現在は、ほとんどの国や地域に自由に旅行することができる。だが、かつては入国することさえ困難で、自由な旅が許されない国も…

 現在は、ほとんどの国や地域に自由に旅行することができる。だが、かつては入国することさえ困難で、自由な旅が許されない国もあった。Jリーグ開幕前、日本代表が最もワールドカップ出場に近づいた瞬間までの道のりは、蹴球放浪家・後藤健生にとっても感慨深いものだった。

■初めての自由旅行

 さて、試合の翌日、僕は広東省の州都・広州を目指しました。試合前日に香港にある中国旅行社で中国のビザを取っておいたのです。5年前と違って、今度は3日間滞在できるもので、しかも交通機関やホテルも自分で手配できるようになっていました。

 そこで、僕は広州まで船で行くことにしました。

「北秀湖」という名前のカタマラン船(双胴船)でした。朝の8時38分に出発し、4時間の船旅。九龍半島北部の港を出た船は青衣島や大嶼山(島)を見ながら北上し、深セン市沖を航行して朱江デルタに入ります。雲南省に発して南シナ海に流れ込む中国南部の大河で、広州市以南の河口部は巨大なデルタを形成。朱江デルタの東側に香港、西側にマカオ(澳門)が位置しています。

 河口部の川幅は非常に大きいのですが、海から川に入ると水の色が茶色く変わるのですぐに分かります。虎口、虎門、黄埔といった小さな町々を見ながら船は広州市内に入っていきます。

 こうして、僕は無事に広州に到着。初めての中国での自由旅行を楽しみました。

■現在まで残るスタジアム

 実は、ホテルも決めていませんでした。最初に訪れたホテルでは「外国人、ダメあるよ」と言われてしまいましたが、なんとか人民大厦というホテルを見つけて1泊しました。街の様子は香港そっくりでしたが、全体的に穏やかな印象でした。

 街の中心の沙面を見学。かつては外国人租界だったところですから、西洋式の立派な古い建物が立ち並んでいます。越秀山公園の博物館(鎮海楼)を見に行ったら、裏手に山の傾斜を利用した古いスタジアムを発見。これが、当時広州市最大の越秀山体育場。現在も広州城足球倶楽部(旧・広州富力)のホームとして使われているスタジアムです。

 こうして1泊2日の広州観光を終えて、僕は翌日の午後、香港に戻りました。帰りは列車を利用しようと思って広州駅に行ったら、駅前広場には強盗犯などの犯罪者がトラックに乗せて連れてこられて、大勢の公衆の面前で批判されている光景を見かけました。「見せしめ」にするためなのでしょう。

 深セン行きの硬座(二等車)の車内はほぼ満席。深セン駅前には大きなビルがあって、中で中国の出国、香港の入国手続きができます。そして、香港側の羅湖駅から電車に乗って香港市内に戻りました。

 これが、僕にとって初めての中国での自由旅行。その後は、中国も自由に行き来できる時代になったのはご承知の通りです。

■再び「外国人お断り」

 ところが、僕は4年前に再び「外国人宿泊お断り」という目に遭いました。

 アラブ首長国連邦(UAE)で行われたアジアカップを見に行く途中でした。ドバイ行きで最安が中国東方航空だったので、上海で乗り継ぎのために1泊することになりました。浦東空港と上海市の中間地点、浦東新区新川路というところにある安ホテルを予約してありました。地下鉄で行くつもりでしたが、強い雨が降っていたのでタクシーに乗ってホテルに到着すると、レセプションの男性が何か言っています。

 女性の服務員も出てきましたが、やはり英語はできません。でも、中国では漢字を使って筆談をすれば大意は理解できます。彼らが言うには「何日か前に警察から外国人は泊めてはいけないと言われた」というのです。それで、近くのホテルに移ってくれと言うのです。

 半信半疑でしたが、後で調べると確かに警察がそういう通達を出していたようです。

 まあ、同じ値段で少しハイレベルのホテルに泊れたので問題はなかったのですが、「今でもこういうことがあんのかぁ」と思いました。

 上海のある江南地方はどこに行っても運河が張り巡らされています。泊ったホテルの窓から外を見ると、小さな運河が青色のLEDランプでライトアップされていてとても奇麗でした。

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