール、サッカーボール、小型のトランポリン、ストラックアウトの的や、パイロンなど様々な運動用具が用意してある。
受付を済ませた子どもたちは、広いグラウンドに出て、思い思いに体を動かし始める。
運動用具を見つけて、遊び始める子どもがいる。また、グラウンドを走り回る子、運動場の片隅で何かを見つけてしゃがみこむ子、母親にまとわりついて離れない子もいる。
5時には24人の子どもが運動場に集まった。
しかし、このイベント「放課後あそび場プロジェクト」の主催者である滋賀大学経済経営研究所のスタッフは、子どもたちを見守るだけで、何もしない。
こうしたイベントでは通常、「みんな集合!」と声をかけて子どもを集め、今日行うプログラムを説明して、ゲームや体験を行わせるのだが、このイベントでは子どもたちの動きを見つめて、ときおり話しかける程度だ。
いろんな運動体験をさせるために
「近年、社会環境の変化により、子どもが自由に遊べる場所や機会が失われています。そのため、日常生活で必要な動きや専門的なスポーツ動作を将来身につけるための土台となる、『多様な運動体験』が減っています。その結果として、子どもの基礎体力、運動能力の低下が問題になっています。また、専門的にスポーツを始める前段階的な位置づけとして重要な意味を持っていた「運動遊び」の機会が少なくなったことで、スポーツを始める経済的・心理的な敷居も高くなってきたように感じます。
このような問題の解決に向けて、主として小学生を対象にして『放課後あそび場プロジェクト』を始めました。大学内の運動施設を無料で開放し、子どもが自由に体を動かし、遊ぶ機会を提供しています。
このプロジェクトでは、私たちの方から「ああしなさい、こうしなさい」と言うことは基本的になく、子どもたちの自発性や創造性を尊重しています。ただ、子どもたちが自由に遊ぶ中で、基礎体力や運動感覚が自然と養われるような多様な運動プログラムを用意したり、いろいろな遊び方のヒントを与えたりといった工夫をしています。昨年9月と12月にプレイベントを行い、今年の4月から定期的に開催しています。」
こう話すのは、滋賀大学経済経営研究所未来社会研究部門『放課後あそび場プロジェクト』の発案者、責任者で、滋賀大学経済学部の小倉圭講師。
小倉講師は、青森県の出身。静岡大学では硬式野球部に所属し、卒業後は筑波大学大学院で川村卓准教授に師事しコーチングを学んだ。
滋賀大学では、スポーツ科学の教員の傍ら硬式野球部監督として、選手たちを指導している。野球一筋の指導者だったが、今回の取り組みは「野球」をひとまず離れたものだった。
まずはスポーツに触れる機会を
「野球教室そのものは大学の公開講座などで行っていて、毎回10人から20人くらいの主に野球未経験者の子どもに、野球の基本技術や簡易的なゲームなどを教えています。ただ、野球だけに限らず、子どもたちに多くのスポーツに触れる機会、さらに言えばスポーツの前段階として十分な運動遊びの機会を作りたいという思いがありました。また、できればスポーツ少年団やクラブチームの活動がある土日ではなく、昔のように平日の放課後に空き地に友達と集まって思い切り遊ぶといったような環境を作りたいと考えていました。地域では遊び場が減り、小学校などにおいても十分な運動環境に恵まれない現状の中で、広大な運動施設や人的資源を有する「大学」の持つポテンシャルは大きいと思っています。
野球に関して言えば、競技人口の低下が野球界の課題としてはありますが、やみくもに表面上の競技人口だけ増やそうとしても、それは野球界だけの都合でしかないとも言えます。子どもたちに野球が選ばれなくなっている理由には、指導現場の問題や、そのほかにも野球界として様々な問題があると思います。それら一つひとつにしっかり向き合って、地道に改善していかなければいけないと思います」
もはや野球教室以前の問題
大学野球界では、数年前から小学生、未就学児童を対象とした野球教室などの普及活動が、各地で行われてきた。最初はボールやバットを触らせ、慣れるところから始め、投げる、打つ、守るの動作を覚え、次第にルールを覚えさせるというステップを踏むことが多いが、コロナ禍以降、そうした動きに変化が見える。
早稲田大学の「遊び場開放」も以前は「野球」を意識した指導を行ってきたが、最近は、野球以前に「子どもに遊び場を開放して、思い切り遊ばせる」ことを主眼にしている。東京都西東京市の早稲田大学野球場では、定期的に子どもたちに「遊び場開放」を行っているが、かつては「野球遊び」の指導をしていたが、今は「鬼ごっこ」など、野球以前に「体を動かすこと」に主眼を置いたイベントになっている。
コロナ禍で、子どもたちは友人と会う機会も、一緒に運動をする機会も大きく失われている。運動能力の低下も懸念される中、「競技よりもまずは体を動かす楽しさを実感させること」に重心が移ったと言ってもよいだろう。
適度な距離間で見守る
運動場では、子どもたちは自然にいくつかのグループに分かれた。
「ストラックアウト」で的当てをする子ども、フリスビーを投げる子ども、サッカーのゴールキックをする子ども、そして小倉講師は「並びっこベースボール」風の遊びを教えている。無理なく移行できるようなら、こうした簡単な競技をすることもある。
子どもたちの多くは、すでに2回、3回とこのイベントに参加しているので、要領はだいたいわかっている。また、顔見知りもできて一緒に遊ぶ仲間もできている。『放課後あそび場プロジェクト』では、硬式野球部員をはじめとする滋賀大学の学生も運営補助として携わっており、グラウンドでは大学生が場をうまく盛り上げ、子どもたちと一緒に遊ぶ様子も見られた。子どもたちと大学生とのこのような触れ合いも、プロジェクトが好評を得る理由の一つになっている。
「安全が一番大事です。AEDなども常備していますし、保険にも加入しています。また、最初と最後の受付で人数はきっちり合わせるようにしています。大きな事故がないようにということに尽きますね。
最初のうちは、どれくらい盛り上がるかなと思ったのですが、やはり子どもたちの持つエネルギーや主体性は素晴らしく、今はあまり余計な介入はしないでおこうと思っています。ただ、例えば子どもたちのグループが固定化してきたり、遊びがマンネリ化してきたりしたら、“今日は全員でこういう遊びをしてみよう”などの呼びかけも必要になってくるかもしれません。知らない子ども同士がここで知り合って仲良くなる機会でもあると思うので。我々がこのあたりをどのように臨機応変に対応して、より良い場にしていくかが今後の課題だと思います」
子どもに「遊び」の機会を
イベントは1時間だが「遊びの時間」としては結構長い。この間にいろいろなことができるのだ。
「今は大学のプロジェクトとして実施しており、多くの教職員のご理解とご協力によって成り立っています。自分が専門としている野球に限らず、スポーツや運動遊びを通して、子どもたちの未来に少しでも貢献できればと思います。また、継続してこそ意味がある活動なので、当面はこのような形で続けていければと思います」
公園、空き地が全国で姿を消す中で、子どもが「スポーツ」以前の「遊び」で体を動かす機会は本当に少なくなった。スポーツ振興の前提として、こういう取り組みは全国で行うべきだろう。